ミュージアムは、まちの文化度を測る指標のひとつといえます。
堺市には、堺市博物館をはじめ自転車博物館やさかい利晶の杜、アルフォンス・ミュシャ館などが存在しますが、市立美術館はありません。美術館がないことが当たり前すぎて、話題にすると、
「そういえば市立美術館はないですね」
と今更ながら驚かれる堺市民もいるほどです。美術館が存在しないことで、堺市は何かを失い続けているのではないか、そんな漠然とした疑問を感じている時に、丁度昨年に続いて太平洋の向こうの港町サンディエゴを訪れ、現地の美術館(アートミュージアム)に触れることが出来ました。
今回はアメリカ西海岸・サンディエゴのアートミュージアム紀行をお届けします。
■都心の巨大公園 美しきバルボアパーク
サンディエゴと堺のちょっとした共通点がありました。それは町が碁盤の目になっていること。
サンディエゴでは南北を走る道がアベニューで西からファーストアベニュー、セカンドアベニューとナンバーが通りの名前になっていて、東西に走る道は南からabc順にアルファベットを頭文字にした通りの名前がついています。たとえばお世話になったホストファミリーのお宅は、ファーストアベニューに面したナツメグストリート(N)にありました。
そのNから二筋南のローレルストリート(L)を東へ向かって10分ほど歩いて6番目の6thアベニューを越えると、そこは世界でも指折りの美しい公園・バルボアパークです。ほぼ都心の公園といっても中には動物園もある広大な公園で、堺の大仙公園のざっと5倍の敷地面積を誇ります。
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▲美しいバルボアパークで花を配るお嬢さんたち。 |
動物園も世界ナンバーワンの評価を得た動物園でパンダやコアラもいるそうなのですが、今回はパス。バルボアパークは100年前の万博の舞台となって、園内にはその時の美しいスパニッシュ・バロック様式の建築が残されており、10以上のミュージアムがあるのです。「自然史博物館」「人間博物館」「鉄道模型博物館」「自動車博物館」etcもそそりますが、ここは「サンディエゴ市立美術館」を目指すことにしました。
噴水のある広場の周囲には、ゆったりとミュージアムが立ち並んでいて、ヨーロッパの街並みを思わせます。平日なのに、そこそこの人出があるのは、その日(7月3日)が日曜日と独立記念日(7月4日)に挟まれた月曜日で、ついでにお休みにしちゃえっていう人が多かったからかもしれません。美術館に向かうと、広場を花を片手にした女の子たちの一群が近付いてきて、笑顔で花を一輪手渡されました。
■公共機関としての誇り サンディエゴ市立美術館
花を一輪手に入れて、市立美術館へ。
入場料は15ドル(1800円程度)なので、決して安くはないのですが、シニアや学生は外国人でも安くなるようでした。
両翼に広がった美術館の向かって右翼は、アメリカ作家のエリアです。クラシカルな油絵で、ベルエポック的な「古き良きアメリカ」とでも題したくなる牧歌的な風景画や人物画が並べられています。アートで知るアメリカ生活史といった趣もあります。
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▲メビウスの輪のような作品。(リチャード・ティーコン) |
右翼奥に進むと現代のアーティスト1人のために広大なスペースが割り当てられていました。その作家の名はリチャード・ディーコン。後で調べると現代イギリスを代表する彫刻家で、日本でも新潟の大地の芸術祭に巨大な作品を出品されていました。
この展示でも、大小さまざまな作品が出品されていて、どこか絵画的な印象があるなと思ったら、同じコンセプトの平面作品も展示されていました。
どの作品の展示も周囲に柵などおかれてなくて、間近で見ることも撮影することも出来るのも嬉しいところ。とはいえ、巨大なメビウスの輪をくっつけたような作品があって、色んな角度で観たいあまり、ついその中をくぐってしまったら、スタッフから注意されてしまいました。
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▲ダリやマグリット、モネにも会える。 |
右翼から左翼への連結部分には、趣をかえて東アジア日中韓の仏教美術と、イランなど中洋(西アジア)美術のコーナー。そして左翼には、近代から現代にかけての作家の作品が並びます。中には日本でも人気の高いダリやマグリットの作品も。
2階へと移ると、一室ごとにテーマ展となっていて、(これまた日本でも人気の)モネとモネに影響を受けた作家展(多分これが目玉)、ヨーロッパの宗教画展、日本の新版画展が開催されていました。
また、ワークショップが出来る部屋が2部屋あって、引き出しいっぱいに過去の名画(のプリント)が用意されていたりして、大きな机で自由にスケッチや模写に取り組めます。
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▲市立美術館の実習室。 |
一通り見てみると、この美術館全体のコンセプトも浮かび上がってきます。
おそらくアメリカの美術に重心を置きながら、近代から現代まで美術史的な流れの中で様々な西洋美術を見せつつ、アートの周辺として東洋美術・仏教美術も見せ、俯瞰的に美術とは何かを見せている。実習室が二つあるのは、ただ見せるだけでなく、来館者が美術を身近に感じたり味わったりする。もっといえば未来のアーティストを育むための場として存在する。
サンディエゴ市立美術館は、規模としては決して大きくない中規模の美術館ですが、コンパクトに充実しており、自分たちは市民に対して使命のある公共機関だという矜持が感じられる市立美術館らしい市立美術館でした。
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▲お休み中だった民芸博物館。 |
バルボアパークで他に行きたかったのは、「写真芸術博物館」と「国際民芸博物館」(ずばり日本語のMINGEI MUSEUM)だったのですが、両館ともこの日は休館日。いずれの再訪を誓いながら、バルボアパークを離れて、もうひとつ目当ての美術館に向かうことにしました。
■現代社会に刃を突き立てる サンディエゴ現代美術館
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▲乗りたかった真っ赤なトラム。 |
