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「カランドリエ ミュシャと12の月展」レビュー@堺アルフォンス・ミュシャ館(3)第1章”秋”

 

 

堺アルフォンス・ミュシャ館の企画展「カランドリエ ミュシャと12の月展」はカランドリエ(フランス語でカレンダーの意)の言葉どおり、月ごとにミュシャの記念日を取り上げた企画展です(1回目2回目)。今回のレビュー3回目で、季節は夏から秋へと移ります。秋は美しい季節、豊穣の秋とも言う実りの季節だったりと、古今東西秋が好きという人は少なくないでしょう。ところがどうやらアルフォンス・ミュシャにとっての秋は、そうではなかったようです。一体ミュシャは秋に何を感じていたのでしょうか?
今回も案内は、担当学芸員の髙原茉莉奈さんです。

 

■ミュシャの“秋”

 

髙原「実はミュシャは10月が大嫌いでした」
――ピンポイントで10月? なぜ10月が嫌いなんです!?  ちょっと衝撃的ですね。
髙原「まずミュシャにとって秋は悲しみの季節でした。一日中霧が漂い、木の葉も花も枯れ、寒さへ向いゆく秋が彼をメランコリックにしたのです。だからでしょうか。“秋”には異色ともいえる作品が多いのです」
――そうなると、かえってミュシャの“秋”を見るのは楽しみですね。

 

●9月

▲人気の高いテーマだった『四季』は繰り返し作られた。1900年に発表された『四季』の『秋』。

 

――9月コーナーですが、いつもの『四季』の『秋』とは別の『秋』が展示されていますね。
髙原「ミュシャの『四季』は人気で、注文主から同じテーマの制作を繰り返し求められています。こちらは1900年に描かれた3つ目の『四季』の『秋』となっています。このシリーズでは女性は静的になり、装飾性が高まっています。この絵には詩が添えられているのですが、翻訳すると、
“秋はその年の成熟を象徴し
ブドウの収穫のチュルソスをもたらす
そして夏の太陽が
金色に染めた果実を差し出す“
チュルソスというのは、この絵の女性が手に持っている杖のことです。松かさが先端についた杖で、ギリシャ神話の酒神バッカスとその従者が持つ杖なんです」
――バッカスはギリシャ神話ではディオニューソスとして知られる神様ですね。アポローンが理性を象徴するのに対して、荒々しい野生や激情の神様。乱痴気騒ぎを引き起こす、性的な面も含めた豊穣の神様。ミュシャがこの女性に明らかに性を象徴する杖を持たせているのも面白いですね。ミュシャにとっても9月は豊穣の”秋”だったのかな。

 

●10月

 

▲《黄昏》 1899年 リトグラフ、紙。10月は黄昏、人生の挽歌が聞こえ始める頃。時の流れ、移ろいをミュシャは敏感に感じる人だった。

 

――さて、ミュシャが嫌った月、10月のコーナーがやってきました。
髙原「ミュシャは妻となるマルシュカに手紙でこう書いています。『……でも10月は、小さかった時、その夜がなんと恐ろしかったことかをよく憶えている。(中略)……人生が美しい自然を見捨てつつあると、深くはっきり感じた。……』」
――メランコリックにもほどがありますね。11月はいいんですかね?
髙原「11月はすっかり諦めがついたんじゃないでしょうか。ミュシャには『三季節』という作品もあります。春・夏・冬の三季節に合わせて、描かれている女性の年齢は、人生の諸段階に重ね合わされています。なぜ四季節ではなくミュシャには『三季節』という作品もあります。春・夏・冬の三季節に合わせて、描かれている女性の年齢は、人生の諸段階に重ね合わされています。なぜ四季節ではなく三季節であるかは明かではありませんが、秋を悲観的に捉えるミュシャの心情が反映されているのかもしれません」
――10月の『ココリコ』誌の挿絵のタイトルは『ツバメの巣立ち』ですか。去って行くツバメを見つめる少女。やっぱり10月は何かが去って行く季節なんですね。
髙原「10月のコーナーには、『ウミロフ・ミラー』を展示しています。この『ウミロフ・ミラー』については研究が進んでいなくて、ミュシャの友人の音楽家のマントルピースに飾られていたということ以外には、あまり良くわかっていません。しかし、今回の企画展で改めてこの作品の描かれた木々に注目して見たのですが、画面左から右に向かって、花が咲き誇る様子から、緑色の姿になり、それから枝のみになった姿が描かれています。木々の変化を円環状に描くことで、ミュシャはめぐる季節を表現したのかもしれないと思うのです」

