“作る人が売るからこそわかってもらえる”その後の大江畳店(2)
枚方T-SITEで毎年お正月に生まれる畳の空間は、堺の畳屋さん大江畳店の2代目大江俊幸さんによるものです。(前篇)
大江さんも加わった、組み立て式の和空間“器”で本物の和空間を体験してもらう“器プロジェクト”を見た枚方T-SITEの担当者が、大江さんと接触して生まれたのが、この“空間提案”でした。
和建築が減り、建築関係の伝統の職人たちの仕事も右肩下がりの中、お客様に実際に畳や襖など和の物の良さを体験してもらう空間として、“器”も“空間提案”も作られました。
どうして、こんな大がかりな事をすることになったのか、その根本に「僕らは“モノ”を売っているのではないから」だと大江さんはいいます。では、大江さんは何を売っているというのでしょうか?
■畳職人は”技”を売る
堺の伝統産業でも、たとえば“堺の包丁”は海外でも知られるようになり、好調な様子が窺えます。
「包丁とは市場の大きさが違います。包丁は海外の料理人も使うことが出来ますが、畳は和の暮らしが前提ですから、商圏が限られています」
洋包丁と和包丁の違いはあるにせよ、海外の料理人が日本の包丁を使うことは難しくありません。台所の数だけ商圏が広がっているといえるでしょう。しかし、畳は基本的に和の暮らしや和の建築が前提です。海外では、かなりの日本マニアでお金持ちでもなければ、畳を取り入れた暮らしをしようという発想にもならないでしょう。
そして、包丁と畳の違いはそれだけではありません。
「包丁は、包丁という“モノ”を売っています。包丁には様々な種類もあるし、デザインも色々あります。でも畳はデザインが変えられないものです。そして僕らは職人ですから材料を作って売っているわけでもない。では何を売っているのかというと、“技”を売っているのです。というのは、家というのは大きい小さいがあって、(何畳という)同じ広さの和室でも大きい小さいがあるのです。なので和室の畳はオーダーメイドになり、そこで技術の見せ場になるのです」
和建築や和室が減っているだけでなく、畳を使うことがあっても機械で作る値段的には安い畳になりがちです。
「畳はデザインが変えられないということもあって、センスが大きく影響します。でも安い値段だとオリジナルが作れず、技術の差を見せづらいんです。センスはお金に換えられないと思います」
このセンスは、畳一枚を何も無い空間においてもわからないものです。部屋という空間との相性、コーディネートが問われるものです。
そうなると、どうしても“空間提案”のように、空間の中でいかに畳が映えるのかを見せるしかないというわけです。
■本質が分かっていれば、本質から離れても大丈夫
一方で、これまでの話と矛盾するようですが、“モノ”を売る努力も大江さんはしています。
丁度インタビューの時に座っていたのは、座面が畳になっているスツール(椅子)で名付けて「CHOCOTT」。あるいはモダンな置き畳「GORONT」。
どうしても畳には古くさいというイメージがついて回る。そのイメージを変えるために、“モノ”としておしゃれな畳のプロダクト(製品)を開発していったのです。
「まずは手に取ってもらって畳に触れてもらう。畳の本質からは離れてしまいますが、本質を押さえておき、そこに戻ることが出来るなら、やっていいと思うんです」
手に取りやすいように、大江さんの作るプロダクトは次第に小さなものになっていきます。
「阪急百貨店に出店した時に、床の間のようにして使えるタタミインテリア「tocota」を作ったのですが、まだ大きいなということで、僕の同級生だった作家さんとアクセサリーを作ることにしたのです」
それは大江さんのブランディングによる畳素材をつかったアクセサリーで、「classica」と名付けられました。
「classicalからl(エル)を取ったんです。皆さんからエールをいただくことで、『クラシカエル(暮らし変える)』になるというのがコンセプトなのです」
「classica」のアクセサリーは畳の素材を使っているので、浴衣など和の装いに合うのは当然なのですが、そういった季節限定の使い方ではなく、普段着に和を取り入れて欲しいのです。畳のままだと古臭く見えるヘリの柄も、アクセサリーにするとお洒落に見えたり、身につけているアクセサリーと家の畳の柄が同じだと面白いとかでもいいんです。そんな所から、実は伝統柄にも意味があることなどを知ってもらえればと思います」