バルボアパークから6thアベニューに向かい、そのまま南へ下ります。下るといいましたが、文字通りこのあたりは丘陵になっていて、北へ坂を登ればサンディエゴ発祥の地であるミッションヒル(伝道の丘)で、南に下れば中心街であるダウンタウンです。
ダウンタウンには、真っ赤な路面電車が走っています。距離的に歩いても良かったんですが、路面電車のあるまち堺から来た人間としては、やっぱり他のまちの路面電車も乗ってみたい。丁度、電停にやってきたトラムに飛び乗りました。
トラムで2駅か3駅ほど、港にもほど近い電停で降ります。目指すは、「MUSEUM OF CONTEMPORARY ART SAN DIEGO」、すなわち「サンディエゴ現代美術館(MCASD)」です。
実は昨年もこの美術館には足を運んで非常にいい展示をしていたので今年も楽しみにしていたのです。昨年は全館で在米韓国人の現代アーティストの作品を扱いまるで個展のようでしたが、今年はどんな展示でしょうか。
壁に掲げられていた「2017年の展望」という一文をざっくりと追うと、どうやら美術館が推す8人の現代作家の作品展のようです。
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▲右がマスクを使ったインスタレーション、左にコラージュ。 |
まずはこちらでも向かって右翼から見ていきます。すぐのスペースにあったのは、迫力あるガスマスク(?)を使ったインスタレーション(空間展示)作品と、その向かいには政治家の同じようなポーズの写真の切り抜きばかりを集めたコラージュ。
お隣のスペースへ行くと壁にいくつかの絵画が飾っています。そのうち一枚、なんてことがない公園の滑り台を描いた絵なんですが、妙にインパクトがあるなと思って近寄って見ていたら、またもスタッフに注意されてしまいました。
「ちょっとちょっと、そこの線より前にでちゃだめだよ」
よく見ると床にラインが引いてあります。見渡すと、ラインのある作品とない作品があって、これは「ある」組でした。
「あ、ごめんなさい」
謝ると、スタッフが近付いてきます。
「この作品は下地を黒く塗った上に点々で絵を描いているんだよ」
怒られると思ったら、親切に作品の解説をしてくれたのでした。
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▲スポーツキャップのように見えるがよく見ると……。 |
隣の部屋に行くと、別のスタッフに声をかけられました。
「こちらに来てごらんなさい。この床の割れ目がわかりますか? これもアーティストの作品なんですよ」
どうみても建物が老朽化して出来たひび割れにしか見えませんが、割れ目がちらちら光っているようにも見えます。解説をしてくれるのですが、英語が早口で今一つわからず。社会の分断とかをテーマにした作品なのかな?
というのも、今回は昨年にも増して政治的なメッセージをはっきり打ち出した作品が多くありました。スポーツキャップが並べてありますが、よく見ると一つはロドニー・キング(1991年のロス暴動のきっかけとなった人物)とXが大きく書かれたMEXICOです(このXのデザインは、キング牧師と同時代の黒人指導者マルコムXから?)。
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▲アイ・ウェイウェイの、向き合う二つの椅子。 |
中国の文化革命で失われた技術をテーマにした大理石の向かい合う椅子の作品は、有名な中国の現代美術家で社会運動家のアイ・ウェイウェイのもの。
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▲メキシコ系の社会運動をテーマにした作品。 |
菜の花畑でハンドマイクを手に叫ぶ男の写真と、その前にスタンドに吊るしたハンドマイクを置いただけの作品は、「Go Tell It」というタイトルで、メキシコ人のアーティスト マリオ・イバーラのもの。カリフォルニアにおけるメキシコ人の社会運動がテーマになっているよう。
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▲ジャマイカの歴史の中で存在しないかのように扱われてきたものたちとは……。 |
また大きく扱われていたのは、サンディエゴの現代美術家アンドレア・チャンの一連の作品です。それはカリブ海のジャマイカの歴史を扱った作品で、古いビデオや写真なのですが、ある人物たちだけが切り取られて白抜きの亡霊のようになっています。それはジャマイカの農場で働くアフリカ系労働者の姿であることは明らかです。
充実した作品の数々をじっくり堪能していると、再びスタッフが声をかけてきました。
「この建物の外にある作品も教えてあげましょう。あそこのパイナップルみたいな木があるでしょう。あそこの向こうには、沢山の柱があって、そこには何世紀も前からのサンディエゴの歴史が描かれているんですよ」
「あなたはとても親切ですね」
と感謝すると、いかにもな返答が来ました。
「それは、あなたが特別だからですよ」
日本ではさらっと言えないセリフですが、何かの機会に使ってみたい一言でした。
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▲スタッフに教えられて歴史を刻んだ柱を見に行きました。 |
市立美術館よりさらに2サイズは小さいMCASDでしたが、強いメッセージと意図を感じる展示は、とても刺激的なものでした。市立美術館が、俯瞰でアートの全体像を教えてくれるものだとしたら、MCASDはまさに現在進行形の今に生きる私たちにとってのアートを教えてくれる存在といえるでしょう。
この二つの美術館があるだけで、サンディエゴの市民のことが随分うらやましく思えました。展示されている美術品が素晴らしいということもありますが、それ以上に素晴らしいのは、まちに対して果たしている機能ではないでしょうか。スタッフは作品の番人ではなく、アートと来館者をつなぐ案内人のような役割を果たしていました。彼らの活動の積み重ねは、間違いなくまちの文化度を上昇させていくでしょうし、私のような旅人はアート作品や美術館やまちのファンになってしまう。
まちの魅力をより深く伝えて、その波紋を広げていく拠点として、美術館と専門のスタッフの存在はまちに欠いてはならないものではないか。そう思えた二つの美術館訪問でした。