「カランドリエ ミュシャと12の月展」レビュー@堺アルフォンス・ミュシャ館(1)
堺アルフォンス・ミュシャ館の企画展「カランドリエ ミュシャと12の月展」の取材は、緊急事態宣言前日という間際のタイミングになりました。堺アルフォンス・ミュシャ館の休館の間、せめてこの記事で企画展の魅力をお伝えしたいと思います。
■SNSから生まれた企画展
企画展「カランドリエ ミュシャと12の月展」を担当されたのは、学芸員の髙原茉莉奈さん。前回は、企画展「ミュシャとアメリカ」と同時に開催していたテーマ展示「ミュシャの教室」を担当し、教師としてのミュシャという、あまり注目されてこなかった一面に光をあてました。さて、今回はどんな企画展なのでしょうか?
――企画意図と売りをお聞かせねがえますか?
髙原「今回の企画は、SNSでやっていた連載企画のネタがもとになっています。堺アルフォンス・ミュシャ館のFacebookで、何月何日は何の日ですと、たとえば6月10日はミュシャの結婚記念日ですとか、ミュシャの誕生日やミュシャと交友のあったゴーギャンの誕生日とかを、関連する作品画像とコラムの投稿をしていたんです」
――それは興味をひかれますね!
髙原「ええ。『イイネ』も沢山ついて、結構好評だったんです。そうしたら先輩の学芸員から、このテーマで展覧会をしたらどうかと提案されたんです。だから、元々のタイトル案は『エブリディミュシャ』でした(笑)」
――直球のタイトルですね! それがどうして「カランドリエ ミュシャと12の月展」という素敵なタイトルに?
髙原「色々考えているうちに、カレンダーというテーマが浮かび上がってきたんです。当館のミュシャコレクション約500点のうち、30点がカレンダーなのですが、ポスターや装飾パネル、絵画などに比べると、カレンダーやメニュー、ポストカードなどは脇役の印象があります。実際、カレンダーを取り上げた展覧会はこれまでありませでした。やることに意義があるんじゃないかと思ったんです。丁度、コロナ禍で、カレンダーに楽しい予定を書き込むことが出来ない。そんな日々も続いていたので、1日1日を見つめ直すきっかけになるような、そして明るい雰囲気の展覧会にしたいと考えました。そうすると『ミュシャとカレンダー』というタイトルではしっくりこなくて、フランス語でのカレンダー『カランドリエ』という言葉にたどりつきました。これなら私の言いたい事が表現されていると、しっくりきたんです。耳慣れない言葉ではあるので、『カランドリエ ミュシャと12の月展』とすることにしました」
――今回も挑戦的な展示になってそうですね。では、さっそく展示を見させてください!
■ミュシャの“春”
髙原「この企画展は三章立てで、第1章は『ミュシャと12の月たち』で、ミュシャと記念日を関連する作品とともに月ごとに紹介しています。最初は春の4月からです」
――ポスターにも使われていた数字と女性のアイコンがポップに使われていたりして、すごく華やかな印象ですね。人気のある4枚組『四季』の『春』が一枚で展示されていますね。
髙原「いつも4枚セットでの展示なので、葛藤はあったのですが、あえて四季を一枚一枚で展示しました。そんな展示をしたこともまず無いんじゃないかと思います」
――でも、新鮮ですよね。この展示だと、一枚一枚と対峙して、それぞれの良さに目が行くような気がしますね。こちらの絵葉書は、12ヶ月が揃ってますね。あ、この絵はポップに使っている絵ですね」
髙原「もともとは月刊誌の表紙用にデザインされた絵を転用したものです。ミュシャらしい自然を背景に、各月を象徴する女性が季節のドレスや花を身につけています。季節感も良く出ていますね。3月はこれから日差しが強くなるから、手をかざしています」
――おや、使用済みというか、手紙文が書かれているのと、ブランクのがありますね。
髙原「面白いんですけれど、コレクターによっては未使用のものが欲しい人と、使ったものが欲しい人がいるそうです」
――それもわかる気がします(笑) よく見たら、何月って印刷してないのもありますね?
