鯨山車 追跡レポート1[出島漁港編]
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鎌倉時代末期が起源と伝わる、くじら型の山車(だし)が57年ぶりに復活しました。
堺から住吉大社(大阪市住吉区)に鯨山車(くじらだし)を奉納する「鯨まつり」は、明治以降になると20~30年に1回の開催になり、昭和29年を最後に中断していました。
住吉大社鎮座1800年という記念の年である2011年、「鯨まつり」は7月24日(日)に開催されることが決定。午前9時出島漁港にて出発式、午前11時30分に住吉大社へ奉納、という予定です。
快晴の7月24日、初めてお目にかかる鯨山車を追跡してきました!
午前8時30分。南海本線堺駅前。取材の相棒は、堺駅前サイクルポートで借りたコミュニティサイクル。こちらの電動アシスト自転車は1日乗って400円(普通車は300円)です。前カゴの「堺」の文字が光ってます。では出島に向けてGO!
堺駅から約15分で出島漁港(とれとれ市)前の会場に到着。
昭和29年の鯨まつりの様子を描いた大きな絵が出迎えてくれています。
そして会場の一角では・・・わわわ、鯨山車の前半分がクレーンで吊られています。
さっき見た絵とソックリ!この巨大な鯨の骨組は竹。その上を黒い布で覆っているそうです。
後ろ半分と連結させています。
じゃじゃーん。鯨山車の全貌ついに現る!全長は12メートル。大きいです。でも57年前の山車は倍の24メートルだったそう・・・。どうやって運んだのでしょうか。
「私が4歳の頃までここ出島には鯨が来ていましたよ。」と竹山修身堺市長。
ほんとうに鯨は来ていたんですね。
堺の海岸は、昭和32年以降埋め立てが進み今のような臨海工業地帯になるわけですが、以前は白砂青松が続く有名な海水浴場だったとか。
「阪神高速湾岸線の下辺りが堤防で。浜辺ではもち貝がたくさん獲れてたよなぁ。」
「今は大浜でやっている堺大魚夜市の起源はここ。当時は(指を指して)あそこらへんで船から魚を揚げて売って。夜市は朝までやってたなぁ。」
地元の大先輩たちが懐かしそうにお話ししてくださいました。
掛け声も勇ましく、山車を担ぐ男衆。ハッピ姿が祭り気分を盛りたててくれます。
あのね、この鯨さん、口をぱくぱく開けるんですよー。潮もぴゅっぴゅと吹くんですよー。尻尾もぱたぱた動かすんですよー。鯨の中に人が入っていくのがさっき見えてしまいました。たぶん中の人が操作していると思われますー。
それにしても鯨さん、楽しそうな顔をしてますね。57年ぶりの復活ですからね、無理もありません。鯨を取り囲むように見守っている観客のみなさんも嬉しそうな顔をしています。
撮影をしている時、隣に居合わせた男性から、「鯨山車復活」の記事がきれいに整理されたスクラップブックを見せてもらいました。「せっかくの復活、もっとたくさん宣伝をしてたくさんの人に来てもらえるようにせんとあかんよなぁ」。
船待神社・三上宮司による御祓い。
神事の途中ですが、失礼して出島漁港に出てみました。係留されている漁船たちが、祭壇の方に向かって静かにお祈りをしているように見えます。
会場に戻ると、鯨踊りの奉納が行われていました。これにて出島の神事・出発式は終了です。
このあと鯨山車と関係者のみなさんは住吉大社に向かいます。
出島漁港で毎週土・日に開催されている「とれとれ市」。この日もいつもどおり、わいわいとお客さんが入っていきます。せっかくなので、出発前にちょっとのぞいてみることにしました。
泉州名物のあなご。天丼でいただきま~す。ちなみに午前10時30分。香りの誘惑に負けて早昼とあいなりました。
あなごは、肉厚でふんわりやわらか!割り箸より長い!おまけにえび天まで付いて650円なり。さすがの漁港価格。揚げたてアツアツをまふまふと完食して、あ~満腹。
では相棒の電チャリに乗って、住吉大社に行ってきます!11時30分に間に合うのか?!