 

▲『ウミロフ・ミラー』はこの展覧会から撮影可となりました。髙原さんは、この作品は時の円環を表わしているのでは? と。謎の多い作品なだけに、今後の研究に期待。

 

――そう思って見ると、輪廻や円環といった東洋思想的な印象もあって面白いですね。
髙原「他にも不思議な絵がありますよ。アメリカの雑誌『ハースト』の10月号の表紙として描かれた作品なのですが、結局不採用になってしまった作品で、『ハロウィン』の魔女を描いた作品です。しかし、チェコにはハロウィンの習慣はありません。アメリカに渡って、現地の文化を下敷きにして描いたのでしょう」
――ハロウィンはもともとケルト系ですよね。不気味な魔女の絵ですよね。ミュシャのロマンティックな女性の絵を期待しててこの絵があがってきたら編集部も面食らいますよね。やっぱり10月は何かありますね。
髙原「魔女つながりで、『女占い師』という絵も展示しました。こちらは何かの女占い師が何かの儀式をしている絵なんですが、頭蓋骨やカエルがシンメトリーに配置されています。ミュシャはパリ時代、動物や人間の頭蓋骨をわざわざプラハから取り寄せています。一体これは何の儀式なんでしょう?」
――プラハってオカルト界でも有名で、魔都と呼ばれるぐらい幽霊や吸血鬼伝説、魔術の話に事欠かないですからね。太古から続くケルト系の儀式なのか、それともロマ(ジプシー)の儀式なんでしょうか。わからないですね。
髙原「何かわかったら教えてくださいね(笑)」

 

▲《女占い師》 1917年 油彩、カンヴァス。若い女性2人に何を占っているのか??

 

――10月の記念日としては?
髙原「10月28日(1918年)の『チェコスロヴァキア共和国が独立した日』を取り上げました」
――《スラヴ叙事詩》を描いたミュシャにとっても特別な日ですよね。第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー帝国が敗北して崩壊。統治下にあったチェコスロヴァキアがついに独立する。
髙原「ミュシャはチェコスロヴァキア新政府のために、紙幣や切手、国章や警官の制服にいたるまで、あらゆるものを無償でデザインしました。新国家の創設のために、いかなる仕事でも報酬は受け取らないと固く決意をしていました」
――展示作品は、有名な独立10周年記念ポスターですね」
髙原「前面の少女の頭部に描かれているのは、共和国を構成する五つの地域の紋章です。背後の女性が象徴しているのはスラヴ民族、もしくは第一次世界大戦の勝利だと考えられます。このポスターに記されている文字は1918~1928の年号のみですが、それだけで国民にはなんのことか通じました」
――1918年~1928年。このあとナチスの台頭で、チェコスロヴァキア共和国もミュシャ自身も大変な目にあうことや、その後の東西冷戦時代を考えると、冬の前の一瞬の輝く季節だったのでしょうか。

 

▲チェコスロヴァキア独立10周年記念ポスター。

 

 

●11月

――11月の『ココリコ誌』の挿絵のタイトルは『自然は眠りにつく』。少女の風になびく髪といい、不思議なポーズといい、寂しさを感じさせる絵です。11月は記念日は無しですか?
髙原「記念日しばりなので、どうしても偏ってしまいました。作品の方は『果実』。“春”で展示した『花』と二枚組の作品です」
――花が咲き誇る“春”と、実りの“秋”。四季のある地域や国なら、普遍的なシンボルや価値観ですが、こうして“春”から“秋”を細かく見ていくと、ミュシャの持つ独特の感覚や、地域の違いみたいなものも見えてきて面白かったです。

 

▲『自然は眠りにつく』。少女は自然の目覚めをまっているのでしょうか?

 

ミュシャの違う一面を見ることが出来た”秋”。そしていよいよ第1章の最後は“冬”。さて、ミュシャの描く“冬”の裏側には何が隠れているのでしょうか?

 

会場:堺アルフォンス・ミュシャ館
開館時間:午前9時30分から午後5時15分(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(休日の場合は開館)、休日の翌日(2月12日、2月24日)
観覧料:一般510円(410円)、高校・大学生310円(250円)、小・中学生100円(80円)
*( )は20人以上100人未満の団体料金

 


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