ミュージアム

アンニュイの小部屋 アルフォンス・ミュシャと宇野亞喜良(2)

 

世紀末パリの光と闇を描いたアルフォンス・ミュシャと、戦後の混沌の中から新しい芸術を生み出し、現在まで第一線で活躍している宇野亞喜良。2人のアーティストを取り上げた企画展『アンニュイの小部屋 アルフォンス・ミュシャと宇野亞喜良』が堺 アルフォンス・ミュシャ館で開催されています。
「アンニュイ」というキーワードで2人を結びつけた企画展ですが、2人の共有しているものは少なくないようです。

前回は、担当された学芸員の髙原茉莉奈さんの案内により、6つの視点を軸に3つの小部屋の展示を観てきました。今回の記事では、残りの2つの視点、2つの小部屋を観ていくこととしましょう。

 

 

■時の流れに身をまかせ

 

▲ミュシャのリトグラフ「通り過ぎる風が若さを奪い去る」。

 

ーールーム4のタイトルは「通り過ぎていく者たち」。これは、最初に掲げられているミュシャのリトグラフ《通り過ぎる風が若さを奪い去る》から取られたものですね。

髙原「はい。アンニュイの倦怠と退屈というのは時間に余裕がないとできません。時の流れを感じてもらえるよう、この小部屋では、堺 アルフォンス・ミュシャ館でしか出来ない特別な展示をしています。ソファに座ってミュシャを独り占めできる空間、ミュシャの小部屋を二つ作ったんです。こんな事が出来るのは、あまり混雑しない当館ならではです!」

ーーこんなにいい展示があるのにね(笑) 

髙原「ソファは堺市のローソファー専門店HAREMさんに協力して2台用意いたしました。どうぞ座り心地を試してください」

ーーおー確かに座り心地がいい。堺市にこんな素敵なソファを売っているお店があるなんて。

髙原「これも堺市のミュージアムだからできることです」

ーーそして目の前にはミュシャの作品が。これは至福の時間ですね。

 

▲高級ローソファーに身を委ねてアンニュイにミュシャを観賞しよう。

 

髙原「今飾っているのは《黄昏》ですが、後期(6/9~)からは《黄道十二宮》にします。隣の部屋は以前の展覧会で見ていただいたことがあるカレンダーです。このルーム3には、過ぎ去っていく時の儚さ、時間や季節を感じていただける作品を揃えました」

ーーミュシャ作品をこんな贅沢に味わうなんてちょっと考えられない。前期、後期2回来たくなりますね。

髙原「私は、ルーム1の《アイリス:四つの花》、そしてここに展示していある《夏:四季》と、に一番アンニュイを感じます。宇野亞喜良の少女にも通じるなちょっと挑戦的な眼差しだと思いませんか?」

ーーなるほど。気だるさの中に何か強さが感じられますね。このどこか挑戦的というところが、ミュシャと宇野亞喜良の描く女性の共通項というわけですね。

 

▲《夏:四季》

 

 

■少女の眼差しの背後には

 

▲ジュリー(沢田研二)が幻想的な馬に騎乗した万年筆のポスター(右)と同じ構図の「シャンソン」ポスター(左)。

 

髙原「宇野亞喜良は、月刊誌『小説宝石』の目次の挿絵や表紙を担当していました。表紙はご紹介できなかったのですが、ヌードモデルにボディーペインティングしたもので、もちろん宇野亞喜良が描いています。こうした作品を見ても、宇野亞喜良の描く女性は笑っていません」

ーー挑戦的な眼差しで、笑みがない。それはなぜなんでしょうか?

髙原「宇野亞喜良は”笑っている女の子”という形が不自然に思えるそうです。これは推測ですけれど、戦争を経験している宇野亞喜良は、物がなく飢えに苦しめられた世代です。そういう経験から、笑顔でいる奴は信用できないというような感覚があるのかもしれません」

ーーなるほど簡単に笑顔になれない時代、笑顔は作り笑いを疑うような時代だったのかもしれませんね。一方、ミュシャも、戦争や大国の圧力、支配に苦しんできたスラヴ民族を描きました。大スターのサラ・ベルナールにしてもユダヤ系という背景があります。宇野亞喜良の背景と、どこか重なっているのかもしれないですね。

髙原「ルーム5『アンニュイな少女たち』では、ミュシャと宇野亞喜良がついに一体となります。同時に展示していますので、二人の描く少女たちを見比べて、世紀末と60年代の共通項、少女の持つ永遠性なんかを感じてもらえたらと思います」

