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誰もが虹色に輝く メゾン・ド・イリゼ

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■自分の納得できるポリシーをもって
「メゾン・ド・イリゼ」のオーナー小笠原恭子さんが料理に触れたのは、高校生の時に母を亡くし、家事をするようになったのがきっかけでした。大学進学・就職・結婚の間、お菓子の料理教室に通うと、自宅で料理教室をしてほしいと頼まれるまでになりました。
「そんな中、ある施設から、障がい児の放課後ルームに、みんなで出来る料理のレシピを教えてほしいという依頼があったんです」
私立の幼稚園からエスカレーターで高校まで通った小笠原さんは、障がい児と触れ合う機会がありませんでした。
「だから、なんとも思わずにその施設に行き、そこで見た障がい児たちの光景が衝撃的だったんです」
最初の出会いで満足のいく支援が出来なかったことで、小笠原さんは深く考えるようになります。
「彼らに私がこうした方がいいといってもなんの説得力も無く、『喧しいおねえちゃんやな』で終わらずに響いてもらうためには、こっちがちゃんとしなくてはいけない。自分の納得できるポリシーをもって、子供たちに接し支援をするために、きっちり学ぼうと思ったんです」
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▲オーナーの小笠原恭子さん。
34才にして予備校に入り、大阪市立大学教育学部の修士課程を目指します。その頃に離婚もし、進路を自ら定めることになります。
「父は反対していました。合格発表の時に合格を伝えると、めちゃめちゃ深いため息をついて、ただ一言『わかりました』と。おめでとうも何もなかったですね」
修士課程の2年間は自分と向き合う時間でした。
「軸のしっかりした支援施設を紹介してもらって、支援員として働きながら大学で研究をしていました。そうするうちに、自分の好きな料理と障がいを持つ人たちをつなげるのにカフェをやりたいと思うようになったんです」
ひきこもりや知的・精神障がい者がともに働くカフェ「メゾン・ド・イリゼ」の構想が生まれたのは在学中だったのです。
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▲けやき通りに面した「メゾン・ド・イリゼ」。
小笠原さんは、カフェの構想を企画にまとめ、2013年10月に尼ケ崎で開催されたEDGEビジネスコンテストに挑戦し、見事に全国優勝。この実績を引っ提げて、「チフレ化粧品」の女性起業化支援の助成金に応募し合格します。
「自己資金だけでは到底無理で企業のバックアップが欲しいと思っていたので助かりました」
しかし、この助成金の規定では、すぐに株式を立ち上げ店舗を準備する必要がありました。
「2月にチフレさんと提携し、3月に株式を立ち上げ、物件を借りて7月にオープンさせたんです」
在学中に起業まで済ます、濃密な2年間でした。大学院で学んだことを実現する場を小笠原さんは手に入れたのです。
「ひきこもり、知的・精神障がい者に場だけを与えてもだめなんです。場とその子とマッチングする所を探す必要がある。質のいい仕事をしても最低賃金が低いのだっておかしい。大学院の2年でわかったのは、課題をクリアすれば誰でも一緒に働けるということ。それをここで証明することにしたんです」
障がい者との出会いから、わずか数年でこぎつけた「メゾン・ド・イリゼ」の船出。それは小笠原さんが予定とは少々違った航路を辿ることになります。
■虹の船出
2014年11月の段階で、「メゾン・ド・イリゼ」で働く従業員は7名。
午前中は堺市障害者就業・生活支援センター「エマリス堺」から知的・精神障がい者が、そして午後はEDGEビジネスコンテストの会場で知り合った坂本久実子さんと、その仲間のひきこもり当事者たちが担当します。
「3月当初の時点では場を整えさえすればみんな働きやすくなると思っていたんです。でもそれでは守りに入ってしまう。『~したらあかん』ばかりではいけないし、私も外に出たかった(笑)」

 

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▲坂本久実子さんと、小笠原さんは同い年で誕生日も近いとあって、気の合う友人でもあります。

 

