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アルフォンス・ムハ モラヴィアン・ドリーム! @堺アルフォンス・ミュシャ館レビュー(3)

 

今年2023年秋、堺アルフォンス・ミュシャ館で開催中の企画展「アルフォンス・ムハ モラヴィアン・ドリーム!」のレビュー記事第三回をお届けします。
アール・ヌーヴォーの旗手として良く知られているデザイナー・ミュシャとはフランスでの呼び名であり、彼の故郷チェコ、モラヴィア地方での発音はムハとなります。今回の企画展でスポットを当てているのは、大帝国の統治下にあったチェコとその同族であるスラヴ民族へのムハの想いということもあり、記事中では「アルフォンス・ムハ」で統一しています。
第一回第二回と売れっ子だったパリ時代でも、密かに、しかし脈々とチェコとスラヴへの想いを募らせていた事を作品を通じて見てきました。
そしてこの第三回では、人形作家林由未さんとムハのコラボレーション展示を観ていきましょう。

 

■”夢の物語”がつなげた企画展

 

▲『くるみ割り人形』より”ねずみたちとのたたかい”。堺アルフォンス・ミュシャ館三階では、林由未さんの世界が楽しめる大迫力の空間展示。阪急うめだのショーウインドーを飾っていた人間大の大型作品をガラス越しでなく直接見ることができます。

 

――第三室は、人形作家林由未さんとのコラボレーションですが、ムハ作品と林作品をコラボしたインスタレーションには圧倒されますね。神秘的な森の入り口に立っているかのようです。まず、どういう経緯で、阪急うめだのコンコースでのクリスマス展示で知られる林さんとのコラボレーションをすることになったのでしょうか?
原田「林さんはチェコの大学で人形制作を学び、チェコの首都プラハ在住で、チェコにとどまらず世界で活躍する方です。堺市にはチェコの名誉領事館があり、そこにお勤めのスザンカさん(ラジオパーソナリティなどで活躍されているスザンカ・ハニバロヴァーさん)は林さんと親交があったんです。領事館には、2021年のクリスマスに阪急うめだの7面の巨大なショーウインドーを飾った『くるみ割り人形』のインスタレーション(空間展示)の一部が保管されていて、せっかくなので堺アルフォンス・ミュシャ館で展示できないだろうかと話があったのです」
――堺にチェコ名誉領事館が出来た効果がこんなところに!
原田「林さんがチェコのプラハで活躍されているということもあり、ムハの作品とうまくつなぐことが出来るんじゃないかと思いました。すると、林さんが実際に堺まで来てくださって、せっかくだからムハにまつわる作品を作ることができたらと、おっしゃてくれたんです」
――新作を作ってくださるなんて、すごい話ですね。
原田「はい。というのも『くるみ割り人形』というお話自体はドイツのお話で、ロシアの作曲家チャイコフスキーのバレエで人気になったもので、どうムハとつなげるかは難しい所でした」
――そうか、ドイツやロシアと縁のある作品というだけだと、堺アルフォンス・ミュシャ館で展示する意味がないですものね。

 

▲アルフォンス・ムハの描いた『ヒヤシンス姫』のポスター。(画像提供:堺アルフォンス・ミュシャ館)

 

 

原田「林さんも色々考えてくれて、それでいくつか案が出てきました。一つは『ヒヤシンス姫』というバレエのために、チェコ時代にミュシャが描いたポスターがあったんです。『くるみ割り人形』も夢の中のお話ですが、『ヒヤシンス姫』も夢の中のお話なんです。1911年にチェコで新しく作られた物語で、チェコの鍛冶屋さんが夢の中で、タイムスリップして自分の娘がヒヤシンス姫になって、錬金術師や魔女と出会うお話です。堺アルフォンス・ミュシャ館から『ヒヤシンス姫』はどうでしょうかと提案したところ、林さんもそれもいいかもということになったんです」
――なるほど。
原田「もう一つ、林さんからも提案がありました。チェコがテーマということで、図録を見て、林さんもチェコの民族衣装が可愛くて、すごく好きで、ムハが故郷の街の物産展のために作ったポスターがあるのですが、そのポスターのような民族衣装を着たお人形を作れたらなと。また、ムハといえば女神像が知られていますので、そこも何か作れたらとおっしゃってくれた」
――その一つが入り口にあった女神像なんですね。
原田「ええ。しかし、完成された平面の女神像を立体化するというのはとても難しいことだったそうです。林さんが自分の中で消化して、新たに作品としてもっていくのはすごく難しいと。それでも女神シリーズというのを制作してくださったんです」

