クリスマスの第九(2)
堺市西区にある堺市立西文化会館、愛称「ウェスティ」で「ウェスティ第九合唱団」による「第九コンサート」が開催されるのは2018年で3回目になります。
地域の文化振興を目指して設立された「ウェスティ第九合唱団」は、素人でもプロの指導で合唱を楽しむことができると、まったくの初心者であった益田利彦館長自らも団員として参加。ブログに『館長の第九練習日記』を書いてネットで公開したりしました。
そのおかげもあってか、「ウェスティ第九合唱団」も初年の参加者は50名、2年目の参加者は69名となり、そして3年目の2018年の参加者は72名となりました。
前篇の全体練習のレポートに続いて、今回はいよいよ本番のコンサートの様子をお届けします。
■フルハウスのウェスティホール
2018年12月23日。クリスマスイブイブ。
開演前のウェスティホールは、沢山の観客を飲み込み、500人収容の客席はほぼ満席のフルハウスです。
座席について、諸注意のアナウンスを聞いてスマホの電源を落とします。コンサートが始まるまでの、このドキドキする時間を過ごして待つといよいよはじまりました。
拍手を浴びて現れたのは、司会を務める晴雅彦さん。テレビでもおなじみの顔です。晴さんは登場するなり自己紹介で笑いをとります。
「晴です。ハゲではありません。見た目で判断しないよう、ご了承くださいね」
と、まばゆい頭部をなぜると、客席からは笑いがおきます。晴さんの持ちネタでしょうが、晴さんの楽しそうな表情やトークと相まって、会場の雰囲気はいっそ和やかなものになりました。
掴みは万全。最初の一曲はなんでしょうか。
「クリスマス前ということで、クリスマスの雰囲気を楽しんでもらいたくて選曲しました。フランスの音楽で実は愛の歌です。『クロリスに』。……クロリス、もしあなたが僕のことを好きなら……そうだと思うのだけどな……というのろけの歌なのですよ」
歌うはテノール孫勇太さん。エメラルドブルーの綺麗なシャツは、歌のイメージに合わせてナルシスティックな恋をしている若者をイメージしてでしょうか。ホール自慢のスタインウェイのピアノを弾くのは川邊由布子さん。
ゆったりとしたフレーズの繰り返しに高い孫さんのテノールが浮遊し、しだいに盛り上がるのだけれど、盛り上がりきらない。なんともむずむずする、ふわふわとした逡巡自体を楽しんでいるような所が、晴さんの言う「のろけ」だと感じました。ポジティブな空想に浸っている幸せな印象の一曲でした。
2曲目は、よりクリスマスらしくなって『オー・ホーリー・ナイト』。歌うはソプラノの小平瑛里佳さん。シルバーグレーのスパンコールのドレスが、夜空に煌めく天ノ川を思わせます。
こちらは先ほどの『クロリスに』と違って、垂直に高まっていく印象の曲。天上の神様に捧げる愛は、透明感はあるのだけれど、肉体を持つ人間の身もだえするような息づかいも聞こえるようです。原罪を背負った人間が、手の届かないはるか高みに、それでも、それだからこそ煌めく星空に手を伸ばしている。
「外国語の歌が続いたので、次は日本語の歌をどうぞ」
と、晴さんに紹介されて登場したのは、晴さんと同じバリトンの繁亮太さん。いずれも文科省唱歌の「冬の夜」「冬景色」「雪合戦」を渋く歌い上げます。いずれも大正時代、当然文科省が文部省だった頃に世に出た歌です。少し時代がかった言葉遣い、耳になじみの薄くなりつつある漢語表現で、ベルエポック(古き良き時代)な冬の田園風景の中の日本が描き出されました。
「次は映画音楽です。映画『ミッション』より、元はオーボエの曲に歌をつけたもの。『ネッラ・ファンタジア』」
歌い手は、メゾ・ソプラノの井村園子さん。黒の上下のドレスで、アッパーには金色の刺繍がされているのか、光を反射して荘厳な印象です。ミッションとは、伝道師のこと。映画『ミッション』は、堺市とは縁のあるフランシスコ・ザビエルの創設した『イエスズ会』の伝道師が南米の植民地で先住民に布教を行った史実に基づいて作られた作品です。史実でもイエスズ会の伝道師は先住民側に立って、宗主国のスペイン・ポルトガルに抵抗し戦ったのだそうです。
そしていよいよ晴さんの出番です。
「お耳汚しを」
と、晴さんらしく謙遜されながら、美声で披露されたのは『アヴェ・マリア』。クリスマス目前の一夜のコンサート前半を締めくくるのにふさわしい一曲ですが、ここで終わりではありません。
ウェスティ第九合唱団のために、毎年拡大するアンサンブルに今年は木管楽器も参加。「弦楽アンサンブルによるクリスマスメドレー」で第1部が終了したのでした。
20分の休憩を挟んで、いよいよ「第九」です。
■市民合唱団の大合唱
ロビーで休息していたお客様も座席に戻り、第2部がはじまりました。
