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茶の湯に吹く風 みる・きく・ふれる・現代アート@さかい利晶の杜レビュー(2)

この夏は堺市の博物館が熱い!
堺市在住在学の子どもむけにミュージアムパスが発行され、各ミュージアムでは気鋭の若手スタッフによる企画展が開催されているのです。今回の記事は、堺市博物館の「親子で楽しむミュージアム」に続いて、さかい利晶の杜で開催されているアーティストMATHRAXさんを招いての企画展「茶の湯に吹く風 みる・きく・ふれる・現代アート」展のレビュー記事シリーズ。その第二回となります。
案内は、前回記事に引き続き運営スタッフの山本真理奈さんです。

 

■導く風

▲茶の湯体験施設の入り口に置かれた作品「風と石」。石と石の間に手をかざすと音が鳴り始めるのはテルミン(空間に手をかざして演奏する電子楽器)を演奏しているかのようです。

 

――新作は待庵、さかい待庵にあるんですね。
山本「そうなんですよ。待庵の中に作品があります。待庵にわざわざ入っていただかないと鑑賞できないので、ちょっとハードルが高いんですけれど、作家のMATHRAXさんがどうしてもこの場所でということで」
――そりゃそうですよね。さかい利晶の杜でどこが一番の場所はどこなのかといったら、僕はやはりさかい待庵だなと思います。少なくとも、一番良いところの一つではあることは議論の余地はないと思います。作家さんだから、一番いい場所をすぐに察知して、当然そこを使わない手はないとと思われたんじゃないでしょうか。
山本「新作の前に、こちらにももうひとつ作品がありまして「風と石」です」
――特別感のある綺麗な石が使われてますね。
山本「この作品には風というワードが入っていますが、石だけでなく石と石の間に手をかざしても音がなります。これを風に見立てていて、自分自身が風になるとアーティストはおっしゃっています」
――通路を吹き抜ける風になって音を奏でてるかのようです。これも体験型の作品ですね。

 

▲作品「吟風」では、陶芸家昼間和代さんの手による三つの異なる茶碗が使用されている。向かって左から井戸茶碗、楽茶碗、そして現代の茶碗。

 

――いよいよ新作ですね。待庵に作品がおかれるのは初めてなんじゃないですか?
山本「待庵というか、正確に言えばこちらにあるんです。待庵と無一庵の間の廊下で、丁度お庭が見える位置に置かれています」
――千利休が茶室をどんどん小さくしていく中で、四畳半の無一庵があって、最終的にたどり着いたのが待庵ですよね。
山本「無一庵と待庵の間に置くということで、侘びさびの変遷ということで、三つの点を表現してみたいということなんです。まずは作品に触ってみてください」
――器なんですね。
山本「器なんです。どうぞ、どうぞ触ってください」
――もちあげると、また音楽が奏でられますね。
山本「お茶を日ごろからされている方だと、お茶碗に触れることも多いのですが、(企画発案者である運営スタッフの)宮本いわく、歴史的なお茶碗も使われていたからこそ価値があるのに、美術館とかに入ってしまうと、そこでもう使われなくなってしまって、それで価値が途絶えるんじゃないかと。そこでこの作品で、お茶碗に触れられるということの特別感というものを感じてもらいたいというのが、元の願いであります」
――この器は昼間和代さんのものなんですか?
山本「はい。もともと準備時間もあまりなかったこともあり、こちらとしては既存の作品の展示だけを考えていたのですが、先ほども少し話がありましたがMATHRAXさんは土地のものと一緒になった作品というか、それに何か影響を受けて応答していくような作品作りをこれまでされているので、ここでも何か新作をぜひ作りたいですという風におっしゃっていただいて、お茶にまつわる作品をご提案したいですというお申し入れをいただいたんです」
――そこで昼間さんとという話になったんですか。
山本「昼間さんは、当館とも関係の深い方でもありますし、現代的な作品、現代的なオブジェとかインスタレーション的な作品というのに昔から取り組まれていた方ですから」
――そうですね。日本だとどうしても陶芸家というと器を作られている方というイメージですけれど、海外だとそんなことは全然なくて基本はオブジェになりますよね。
山本「なので、すごく合うんじゃないかなということで、私たちからご提案して、お茶碗を作るんやったら、昼間さんがいいのではと。それで一度アトリエにいっそに伺ったら、本当に意気投合されたんです」
――なるほど。共鳴されたんですよね。それで三つの器になっているというのは?
山本「現在の侘びさびってなんだろうねというのを、昼間さんとMATHRAXさんと話し合って作ることになったんですね。昼間さんも映画の『嘘八百』でレプリカ的なものを作るというようなこともされています。本当に色んな知識をもっておられる方です。過去のお茶碗を再現するという難しいことにも意欲的にチャレンジしていただいたんです。それで、まずは朝鮮半島から伝わった井戸茶碗、そして利休さんの好んだ楽茶碗を作っていただきました。三つ目に現代の茶碗ということで、昼間さんの作られる現代的なお茶碗です。昼間さんは特別な釉薬をおもちで、それを普段からオブジェとかに使われているんですね。それが特徴的で、昼間先生といえば、この発泡の釉薬だよねというのがあって、是非そういうものを作ってくださいということで作っていただいたんです。この作品には「吟風」という名前がついています」

 