 

▲ムハの故郷の物産展イヴァンチッツェ地方祭のポスター。(画像提供:堺アルフォンス・ミュシャ館)

 

――アーティストが新作を作る大掛かりな企画展となりましたが、準備期間はどれぐらいかかったのですか?
原田「当初は去年の夏にやろうという話でしたが、やはり林さんは大変お忙しい方で、吉本興業110周年でグランド花月前の展示など大きなお仕事が入ったり、また阪急うめだの展示もあります。そもそもプラハでも売れっこなんですが、プラハだけでなく隣のスロバキアやポーランドからも依頼が来ている。林さんは、関わったお仕事の初日や最終公演には必ずいかれるし、時差もあるので打ち合わせも簡単ではなかったんです」
――従来の作品の展示だけだったら林さんのご負担もそこまでではなかったでしょうに、それだけの条件下での新作ときくと、ちょっと襟を正すというか、大変にありがたい作品ですね。
原田「本当に間際まで作品を作っていて、展示初日の前日まで人形の色塗りをされていたんです」
――おおー。妥協を許さないアーティスト魂を感じますね。

 

▲林由未さんの新作『ヒヤシンス姫』。(画像提供:堺アルフォンス・ミュシャ館)

 

 

 

■夢のラビリンスでアートと出会う

 

▲ムハの平面作品と林さんの人形のコラボレーション。ムハの夢が林さんの夢とつながる。

 

原田「それと今回の企画展では、チェコの文化を知ってほしい。人形劇がチェコでなぜ好まれているのかを知ってほしいというのがあるんです」
――そういえばそうですね。チェコで人形というのは馴染みがあるのですが、どうしてチェコで人形劇が人気で発展したのかというのは知りません。
原田「それは19世紀に話がさかのぼるのです。先ほども話に出ましたが、当時のチェコはオーストリア・ハンガリー二重帝国の統治下で、帝国の公用語はドイツ語。公文書だけではなくオペラなどの舞台芸術の場でドイツ語が主流でした」
――いかにも帝国主義の時代のお話ですね。
原田「そんな中、すべてのチェコ人が母語で楽しめる娯楽が人形劇だったのです。チェコ語でチェコのおとぎ話や文化を語り継いだ人形劇は、やがて民族のアイデンティティにとって欠かすことのできない文化へと発展していったのです」
――なるほど。ほんの少し抑圧の隙間があって、それが子供向けの人形劇だったんだ!
原田「人形劇には政治的なメッセージをこめることもありました。後に(ムハの死後)第二次世界大戦でチェコスロバキアとしてナチスドイツの侵攻時にも検閲があったのですが、人形劇に対しては検閲が緩かったんだそうです。だから風刺劇的なものも入れ込み、子どもから大人まで楽しめる人形劇の世界ができあがったんです」
――これまでお聞きしたムハの夢とめちゃくちゃつながる話ですね。チェコの人たちが、帝国の統治下でチェコの言語や文化を抑圧されてきた中で、それを守って来たのが人形劇だった。その伝統を異郷の日本人の林さんが受け継いでいる。これは驚きですね。

 

▲夢のような楽しい人形劇の世界には、深いメッセージがこめられている。堺アルフォンス・ミュシャ館3階での『ヒヤシンス姫』の展示。

 

原田「林さんはチェコで学び、チェコで夢を叶えたわけですが、夢を叶えるために必要なものは何かという話になって。それはやはり挑戦だろうと。林さんにとってもチェコにいくのは挑戦でした。もともと日本にいたときは造形作家として、一人で人形を作られていて、人形劇というものに関わっていたわけではなかったのですが、チェコの人形劇を見て衝撃を受けたのがきっかけだったそうです」
――なるほど。美術の世界から、舞台の世界へ足を踏み入れた。そこもムハと同じですね。
原田「一人で制作されていた所から共同作業の舞台というのも挑戦だったでしょうし、やはり異国でもあるので、最初はなかなか言葉の壁もあり大変だったそうです。要求がどんどん変わっていくので、応えることがなかなかできない。こうかなってその場で言って、違うなとなったら、もうその場で違うアイディアが出てくるから、毎日毎日議論をしながらだったそうです」
――海外だと、アートでも舞台でも、フレキシブルにどんどん新しいアイディアを取り入れて変化がめちゃくちゃ早いので、対応は大変だったでしょうね。
原田「そんな中でも、やはり自分は作家として作っていきたい。いいものを作りたいという真摯な姿勢が、チェコの人たちにもすごく受け入れられて、いまは引っ張りだこになっています」
――今回の展示でも、現地の方とのやりとりがあったようですが、日本とチェコとの習慣の違いを感じたこともあったのでは?
原田「そうですね。今回、一緒にさせていただいた中で、あ、そうなるんだと思ったことは無きにもしもあらずでした(笑)」