舞台袖から「ウェスティ第九合唱団」が入ってきます。上下黒の男性陣と、上白下黒の女性陣とフォーマルにビシッとキメキメに決まっています。
続いて、第1部で活躍したアンサンブルチームと歌唱チームのプロの音楽家たちも登場。
ベートーヴェンの第九交響曲は、全体で第1楽章から第4楽章まで約70分ほどもあるのですが、合唱パートは最後の部分だけです。全部を演奏するとなるとなかなか大変なことになるからでしょう。この日のコンサートでは、第4楽章「歓喜の歌」をピックアップしていました。何しろ第4楽章からはじめても、合唱団の第一声までは結構またされてしまいます。
それだけに第一声「フロイデ!(歓喜)」が響いた時の衝撃はひとしお。
このためてためての待ち時間の長さと放出のカタルシスは、第九の大きな魅力の一つなのでしょう。『忠臣蔵』の吉良邸討ち入り、力道山の空手チョップ、ウルトラマンのスペシウム光線、またせて放つエンターテインメントの王道です。
「フロイデ!」
ついにきました。主役は合唱団。地の底から天へ届くように吹き上げていくうねりに圧倒されます。この曲が生まれた19世紀という時代。ヨーロッパ文明が紆余曲折の末に行き着いた人類への讃歌は、合唱というスタイルで歌われてこそ表現できるのだと感じました。
大きな拍手に包まれてコンサートは終わりました。
やりとげたウェスティ第九合唱団とそれを支えたアンサンブルや晴さんのおかげで楽しいひとときを過ごす事が出来ました。中でも、晴さんの司会は、晴とハゲをネタにして笑いを取りながら、舞台チェンジの時間をコントロールしたり、次の曲の紹介を自然に織り交ぜたりする名人芸で、この日の演目を引き立てる見事なものだったことも特記しておきたいと思います。
最後にロビーで歌い終えたばかりの益田館長からコメントをいただくことが出来ました。
益田「本当に半年間のレッスンを経て、こんなに素晴らしい舞台ができあがるなんて、色々お力添えをいただいた皆様に感謝したいと思います。特にレッスンを指導してくださった岸先生、事業全体のアドバイザーをしてくださっている晴先生、関係者の方、出演してくださっているアーティスト、そして一番大事なのは地域の参加してくださる方。みなさん最後まで頑張って参加してくださってありがたく思っています」
――毎年グレードアップしているそうですが、もちろん来年どうするかも考えてらっしゃいますよね?
益田「今年で3年目になるのですけれど、毎回出演する楽器だとかアーティストを増やしていて、来年も増やしていきたいと思っているので期待してください」
――今回お客様として来られている方の中には、特に音楽ファンではないけれど、出演されている方の家族やお友達だから来たという方もいるかと思うのですが、そういう方もこのコンサートをきっかけにしてプロの演奏も楽しめる構成になっているのは素晴らしいと感じました。それは最初からそういう発案があったのですか?
益田「やはりこの事業の目的自体が、地域の方の継続的な文化活動につなげていこうというのがありますので、地域の方が楽しみにして舞台にあがるためには、プロの方と一緒に舞台にあがるということを一つの目玉にしているという部分もあります。またコンセプトとして、開館20周年を記念をして、地域の方、地域のプロのアーティスト、地域の文化振興をするための文化会館が一つの作品を作りたい。継続して事業を行っていきたい、というところから、こういう組み立てになっているのです」
――それで毎年ちょっとずつ参加する方も増えていく。地域の方も増えるし、プロのアーティストも増えるのですね。
益田「おっしゃるとおりです。最初のピアノ一台だけだったのですが、翌年は弦楽器が四本加わる、今年は木管楽器が加わる。来年は何かが増えるかもしれない(笑)」
――ますます本格的になっている形ですね。
益田「そのためには地域の方に参加してもらうのに加えて、地域の企業様にも協力していただきたい。地域で盛り上げていきたいと思っています。長いレッスンを経て行うものとしては、この『ウェスティ第九合唱団』に加えて、3月に上演を予定している『ジュニアミュージカル劇団Little★Star』や、夏には和太鼓『芸能楽団舞太鼓あすか組』」のコンサートにも市民の方も参加していただく。私ども会館といたしましてはこれを重視してやっていきたいと思っています」
いかがだったでしょうか。堺市立西文化会館(ウェスティ)の活動から生まれた”第九”。プロの演奏の見事さに、市民が自らの手で築き上げてきた想いと物語が加わって唯一無二のコンサートになっているのではないでしょうか。
ウェスティ第九合唱団は、もちろん2019年もクリスマスのコンサートを目指して活動を開始しています。合唱団に加わりたいという方は、ぜひ以下の連絡先に連絡してみてください。