堺市民の好きなフレーズに「もののはじまりみな堺」というものがあります。
本当に厳密に元祖かどうかはさておき、海外への窓口となったことで、新しいものが入ってきたり、新しいものを作り出すだけの、富・技術・文化が堺に集積していたことを表現したキャッチフレーズだといえるでしょう。
今回の記事のテーマと関連する芸能・演劇文化に限っても、琉球から堺に渡ってきた三線を三味線に発展させたり、能の一派喜多流の元祖は喜多七太夫も堺出身です。堺能楽会館の館主大澤徳平さんによると、昭和の頃までは堺の商家ではお茶やお花に加えて能楽の謡を嗜む風習があったととか。
それだけ能とは縁が深いのに、長らく堺には能舞台が無く、ならば作ろうと大澤さんのお母さんが作られたものが堺能楽会館です。大澤さんは母の遺志を継ぎ、発展させ、堺能楽会館を能楽に留まらない文化の発信拠点とすべく奮闘されています。
かつて海外の文化を取り入れ発展させた納屋衆の心意気が今に蘇ったという所でしょうか。
さて、今回のつーる・ど・堺では、海外の演劇文化を現在進行形で堺で花開かせようという試みについて、取材してみました。
それは、堺能楽堂で公演したこともあり、海外公演の経験も豊富な劇団ガンボ(Theatre Group Gumbo)が、香港の演劇人と共同制作を行ったプロジェクト『水無月祭~In The Wind Of Memory~』に端を発する話です。
■劇団ガンボの挑戦から堺が見える?
『水無月祭~In The Wind Of Memory~』の公演会場には、堺区並松町の「SPinniNGMiLL」が選ばれました。劇団ガンボが、堺市で公演をするのは今回で3度目になります。
最初の機会は2016年。「さかいアルテポルト黄金芸術祭」(主催:堺アートプロジェクト)において、堺をテーマに脚本を書き下ろした『魅惑のザビエルナイトVol.3』を「SPinniNGMiLL」にて公演。
翌2017年、堺能楽会館にて、古典の『萩大名』を狂言と現代劇の二本立てで行う公演(主催:堺アートプロジェクト)で現代劇を担当しました。日本の古典をもとに舞台をするのは、劇団ガンボにとっても初めての挑戦でした。
このようにいつも何かしらの挑戦が伴う劇団ガンボの公演ですが、今回のプロジェクトでは二つの意味で挑戦があったように思います。
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▲2017年、シンガポールからグロリアさんを客演に招いての現代劇『萩大名』を堺能楽堂で上演した劇団ガンボ。 |
ひとつは、共演のAska Leung Ka Wai(梁家維アスカ)さんが学んだ演劇手法「Poor theatre」への挑戦です。
「Poor theatre」は「貧しい演劇」ではなく、「持たざる演劇」という意味で、ポーランドの演出家イェジー・グロトフスキが提唱した演劇手法です。「演劇を構成する戯曲・照明・音楽・衣装・装置といった要素のうち、不要な要素を排除。シンプルな舞台表現を追求し、俳優と観客の関係という演劇の根本を浮かびあがらせようと」(公演フライヤーより)したものだそうです。
これは、劇団ガンボが学んだフランスの演劇手法「ルコックシステム」とは異なる手法ですが、世界的にはどちらも知名度の高い手法です。劇団ガンボにとっては、未体験の「Poor theatre」に取り組むことは、ひとつの挑戦なのでした。
もうひとつ、大阪市内に比べて演劇が盛んとは言えない堺市で単独公演することも挑戦です。
2016年の『魅惑のザビエルナイトVol.3』は堺市も協力した現代芸術祭の一環としての公演であり、2017年の『萩大名』も堺アートプロジェクトの主催で大和座狂言事務所との協力による公演でした。
今回は初の単独公演です。果たしてお客様が来てくれるのだろうか? 興行的な賭けもあります。
だったら、まだしも集客の見込める大阪市内でやればいいのではないか? そんな疑問も当然わいてきます。
アスカさんが「SPinniNGMiLL」を気に入ったからという以外に、劇団ガンボが堺で公演する意味がどうやらあるらしいのですが、それは一体何なのでしょうか……?