 

 

▲アートのラビリンスへと誘われる第三章。インスタレーション(空間展示)では空間全てがアートとなります。全身がムハと林さんのアートで包まれまれるアート体験をぜひ味わってください。

 

――では、アルフォンス・ムハと林由未、平面と立体、そしてチェコと日本のコラボレーションでもあった今回の展示。どのような意図のものなのでしょうか?
原田「この空間はラビリンス(迷宮)となっていて、人形とムハの世界が混ざり合いながら、お客様が人形を見ていた所にムハが現れたり、今度は女神が現れたりと、インスタレーション(空間展示)的になっています」
――完全にインスタレーションの楽しさですね。新作の人形が、またすごいですね。神秘的で華やか。ユーモラスでもある。
原田「衣装を担当されているのは、ムハと同じモラヴィア地方の衣装裁縫家のガブリエラ・ブティーコヴァーさんで、林さんとは2008年からタッグを組んでいらっしゃいます」
――だからこんなにも素晴らしい衣装なんですね。ムハが愛したモラヴィア地方の民族衣装の現代の作家と、時代を超えてつながってもいるのも素晴らしいです。
原田「パリにいながらチェコの少女たちのスラヴ衣装を描いていたムハの心とつながるんじゃないかなとも思います」
――心の中のラビリンスで、ムハと林さん、衣装のガブリエラさんたちが繋がっていく。そんな感じがしますね。

 

▲愛らしさと華麗さの極致のような『民族衣装の少女』(画像提供:堺アルフォンス・ミュシャ館)。ムハが愛したスラヴの民族衣装をまとった人形が、ムハの作品と日本の堺でコラボレーションしたというのは奇跡的なことであり、必然的なことに思えます。

 

ラビリンスに迷い込んだような気持ちになって、ムハと林さん、そしてガブリエラさんの作品に出会うことが出来るインスタレーション展示は素晴らしいものでした。異なるものが融合して生まれる化学反応、迷いの中で生まれる偶然の出会い。アートに触れることで生まれる根源的な喜びと楽しさ、そして人形劇とムハ作品に秘められ込められたチェコの抑圧の歴史と抵抗するチェコ人の不屈の魂を知ることが出来るという、「面白くてためになる」上質のエンターテイメントがこの展示にはありました。
林さんの作品展示を持ちかけてくれたチェコの名誉領事館の方たちにまずは感謝を、そしてそれに応えた林さん、原田さん、空間デザイナーをはじめとした関係者の皆さん、まことにお見事な仕事ぶりでしたと、大拍手を送りたい。
来場された方は、林さんの『くるみ割り人形』の世界と『ヒヤシンス姫』のコラボレーションは3階のスペースがメイン会場となっているので、そちらも忘れずに足を延ばしてくださいね。

さて、なんだか締めっぽくなりましたが、企画展の展示は最後にもう一室あります。それはムハが全身全霊を込めて企画し、実現していれば歴史に名を刻んであろうはずが、幻に終わってしまった民族の祭典ソコル祭での水上祝祭劇に関する展示です。衝撃度でいえば、今回の企画展で最大の衝撃ともいえる展示です。

(→第四回へ続く)

 

▲『くるみ割り人形』より”花のワルツ”。これだけ巨大でかつ細部まで繊細な作品を間近に肉眼で見れるなんて!

 

 

●アルフォンス・ムハ モラヴィアン・ドリーム!
会期:2023/08/05(土) 〜 2023/11/26(日) 9:30~17:15(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(休日の場合は開館)、休日の翌日(9月19日、10月10日、11月24日)、 展示替臨時休館日(10月3日、10月4日)

 

●堺アルフォンス・ミュシャ館
〒590-0014 堺市堺区田出井町1-2-200 ベルマージュ堺弐番館2F~4F
TEL: 072-222-5533 FAX: 072-222-6833
web:https://mucha.sakai-bunshin.com/

 

 

 


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