ミュージアム

茶の湯に吹く風 みる・きく・ふれる・現代アート@さかい利晶の杜レビュー(1)

 

この夏、堺市では魅力的な企画展がいくつも開催されています。堺市博物館の「親子で楽しむミュージアム」に続いて、今回ご紹介するのはさかい利晶の杜で開催中(会期:2023年7月8日~8月27日)の「茶の湯に吹く風 みる・きく・ふれる・現代アート」展です。
堺の二大偉人、茶の湯を大成した千利休と歌人与謝野晶子を顕彰するさかい利晶の杜に、現代アーティストMATHRAX(マスラックス)を招いたこの企画展。茶の湯と現代アートの出会いは、私たちに何を感じさせてくれるのでしょうか? さっそく見ていきましょう。

 

一座建立

▲視覚障がい者と盲導犬の関係から着想を得たという作品「うつしおみ」に触れて歩く運営スタッフの山本真理奈さん。さかい利晶の杜2階の企画展示室。

 

企画展を案内してくれたのは、さかい利晶の杜の運営ディレクターの山本真理奈さん。
ーー現代アートと茶の湯のコラボレーション。一般的には現代と伝統で相反するものと考えられがちなのではないかと思うのですが、この企画展はどのようにして生まれたのでしょうか?
山本「昨年、当館の茶の湯担当の運営スタッフ宮本雅代が豊中市で開催していたMATHRAXさんの展覧会を見に行ったんです。宮本は一昨年に開催した企画展「みてさわって堺のやきもの」(紹介記事はこちら)を担当していて、お客様にお茶碗に触れていただくことにこだわっているのですが、MATHRAXさんのお客様の触れて成立するアートに共通性を見い出したんです。また、それ以外にも茶の湯と響き合うところが多くあって、今回の企画展につながりました」
ーーなるほど。お客様と亭主がいてはじめて完成する茶の湯は、現代アートの中でも観客を巻き込んで成立するリレーショナル(関係性)アートと親和性が高そうですね。作品が楽しみです。
山本「まず、最初の作品は豊中で展示されていた『うつしおみ』です。先ほどもありましたがMATHRAXさんの作品は、すべてそうなんですけれど、触って体験することがメインとなっています。この一周を触っていけるようになっているのですが、ここがスタートでまずこの木のオブジェに触ってみてください」
ーー触れると音が鳴りますね。日本の場合、アートに直接触るということ自体がそもそもめったにないので触感のアートというのは珍しいというか、個性を感じます。
山本「そうなんです。触れないとまだ作品が成立しないんです。これ(オブジェ)だけがあっても完成じゃなくて、人が触って作品が完成するという、その体験自体が作品というような、結構特殊な状況が必要とされる作品ですね」
ーーなるほど。たしかにアーティストと観客、主客がいてはじめて成立するというのは、茶の湯の一座建立と共通する部分ですね。
山本「実は香りも感じて欲しいんです。この展示は今回で三回目なのですが、それぞれの会場に合わせた香りというのも、花王株式会社さんと一緒に開発されているんです。なので、マスクもちょっと鼻だけ外して香りを体験してみてください」
ーーでは、もう一度周ってきますね。……たしかに、香りも周囲を歩いているうちに変わっていきますね。
山本「そうなんです。実は香りは三種類あって、茶席の体験を香りで表したいということで、宮本と私、アーティストの方と花王株式会社さんの三者で色々相談しながら決めたんです。まずは席入りまでの路地を歩くようなイメージで、緑の風を、かつ堺なので、当時は海も近かったということで、潮の香りをちょっとだけ入れて、マリーンな香りになっています」
ーーとても爽やかな印象ですね。
山本「それから茶席に入った時の、土壁とかお香の独特の香りとか、そういう神聖な感じの香り。そして三つ目が、茶席での体験が終わった後に、リラックスしてリフレッシュして、また新たな気持ちになったというような香りをイメージしています」
――物語のように展開し、刻々と変化していくんですね。

 

▲小さな粒が饅頭や煎餅のように形を変化させ、ついに生物=狐の姿になる。しかし、変化はこれで終わりではない。

 