▲昼間和代さんの作品の代名詞的な釉薬をつかった現代的な茶碗。

 

――歴史的な茶の湯の流れを感じさせるように、まず李氏朝鮮の雑器を見出した井戸茶碗があって、今度は千利休が新しい価値観として楽茶碗を生み出して、そして400年後の現代の侘びさびとしてこのお茶碗なんですね。
山本「そうです。そうです。やはり風というのは、高低差があったり、違うものの間に吹くものですよね。気圧差、温度差の中で吹く。この移り変わりの中にも、色んな差、思いの差があって、このもの自体が風を表せるんじゃないかと感じています」
――差によって生じるものが風だという解釈なんですね。
山本「MATHRAXさんが、茶道に特別通じている方たちではないんです。今回、異色のコラボレーションということで、さかい利晶の杜に新しい風が吹くと考えています」
――二つの出会いが新しい風を吹かせたということなんですね。ちなみに、三つの器の中で一番人気はどれでしょうか?
山本「やはりこの現代的なお茶碗ですね。ちょっと想像がつかないですよね。意外に重たいとか」
――昼間さんの代表的な作風の茶碗ですね。
山本「今回、さすがだなと思ったことがありまして、堺の方はお茶に親しんでいる方が多くて、茶碗を手に取るとき、ちゃんと指輪を外してくださる方が多いです」
――さすがという感じですね。
山本「このまま無一庵の方にご案内いたしますね。今回の企画展では待庵ツアーに入っていただいて、最後にこの作品を鑑賞していただくことになっています」

■現代アートと茶の湯を体感する

 

▲四畳半の無一庵にかけられた軸は「無理会」。

 

山本「無一庵ではお軸が新しくなっています」
――これはなんと書いてあるんですか?
山本「無理会(むりえ)です。理屈が無いの無理に会うで無理会です。理会は何かを理解するとかいう意味んですが、それに無がついて、それを否定しています。これは時間の観念や理屈のない永遠の世界を意味しており、侘びの表象なんです」
――無一庵が侘びの軸ということは、待庵では?
山本「待庵は老古錐(ろうこすい)です。使い古して先の丸くなった錐(きり)のことで、時間の経過による円熟のことを言い、さびの表象となっています」
――無一庵と待庵に行くことで、侘びとさびに出会えるんですね。

 

▲さかい待庵に掛かる老古錐の軸。

 

山本「これで作品はすべて見ていただきました」
――作品それぞれもいいのですが、現代アートを観に来て、もれなく2つの茶室にいきつくという流れ全てがいいですね。時空を超えた物語のような濃密なアート体験ですし、うまく施設の特徴を活かしていて、作品が茶室に導く風になっているという感じです。
山本「逆に茶室を見に来られた方も、ここでまさか現代アートに出会うとはという体験をすることになります。やはりお客様も、なかなかアートに直接触れるという経験がないので、展示室に入ってもどうすればいいのか戸惑われる方も少なくありませんでした。なので、案内のスタッフの方から積極的にお客様に声をかけて作品に触れるようにうながしたりしています」
――互いに新しい体験で、これも差からその人の中に風が吹くんでしょうね。ほんとうに現代アートファンの方にとっては、まさかの驚きですよね。レプリカですけど、国宝と同じ茶室に入れるんですから。
山本「日本に待庵は数あれど、中に入ってここまで見れる待庵ってここぐらいだと思うんです。大山崎の(オリジナルの)待庵は中には入れませんし。全然待庵とかを知らずに、勧められるがままに、待庵ツアーに参加する方とかもいらっしゃるんですけれど、本当にレアですよね」
――狭くて広いという、本当に不思議な場所ですよね。MATHRAXさんの現代アートと千利休の茶室と、どちらも五感を揺さぶられる稀有な経験が出来ます。現代アートファンとお茶ファン、あるいはどのどちらともこれまで縁がなかった方にも、ぜひ体験してほしい企画展ですね。

 

現代アートと茶の湯、MATHRAXさんと千利休さんの相性の良さを感じられる企画展でした。
その土地のものを重視し、目に見えない創作者と鑑賞者の間の関係性、二度と戻ってこない不可逆性をアートとして取り入れる。そんな現代アートの境地に、いまから400年以上前に達していた千利休ら茶人たちの先進性には驚かされます。また、中世にはなかったダイバーシティの観念を内包した現代アートの在り方など、茶の湯と現代アートの相違について思いを馳せることが出来るのも面白い体験です。
またそんな背景を一切頭から追い払って、MATHRAXさんの作品をかき鳴らしたり、待庵に座って心を解き放ったりするだけで、楽しいアートツアーになるはずです。タイトルに偽りなし、五感で楽しむことができる企画展「茶の湯に吹く風 みる・きく・ふれる・現代アート」に足をお運びくださいね。

 

 

さかい利晶の杜
〒590-0958
大阪府堺市堺区宿院町西2丁1番1号
TEL.072-260-4386
web:https://www.sakai-rishonomori.com/

 

MATHRAX(マスラックス)
電気、光、音、香り、石や木などの自然物を用いたオブジェやインスタレーションの制作を行う久世祥三と坂本茉里子によるアートユニット。デジタルデータと人の知覚との間に生まれる現象に注目しながら、人が他者と新たなコミュニケーションを創りだすプロセスについて探求する作品を制作している。
web:https://mathrax.com/

 


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