大江さんにとっても、アクセサリーなどの物販や、“空間提案”といったイベントで、お客様と直接対話をすることで、お客様のニーズを聞くことが出来るようになったのも大きな収穫でした。
「イベントをすることで起死回生になるかというとならないし、売り上げが即上がるかというと上がりません。しかし、地道にちょっとずつやっていくことで、手応えも感じています。畳っていいやん、と言われるようになっている」
「他の職人さんでも、なにかをしたいけれど、なにをしたらいいのかわからないと思って、もやもやしている職人さんもいると思います。僕はそういう人の相談にも乗りたいと思います。何の職業でも、やり方、考え方を変えればやっていけると思います。本質からは離れるかもしれないけれど、本質が分かっていて、戻すという気持ちを持っていればいいんです。それで、喋るのが下手くそ、営業が下手くそというのは変えていかないと。自分が行って、自分が喋るというのは大きいです。作る人がモノを売るから初めて分かってもらえる。伝えられる……ということがあると思うのです」
コラボレーションやイベントでも実績を積んだ大江さんは、現在、「classica」と「空間提案」の2つがテーマになっています。そして、今後はというと、「堺」をターゲットにしているのだそうです。
「堺でやっていこう。堺へ戻っていこうと考えています」
■堺というまちへ戻っていく
堺市はお寺の数が京都市に次いで多く、堺区の環濠エリアの北部が景観保全地区に指定されるなど、和の文化を盛り上げる素地はそろっているようにも思えます。
「堺には旧家やお寺も多いのは確かですが、必ず堺の畳屋さんを使っているかというとそうでもない。景観保全地区でも、建て替える時に補助金が出るのは外観についてなので、せっかく和建築にしても畳にまでは出ないのです。安い予算だと機械製の畳になってしまいます。昔の技術を残そうと思うと、やはりお金がかかってしまいます。堺というまちも、和の文化の本質を見失っている所はあると思います」
それでは何故、堺でやっていこうと考えたのでしょうか。
「畳の本質は伝えないといけないし、本質を伝えるためには何をしないといけないかということを考えてきました。そんな中で、縁があってイベントに出させてもらえるようになった『さかい利晶の杜』は本質を伝えやすい施設だと思います。ああいう施設はなかなか無いです」
さかい利晶の杜は、堺区宿院町に作られた千利休と与謝野晶子を顕彰する文化観光施設で、三千家の茶室や復元された利休待庵を備えています。お茶の文化、和の文化を伝えるのにはぴったりの施設といえるでしょう。
「さかい利晶の杜があるし、『灯しびとのつどい』のような(ハンドクラフト)イベントに、スピニングミル(イベントスペース/アトリエ)さんや紙caféさん(カフェ)、サカイノマさん(カフェ/宿泊)といったおしゃれなスポットも増えてきています」
確かに大江さんの言うように、堺市も和の文化の本質を見失ってはいるところはあっても、元来のポテンシャルはあるし、新しく和の文化を伝える場所や人々が芽吹いていもいるのです。
「今は商売としてなんとかやっていけてますが、子どもに跡を継がせたいかといわせれば厳しいです。しかし、僕の代で、堺で畳と言えば大江さんといわれるような畳屋さんになれば、変わっていくんじゃないかと思います。だから、これからは堺でやっている畳屋というのは強くアピールしていかないとと思っていますし、今回の取材のような日頃のご縁も増やして行けたらと考えています」
畳の無いご家庭、あっても機械製の畳しかない住居ばかりの中で、大江さんの活動は注目に値するものでした。最先端の商業施設との協力、他の分野の職人とのコラボレーションに波及効果。”伝統とは、最良の前衛であり、同時に最良の古典である”そんな言葉を思い出します。
大江さんの活動から新しい”和の暮らし”が立ち上がってくるのではないか。そんな期待を抱き、また何年後かにお話を伺ってみたいと思ったのでした。
大江畳店
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