山本「この作品自体がエンドレスに続くというか、輪廻を表していて、どんどん触っていったらライティング(照明)も変化していくんですが、これは一日の変化を表しているんです」
――それで、向こうにいくと夕焼けのように赤い照明になっていったわけなんだ。
山本「オブジェ自体が形が形になっていく。最初は粒なんですけど、それが次第に形になっていき、狐の形になって、またバラバラになっていくんです」
――狐が斃れて、体がバラバラになって、また粒になっていく。九相図(くそうず:死体が朽ちていく様を九段階で描いた絵)を思い出させますね。この粒というのはなんなのでしょうか?
山本「胚というか、未分化な芽のようなものだとお聞きしました」
――一日でもあり、一生でもあり、それがエンドレスに続いていくんですね。この作品は、一周しながら、視覚障がいのある方であっても楽しむことができるアートだと思いました。
山本「はい。この作品は、茅ケ崎の盲導犬ユーザーの方からインスピレーションを受けたものなんです。盲導犬ユーザーと盲導犬の信頼関係というものから、すごくインスピレーションを受けて、目が見えていないにも関わらず、両者の関係によって、すごく早く歩くんです。私たちだって目をつぶって歩くと、何があるかわからずにとても怖いですよね。でも、完全に盲導犬を信頼することによって早く歩く。それが生と死の狭間を歩いているような感覚を得たということで、この作品が生まれたんです。作品を触る手の感覚というのを盲導犬とリンクさせている。そいうメタファー(暗喩)でもあり、完全に一致はしないのですが、作品に触れながら目をつぶって歩いてもらってもいいかもしれません」
――アートに触れた体験を通じて自分の常識が揺るがされるような効果がこの作品にはあるように思えます。

 

▲生を得た狐がたおれ、バラバラになって粒にもどっていく。まるで立体九相図のよう。

 

■石の声をきく

▲ネイティブ・アメリカンの伝承からインスピレーションを得て生まれた作品「いしのこえ」。石に触れると音が鳴る。

 

次の作品は、観光案内展示室を見下ろす二階のエレベーター前スペースに設置している「いしのこえ」。

山本「この作品はMATHRAXさんが茅ケ崎の中学生たちと作った作品で『いしのこえ』といいます。ネイティブ・アメリカンの伝承に石の声をきいて過酷な状況を生き延びたという話があるそうです。荒野でサバイバルしているときに、たとえば石から『ぼくは火打石だよ』という声をきいて火打石を得て荒野で生き延びることが出来たという伝承で、そこからインスピレーションを得たそうです。それで中学生たちと茅ケ崎の海に行って、石の声をきいて一つ石を選んできてくださいと言って石で作った作品なんです」
――石に触れると音が鳴りだしますね。

 

▲この小さな石は山本さんもお気に入り。タヌキのお腹にみえたという白い貝殻。

 

山本「私たちから見ると、全然ありふれた石なのですけれど、沢山ある中で一つ選ぶという必然性というものがあって。たとえば、この石は貝なんですけれど、タヌキのお腹にしか見えなくて、どうしても拾ってきたかったんだそうです(笑)。一つ一つそういうみんなが声をきいたというエピソードがあって、それぞれの音がする、声がするという作品になっているんです」
――地元の人たちと一緒に作っていった作品なんですね。
山本「そういうことを大事にされているアーティストなんです。堺でも、さかい利晶の杜でワークショップをおこないました。それは茅ケ崎の海と川からアーティストが拾ってきた石と、プラス陶器のかけらですね。この陶器のかけらというのも、今回の新作でご協力いただいている堺の陶芸家の昼間和代先生から今ままで作って来た陶器のかけらをいただいてきて、それを組み合わせるというワークショップを行いました。そこでなんで選んだのかを話し合ったりして」
――現代アートの世界ではよく地霊(ゲニウス・ロキ)という概念がでてきて、これはその土地の物理的な側面に加えて、文化、社会、歴史的な要素や人も含めてそこから生み出されるもののことなんですけれど、その土地のもの、その土地の人と出会い、そこでしか生まれないものを包摂して作品を作るというのはとても現代アート的だなと思います。MATHRAXさんが地元の人やモノにこだわって作品を作られているというのは、そういうことなのではないかなと思います。
山本「この後ご紹介する新作は、まさにそういうMATHRAXさんだから生まれた作品になっています」
――楽しみです。

▲丁度取材中に作品で夢中に「遊ぶ」子どもの姿がありました。

 

(第二回へ続く)

 

さかい利晶の杜
〒590-0958
大阪府堺市堺区宿院町西2丁1番1号
TEL.072-260-4386
web:https://www.sakai-rishonomori.com/

 

MATHRAX(マスラックス)
電気、光、音、香り、石や木などの自然物を用いたオブジェやインスタレーションの制作を行う久世祥三と坂本茉里子によるアートユニット。デジタルデータと人の知覚との間に生まれる現象に注目しながら、人が他者と新たなコミュニケーションを創りだすプロセスについて探求する作品を制作している。web:https://mathrax.com/

 


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