小笠原さんは、スタッフに「任せる」ことを決意します。
「何があるかわからない。『こわい』という気持ちもありましたけど、物を壊してもいい、釣銭を間違ってもいい……決して良くはないのですが……と、覚悟を決めたんです」
小笠原さんが方針を伝えると、スタッフに動揺が走りました。
「オーナーがいなくなるんですか……」
もちろん突然店を開けるのではなく、最初は外に出るのは1時間、次に2時間と少しずつ長くしていき、2ヵ月もすると小笠原さんが丸1日店をあけてもスタッフだけで店をまわせるようになっていきます。
「ものすごくお客様が沢山いらした日があって、それをスタッフだけで乗り切ったことがあったんです。それがスタッフの自信になって、達成感があったと聞いたときようやくほっとしました」
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▲「ヘレンド」のティーカップ。南部鉄のティーポットは一度フランスで塗装して逆輸入したものだそうです。
それにしても取材中出されたティーカップは、壊してもいいと小笠原さんが覚悟したものでしょうが、素人目にもかなり良いものに見えます。
「これはハンガリーの『ヘレンド』のカップです。昔自宅でお菓子教室をしていた時に使っていたんですが、父が邪魔だから持っていけと。あるものを使わないといけませんし、やっぱり働く側もお客さんもいい食器を使うと嬉しいじゃないですか」
その舶来のカップを見ながら、思い出したように小笠原さんはいいました。
「私、パリが好きなんです」
パリは世界で最も人気のある観光都市ですが、小笠原さんの理由は独特のものでした。
「優雅なイメージのパリですが、障がい者が一緒に暮らせる社会でもあるんです。たとえば障がい者がパティシエになりたいといえば、なるための道をみんなが作る。支援体制を作る。きらびやかな社会の中にそういうシステムがあるんです。もちろん中にはいれば色々問題もあるでしょうけど、日本とはベースが違います。私たちはパリのいいとこどりだけでも個人でできることが色々あると思うんです」
誰もが一緒に暮らせる社会を目指した「メゾン・ド・イリゼ」によって、今度は小笠原さんにも変化が訪れます。
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▲坂本さんたちは、ひきこもりか障がい者手帳をお持ちの方限定で、2週間に一回イリゼで自分たちで料理を作るパーティーを開いています。
「最初にスタッフに何が嫌なのかを聞いたんです。すると『怒られるのが嫌だ』と。だったら失敗しても怒らないと決めたんです。皿を割っても怪我がなくてよかったねって。すると『怒られなくてほっとした』って」
出勤シフトでも、「怒らない」という方針を徹底します。
「スタッフの中には薬を飲んでいて、朝起きるのが辛い子もいるんです。だから、来れないなら来なくていい。ただメールで連絡一本はほしいと。ドタキャンありにしたんです」
そんなルールでうまくいくのかと思いきや。
「すると不思議なもので、誰も遅刻したり休まないんです。30分前に支度を終えて上から降りてきたり」
出来ないことは出来ないと言える、出来ない人はやらなくていい、出来る人がやればいい。そんな「メゾン・ド・イリゼ」は、気が付けば小笠原さんにとっても楽に働ける環境になっていたのです。
「『出来ない』ってなかなか言えないですよね。私は頑張りすぎてしまうタイプなんですけれど、『まかせる。でけへん』って言うことが出来るのは、誰にとっても働きやすい職場だったんです」
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▲アート展示などができるスペースも。こちらに飾っていた障がい児の作品が人気でブックマークになったことも。多くの人に利用してほしいスペースです。

 

■通常のお店として勝負
とはいえ何一つ怒らないわけではありません。
「厳しくしないといけない面もあります。仕事に対する姿勢面や、一般常識などきついことを言うときもあります。『それはおかしい、通じない』と」
お客様が「メゾン・ド・イリゼ」に行きたくなる動機づけに、ハンディキャップのある子供の相談に来たいというのがあってもいいでしょう。しかし小笠原さんは、あくまで「メゾン・ド・イリゼ」を普通のお店、市場は一般のお客様だと考えています。
「でも、お涙ちょうだいだけではやっていけません。ハンデがある人であることを前面に出さずに、営業としては普通の店としてやっていきたいんです。だって、私だってお金を払うのなら、美味しくない店にはいきたくないですからね」
現在、「メゾン・ド・イリゼ」の売りのひとつは、ヘルシーな「良縁ランチ」です。これは国立循環器病センターが公開しているレシピをもとに作ったランチで、一食の塩分が2g以下。最近は「良縁ランチ」目当てのお客様も増えてきました。

 

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▲「良縁」と「量塩」をかけてる「良縁ランチ」を命名したのは、スタッフではありませんが、坂本さんの仲間のひきこもりのメンバーです。
ひきこもりの当事者である坂本さんにもお話を伺いました。
「みんな社会経験がなく、教わる機会に恵まれませんでしたから、社会的な礼儀ひとつできない。行政からの紹介で面接や就労体験をしてもプラスになるとは限りません。企業によって差があり、待遇の厳しさから自信を失いロスにしかならないことも多いんです」
坂本さんも、ひとあたりよく接客している姿から想像はつきませんが、ひきこもり当事者です。
「ひきこもりも人間不信も経験しました。そんな私がカフェのスタッフという、普通に人気の職業で働いているのが信じられません。経験者でもなければ主婦でもないのに。今は出会いが楽しくて、出会いを楽しんでいる自分に驚いています」
カフェのスタッフをはじめて3ヵ月というのに、坂本さんはすっかりプロの顔です。
「お店には2度とこの通りを通らないかもしれない人も入ってこられます。だから、毎回毎回、毎日毎日一期一会だと思って、その時の出会いを大切にしたい。ひとときイリゼに入ってきてもらいたいんです」
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▲経営者としても成長したいという小笠原さん。
3ヶ月たってスタッフが大きな成長を遂げ、小笠原さんには新しい楽しみが出来ました。
「『イリゼ』はあくまで通過点です。カフェスタッフや調理スタッフをしながら、自分にはどんな仕事が出来そうか考えて、じっくり自分をみつめてほしい。ある程度考えたら次へ。今は、誰が一番先に卒業するのか楽しみなんです」
小笠原さん自身も、スタッフの雇用面を充実させたり、2店舗目を出したいなど、様々な挑戦を考えています。
「メゾン・ド・イリゼ」とは「虹色の建物」という意味。建物もスタッフも皆が輝ける場所へと、ますますその輝きを増していくことでしょう。
メゾン・ド・イリゼ
堺区榎元町6丁6-4
TEL:072-229-7430
営業時間:11:30~17:00
定休日:日曜日

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