今回は、制作過程から取材することが出来ました。どのように一つの作品が出来上がっていくのかを最初の練習から追いつつ、この挑戦の結末を見ることにします。
■邂逅
某日、アスカさんが来日し、大阪市内の某所で最初の練習が行われました。
今回は、アスカさん、劇団ガンボのメンバー3名以外にも、客演の役者たちがいます。まずは劇団ガンボとは何度か共演の経験がある大城戸洋貴さん(FREAM! Theatre)、そして柿澤成直さん、行野拓昇さん、山神結貴さんの3名が初顔合わせ。しかも、行野さん、山神さんは歌手志望で演技には初挑戦です。
ここにも挑戦者たちがいたようです。
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▲香港の演劇人・梁家維アスカさん。瞑想を指導。 |
練習初日は、大城戸さんと音楽担当の竹中洋平さん以外の役者がそろいました。
これまでネットを通じてアスカさんとメンバー間でやりとりはありましたが、新メンバーが直接顔を合わせるのはこの日が初めてです。しかし、公演までの時間は2週間ほどしかありません。さっそく練習に入ります。
意外にもアスカさんが用意した最初の練習プログラムは「瞑想」でした。
車座になって座り、アスカさんは呼吸法から指導します。ちなみにアスカさんは英語で語り、それを劇団ガンボのメンバーが日本語に直して伝えています。
10分ほどの長い瞑想の次は、歩き方の練習。ただ歩くという行為ですが、最初に歩いた速度を基準として、それを何分の一の速度でゆっくり歩いたり、速度を速めて歩いたりという訓練です。ビギナーには単純だけど難しい練習ですが、さすがにプロの劇団ガンボのメンバーはなんなくこなしていました。
「アスカからエクササイズをすると聞いていたから、もっとすごいものを想像していました」
とは劇団ガンボの代表の田村佳代さん。
しかし、そんな劇団ガンボのメンバーも次の課題にはちょっと手こずったようです。
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▲演技初体験のメンバーも交えて「歩く」練習。 |
それは、アスカさんの後に続いて歌を歌うという課題だったのですが、厄介なのが世界でも最も習得が難しい言語の1つと言われている広東語の歌だったことです。
いわゆる中国語(普通語)でも4つある声調を聞き分けるのは大変ですが、広東語の場合声調は9つともそれ以上あるとも言われています。広東語エリアの香港で何度も公演した劇団ガンボですが、広東語にはお手上げだとか。
アスカさんの歌はお母さんから教わった子守歌で、月光が大地を照らし命が息づく様を歌った美しい歌でした。それがシンプルな歌だけに、ごまかしは効きません。アスカさんの発声に耳を澄まして、それを反復する。それだけでも結構大変そうです。
その後、個人個人がアスカさんとネットでやりとしていた課題を実際にやってみることになりました。どうやら、アスカさんは、メンバー1人1人と対話しながら、作品の種を探り出しているようでした。それらの種を芽吹かせて、作品へと昇華させていく作業がこれから始まるのです。
■発展
一度目の練習から一週間後、再び練習場を訪ねました。はたして、練習はどんな段階にまで進んでいるのでしょうか。
稽古場に入った瞬間、すでに初日と雰囲気が一変していることがわかりました。
手探りで状態の初日と違い、すっかり実戦モードに入っています。具体的に演じるべきシーンが決まり、その演出の試行錯誤がなされていました。
最初の練習の時に歌った子守歌も使われ、役者個人の記憶から生まれた創作の種は幻想的なシーンへと昇華されていました。
動きや発声、そのタイミングetc.について、田村さんから指示が入り、アスカさんからも指示が入ります。どうやら作品の演出は2人が中心になって行っているようです。
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▲練習初日から1週間でシーンが形になりはじめていました。 |
この日は、舞台にあがるメンバーは全員集結していたこともあり、現時点である程度完成しているシーンをつないでの通しげいこも行われます。
それは丁度、プラモデルの各パーツごとを作り込みながら、パーツをくみ上げて全体像を確かめていくような作業でした。仮組から、作品がどのようなものか、おぼろげながら見えてきたようでもあります。それは、これまでの劇団ガンボの作品とは大きく違ったもののように思えました。
フランスの道化師(ブッフォン)による風刺劇にルーツを持つルコックシステムに基づく劇団ガンボの芝居は、ブラックコメディの体裁を取りながら風刺を行うものです。観客は大笑いするうちに、重いテーマに気づかされます。
今回これまで出来上がったシーンを見ると、いつものコメディ色は見えず、ほとんどセリフもなく抽象的な演技だけで何を語っているのかを表現していました。これはアスカさんの演出による、”poor theatre”のスタイルなのでしょう。
ここまで2回の練習見学で、2つの疑問を感じました。
まず、抽象的なシーンは、何のシーンかを理解するために観客は読解力をフル稼働させることになります。そうしたシーンが続くことは観客にとって強いストレスになる、観客は観ることに疲れるのではないか? そんな疑問が出てきます。
そして、もともと別々の所から出てきたパーツ……個々の役者の内部から出てきた創作の種を利用して、ひとつの一貫したテーマをもった作品として組み立てることが出来るのか? という疑問も出てきました。
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▲デザイナー佐藤光さんの衣装を身に着けての練習。 |
さらにその数日後、前日のリハーサルを除くと最後の練習日にもお邪魔しました。
この日は、衣装担当の佐藤光さんも姿を見せ、本番の衣装を着ての練習となりました。音楽担当の竹中洋平さんもドラムセットを持ち込み、本番さながらの通しげいこです。
美しい衣装と素晴らしい演奏が加わって、作品は仕上がろうとしています。
前回の稽古で得た感想「抽象的なシーンの多用は観客に負担をしいることにならないか」、「個人から出てきたパーツを組み立てて一つの作品を作ることは可能なのか」について、劇団ガンボとアスカさんはどう答えたのでしょうか。
それは、本公演のレポートでお伝えすることにしましょう。
SPinniNG MiLL
堺市堺区並松町45