ーーこのポスターは、ジュリー(沢田研二)じゃないですか。

髙原「万年筆のポスターなんですが、商品である万年筆は描かずに華麗な世界観を表現しています」

ーー宇野亞喜良の絵に写真がしっくりくるジュリーもさすがですね。しかも『アンニュイな少女たち』のカテゴリーで。

髙原「隣のイラストは、このポスターと同じ構図で描かれています。そちらとも見比べてください」

 

▲ミュシャと宇野亞喜良の描く丸窓に少女の横顔。宇野亞喜良の描く笑わない痩せた少女たち。そこには作者の戦争体験が影響しているのだろうか。

 

髙原「さて、視点7は『横顔』です。ミュシャと宇野亞喜良両者が丸窓のフレームに少女の横顔を描いています」

ーー円形のフレームのお陰で鑑賞する時の意識が横顔にフォーカスされるのがいいですね。

髙原「そして最後の8つ目の視点は『少女』ということで、宇野亞喜良の2009年の作品『「片羽の天使のパバーヌ」CDジャケット習作』。そしてミュシャは『スラヴ民族衣装を着た少女』です。ミュシャは故郷チェコに戻って大作《スラヴ叙事詩》に取り組み始めた頃、こうした田舎の純朴な少女を多く描いています。どちらの作品も作家が70代の時の作品です」

ーー作品も素晴らしいですが、70才を超えても、こんな繊細な表現や、新しいことにことに挑戦出来る感性が素晴らしいですね。生涯アーティストなふたりです。

 

▲大阪モード学園の若いアーティストたちとミュシャとの協演コーナーも。

 

髙原「今回は、実はもう一つコラボレーションがあって、それは大阪モード学園で服飾を学ぶ若者たちとのコラボレーションなのです。ミュシャから着想を得たファッション、ヘアメイク作品を展示しています。いくつかチームを作ってもらって、それぞれまるで違う切り口で作品を作っているので、こちらも楽しんでください」

ーー今回はまた見所の多い企画展ですね。

髙原「はい。コロナ禍なのでアンニュイな気持ちになっている方もいらっしゃると思います。元気でいることも難しいです。どうぞ、今日みたいなお天気の良くないどこか憂鬱な日にでも来ていただいて、ゆっくりとアンニュイに浸って時を過ごして欲しいと思います」

ーーアンニュイな気持ちに浸って癒される。それもいいですね。ありがとうございました。

 

ミュシャと宇野亞喜良。ミュシャがナチスから拘束を受けて後にこの世を去った時、宇野亞喜良はまだ幼い子供で、両者の人生が重なった時期はほんのわずかな期間。地理的にも、ユーラシア大陸の西と東で、文化背景も全く違う。それなのに、企画の切り口を鋭くして展示をすることで、何か二人の作品の間に共鳴するものを感じることができた企画展でした。
たとえば、実は2人とも舞台芸術との関わりが非常に重要で、ミュシャは大女優サラ・ベルナールと、宇野亞喜良は天才寺山修司との共作によって、互いに刺激しあい、作品を高め合ってきたことも大きな共通点でした。

 

▲ミュシャの描く少女たちのアンニュイな眼差し。憂鬱な時こそ、彼女たちに会いに来てください。

 

そして、美術館がただ作品を飾ってよしとする時代ではもはやないのだなと思わされた企画展でもありました。もちろん、企画の切り口が大切だということは、きっとずっと過去から同じで、今後も変わらない原則ではあるでしょう。それに加えて、例えば前回の堺緞通や今回のローソファーといった地域の資産とコラボレーションすることによって、美術館が地域に貢献する。大阪モード学園とコラボレーションすることによって、美術館が若い才能にチャンスを与える。こうした動的、積極的な役割を果たすことで、美術館が文化拠点としての力をより発揮するようになる。それは、目には見えない、数字には現れにくい事かもしれないけれど、価値ある地域貢献ではないでしょうか。

 

 

アンニュイの小部屋

 

会場:堺アルフォンス・ミュシャ館
開館時間:午前9時30分から午後5時15分(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(休日の場合は開館)、休日の翌日(2月12日、2月24日)
観覧料:一般510円(410円)、高校・大学生310円(250円)、小・中学生100円(80円)
*( )は20人以上100人未満の団体料金

 


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