髙原「当時の絵葉書は大量印刷がまだあまり発展していなかったので、質は安定していなかったこともあるかもしれません」
●4月
――絵の展示は、月ごとで春の4月からですね。
髙原「各月ごとの冒頭には、雑誌『ココリコ』誌の挿絵で12ヶ月を女性の擬人像として描いたシリーズを展示しています。各絵には詩的なタイトルもついていて、4月は太陽です」
――太陽を全身に浴びてる絵ですね。
髙原「そして4月の記念日は、4月14日。『1900年パリ万国博覧会が開幕した日』です」
――ミュシャが、歴史画家への道を踏み出すきっかけになった、ターニングポイントのイベントですよね。展示されているのは、初めて見ました。オーストリア館のためのポスターですか?
髙原「こちらは個人コレクターの方から本展のためにお借りした作品です。2人の女性のうち前の女性がオーストリアを象徴し、後はパリを表わしています。パリがオーストリアのヴェールを外すという構図になっているんです」
――面白い趣向ですね。パリ万国博覧会とミュシャというと、これまで《スラヴ叙事詩》のきっかけになったボスニア・ヘルツェゴビナ館からの壁画の依頼ばかりを取り上げていましたので、他にもこんな仕事をしていたんですね。
髙原「1900年のパリ万国博覧会では、ミュシャは色んな仕事をしています。オーストリア館のためのポスターや装飾品。実現しませんでしたが、エッフェル塔の2階以上を解体して人類館を設置するデザインを提案したり。ミュシャはあらゆるデザインとアイディアをパリ万国博覧会のために捧げ、万博は『アール・ヌーヴォーの勝利』と呼ばれるイベントになったのです」
――パリ万国博覧会でのミュシャの果たした役割は相当なものだったんですね。
●5月
髙原「春は、パリが一番美しい季節だとミュシャは言っています。春の花々が咲き乱れて『まるで天国を歩いているような感じ』と形容しました。こちらは2枚組のうちの1枚春の『花』です。もう一枚は、秋の『果実』になります。5月の一枚は『罌粟と女性』……罌粟は、パリでは良く見られる花みたいですね。たしか誰かが歌を詠んでいましたよね……ああ皐月」
――与謝野晶子ですね。有名なコクリコの歌のことでしょう。『ああ皐月仏蘭西(フランス)の野は火の色す 君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)』。5月のパリはコクリコで赤く染まるんですね。
髙原「それです。このあとの展示でも罌粟の花を描いたミュシャの作品は出てきます」
――関連作品としては、大作『クォヴァディス』の展示。『クォヴァディス』というとキリスト教の宗教画という認識ですが、なぜ“春”に?
髙原「この『クォヴァディス』は、ポーランドの作家シェンキェヴィッチによる歴史小説を題材とした絵画なのですが、キリスト教徒の迫害と信仰という主題を離れて、ミュシャは脇役の恋模様を描いています。この作品の制作は1903年の5月頃から始まったとみられているのですが、この年は丁度ミュシャが後に妻となるマルシュカと恋に落ちた年です。強引ですけれど、ミュシャに訪れた“春”ということで、この作品を選びました」
――ロマンティックなチョイスですね。5月の記念日はなんでしょうか?
髙原「5月24日の、ミュシャの『はじめての大規模な個展が開幕した日』(1897年)です。5月24日から6月にかけて、ラ・プリュム芸術出版社の自社ホール『サロン・デ・サン』を会場に開催された個展は、出展448点という大規模なもので、隔週誌『ラ・プリュム』では100ページのミュシャ大特集号が刊行されました」
――すごいミュシャ推しですね。
髙原「新聞でも大絶賛で、この個展は大成功に終わります」
――ミュシャの我が世の春ですね。成功へのステップを一段上ったとても重要な日ですね。
ミュシャの大規模個展同様、力の入った企画展『カランドリエ ミュシャと12の月展』。まだ第1章の1/4までしか紹介しておりません。今回も長い連載になりそうです。次回は、“夏”から紹介いたしましょう。
会場:堺アルフォンス・ミュシャ館
開館時間:午前9時30分から午後5時15分(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(休日の場合は開館)、休日の翌日(2月12日、2月24日)
観覧料:一般510円(410円)、高校・大学生310円(250円)、小・中学生100円(80円)
*( )は20人以上100人未満の団体料金