「舞台はどこであれ神聖なもの」
そんな言葉を何人かのパフォーマーから聞いたことがあります。
彼らは、伝統ある大劇場であれ、小さなライブハウスであれ、それがただパイプ椅子を並べただけの仮設の舞台であっても、やっぱりいずれも同じように神聖だと思い演じるのだといいます。
「なぜ神聖なのか?」という問いには、人によって違ったり、色んな答えがあったりするのかもしれませんが、舞台芸術の根っこのひとつに儀式というものがあることも無関係ではないでしょう。
堺能楽堂では、「堺能楽会館開場50周年記念プロジェクトSKP50」として、2か月に1回特別な公演が催されてきました。朗読や民族楽器など、まずは能舞台にあがらないジャンルのパフォーマンスとのコラボレーションが企画され、観客を驚かせてきました。
第4弾では「バリ舞踊」という、これまた驚きのパフォーマンスが登場するのですが、実は神様を歓迎する舞いだと聞くと、なるほどと思うのでした。そう、SKP50第4弾のテーマは『祝ノ会』。ちゃんとテーマ的に通底しているのです。
さて、またも前代未聞のコラボレーションが企画されたSKP50。一体どんな舞台になるのでしょうか?
■バリ舞踊「プスハ・メハール(祝福の舞)」
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▲司会はお馴染み「本読みの時間」の甲斐祐子さん。 |
まず舞台に登場したのは、司会を務める「本読みの時間」の甲斐祐子さんです。
甲斐さんは、第1弾からこれまで司会にパフォーマンスにと活躍されており、もはやSKP50の顔としてお馴染みです。
「前半はまずバリ舞踊からはじまります。今回披露していただくのはプスカ・メハールというもので、プスカは”花”、メハールは”咲く”。直訳すると”花が咲く”という意味合いだそうですけれど、神様やこの場にいる皆さまを歓迎して祝福の気持ちをお届けする舞いということです」
と、甲斐さんの説明。
前情報を耳にいれると、さっそくバリ舞踊「プスカ・メハール」がはじまります。
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▲能舞台にヒンドゥーの神が降臨。 |
舞台の照明が落ち、透明感のある音楽が奏でられると、女性が2人登場します。そろいの衣装は神様を導く舞いのための衣装で、舞台に花を捧げるのが彼女たちの役割です。
バリ島などヒンドゥー文化圏にいったことのある方はご存じでしょうが、ヒンドゥー教では、毎朝小さなかごに花をいれて神様に捧げる習慣があります。信仰と花が結びついているのでしょう。2人の女性は、舞台の最前列に進み出て花かごを置くと、後ろへ下がります。
明かりがつき、五色の幕があくと橋掛かりを渡って踊り手の女性が姿を現しました。竹原やす子さんです。
先の2人より豪華な衣装、豪華な頭飾りをつけ、片手に花かごを持っています。そして音楽と歌を伴奏に、舞踊がはじまりました。
全体としてゆったりとして見えて、手や足を素早く動かしているところが面白いし、もっと面白いのは美しい形をキープするために動かさないところかもしれません。
この舞踊は、動きにせよ、姿勢にせよ、普段の生活の中ではしないようなもので、どう見ても不自然なものです。では、なぜ不自然なことをするかというと、常ならぬ”美しさ”を見せるためではないか……そんな風に思えます。
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▲神に捧げられる常ならなぬ美しい形。 |
常ではない特別な何かが舞台の上に存在する。その常ならぬ美を体現するのに、バリ舞踊ではどれほどの長い歴史の試行錯誤があり、また演者の努力があったことだろう。そんな目に見えないものが背後に見えるかのようです。
そういった諸々が、全て神に捧げられていることも、舞台が神聖な理由のひとつになっているのだろうか……。ふと、そんなことも考えてしまうのでした。
■狂言「福の神」
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▲お正月に出雲へ向かう2人組。山田師久さん(左)と安東元さん(右)。 |
次の演目は、大和座狂言事務所さんによる狂言。
ヒンドゥー教の神様に対して、日本から登場するのは福の神です。
2人の男たちが、年始のお参りに出雲へ向かいます。
毎年お参りにきている2人に対して、その熱心さについに応えて福の神が姿を現します。この福の神ですが、どうも調子のいい神様で、2人にお神酒を要求して、ああだこうだとやりとりが始まります。
この舞台の光景に、なんだか既視感があるなぁと思ったら、まさに現在のコントのスタイルとそっくりではないですか。状況(シチュエーション)があって登場人物(キャラクター)がいて、物語がはじまる。大抵話の中心になるのは、非常の普通ではない何者かで、別の登場人物である普通人とのギャップで笑いが生じる。今回は、福の神がそうしたギャップを生み出す存在になっています。
ちょっとTV画面でも、見ているようなつもりでコメディを楽しむことができました。このように完成されたスタイルに、狂言はとうの昔に達していたことに、改めて驚かされます。
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▲調子のいい福の神。 |
そしてコメディだからこそ、これは寓話にもなっています。教訓話をエンターテイメントでくるんで、観客に届けているのです。
今回の狂言はお正月の話ですが、数え年だった昔は、1年の始まりに1才年をとるので、今の私たちに比べても特別な意味を持つ日だったことでしょう。それはまた1年死に近づく年でもあったわけですから。残りの人生をどう生きるべきか、その道しるべに教訓が与えられることには、大きな意味があったのではないでしょうか。
■能楽の舞「神舞」
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▲バリ島とはまた違う美しさをもつ「神舞」。 |
狂言の演じられた舞台には、あたたかい空気がまだ漂っているようでした。
次の演者が登場すると、その空気がすうっと沈みます。登場したのは、観世流シテ方の藤井丈雄さんです。
無地の着物に扇一本のシンプルな姿で舞うのは能楽の舞いで「神舞」。
これは、男性の神様を演じている時に舞われている舞いだそうで、早いテンポの力強い舞いです。
藤井さんが舞台の隅から隅へと動くたびに、舞台の景色が変わっていく印象で、コンピューターグラフィックの効果でもついているかのようです。
舞台は、そこで演じられるもの、演じている人によって、大きく景色を変える。特に能舞台のようなシンプルな舞台であれば尚更なのだろうと感じました。
さて、これで「祝の会」も折り返しとなります。
後篇では、「羽衣伝説」を「本読みの時間」による朗読と、第4弾最大の見物でしょう。それまで登場した演者たちのコラボレーションによる演目が披露されます。
堺能楽会館
住所大阪府堺市堺区大浜北町3-4-7-100
最寄り駅 南海本線:堺駅
電話 0722-35-0305
大和座狂言事務所
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