イランへの扉 シャジャリ ルーイン(1)
1年ぶりに声を聞くことができました。
以前つーる・ど・堺で取材をしたある方から、久しぶりに連絡をいただいたのです。
近況報告を聞いて、2度目の取材をさせていただいたのは、堺市で少年時代を過ごしたシャジャリ ルーインさん。お父さんの故郷であるイランから、世界最古のチーズ・ペルシアンパニールを日本の食卓に届けようと活動している大学生ビジネスマンです。
■1年間で準備は整った
ルーインさんは、お父さんの故郷イランのテヘランで生まれ、お母さんの故郷日本の大阪で育ちました。身近にあるものほど、その価値に気づかないことは良くありますが、ルーインさんにとって、叔父さんが工場で作っているペルシアンパニールはそういうものだったのかもしれません。
ペルシアンパニールは、イランのご家庭ではごく普通にあり、パンに塗ったり、野菜のディップとして食べるものだそうです。日本食で言えば味噌や漬物のような感覚。一方、日本のチーズ愛好家によるチーズの楽しみ方はワインに合わせるのが一般的で、ペルシアンパニールはほとんど知られていませんでした。そもそも塩気が強すぎてワインには合わないという特徴のせいもあったそうです。しかし、ルーインさんは、そこで諦めずに叔父さんと相談して、塩分の少ないペルシアンパニールを開発します。
お父さんが輸入業を営んでいるとはいえ、食品はまったくの畑違い。ルーインさんは、人並み外れた行動力で、イランからのチーズ輸入業を開始します。前回の取材をした時点では、事業はようやく緒に就いた所でした。さて、その後のチーズビジネスの状況やいかに?
――お話を伺ってから1年と少したちますが、現在はどんな状況なのでしょうか?
ルーイン「去年1年間は準備期間でした。振り返ってみると、準備で精一杯。食品を売っていくとなると、準備が色々必要だったのです。例えば、裏側の表示やパッケージをどうするのかなど、自分自身で何をしないといけないかを探して、それをする1年でした。今年からようやく本格的に売っていこうという所です」
――1年で販売の準備が整ったということですね。
ルーイン「はい。今大きな食品卸の会社との取引も始まっていて、世界チーズ商会さんや、イスラム教徒の人でも食べられるハラルフードを扱っている株式会社二宮さんなどです。3月から販売してもらえる予定なんです」
――それは楽しみですね。ところで、そうしたタイミングで、今回久しぶりに連絡をしてくださったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
ルーイン「一つは、書いていただいた記事を読み返して初心を忘れないでおこうと思った事があります。それと、チーズの営業で会社を回っている時に、担当者さんが僕と会う前につーる・ど・堺の記事を探して読んでくれている事が多かったんです」
――それは驚きです。
ルーイン「立ち上げたばかりの事業ですから、営業に行く時ははじめて会社に伺うことになるわけで、やはり向こうの方も、僕が何者なのか、ペルシアンパニールがどういうものか予め調べておこうとされるのですが、その時につーる・ど・堺の記事がネット検索で見つかるようなのです。それで僕が真剣に販売に取り組んでいることを分かっていただける。僕としては記事で自己紹介が出来てすごく助かりました(笑)」
――それは取材者冥利に尽きますね(笑)
■人に助けられて
――それにしても準備期間とおっしゃいましたが、わずかな間にゼロからはじめて大きな卸の会社に扱ってもらえるようになるなんて、驚きです。
ルーイン「人に恵まれて、人につないでもらいました。世界チーズ商会さんも、最初は友人が良く行くバーの店長さんに、保険屋さんを紹介していただいて、その保険屋さんから、世界チーズ商会の会長さんを紹介してもらったんです。会長さんには、東京でお話をさせていただいて、それ以降は、基本的な事から手とり足とり教えていただきました。まるで孫を見ているかのような目で見ていただいていて感謝しています」
――ルーインさんの真摯な姿勢を評価してもらっているのではないですか?
ルーイン「はい。みなさん優しいです。学生ということで褒めていただくことも多いと思います。僕は全部自分でやっているのですが、普通はそんなことまで自分でやらないよと言われます。例えば輸入する際の通関業務も、普通の商社なら通関業者に代行してもらうのに、僕は自分でやりますし、チーズが届いたら自分で冷蔵庫付の軽トラを借りて取りにいったりしています。単に僕は他のやり方を知らなかったので、これが標準だと思ってやっていただけですが」
――体当たりで道を切り開いていくのは、大変だったでしょう?
ルーイン「チーズは色んな成分が入っているので、申告するのが大変でした。イランの工場の従業員と直接しゃべったりもするのですが、難しいペルシャ語になると父に頼みました。それで必要な書類を出したりしたんです」
――書類も整えてチーズの輸入は順調に始まったのですね。
ルーイン「はい。チーズの保管もこれまで大変だったのですが、倉庫を借りて、毎月100kg輸入できるようになりました。100kgという量は、多いように聞こえるかもしれませんが、ワンパレットにしかなりません。倉庫の人からすると手間なだけで、大抵断られるのですが、いいよと言ってくださる所があって助かりました。商品の発送も、倉庫から箱に詰めて送ってくれるので、だいぶ楽になって、僕は営業に注力できるようになったんです」
――そうして集中できるようになった営業の成果が実際に出てきたんですね。
■東奔西走する日々
ルーイン「いま突き当たっている問題は、ペルシアンパニールの認知度がなさ過ぎということです。関西だと、まずどれぐらい売れているのかと聞かれることが多いですね。もちろん関西でも興味を持ってくださる方はいるのですが、どちらかというと東京の方が新しいものを売っていこうよ、という雰囲気がありますね」
――東京の方が新しいものに敏感なんですね。
ルーイン「パッケージ問題もあります。日本のチーズのパッケージは黄色とか茶色が多いですよね。うちのパッケージはイランで売っているのと同じデザインで、赤と紺です。チーズっぽくない、あのパッケージはあかんでと、食品業界の方は言います。でも、僕は、あのパッケージで宣伝して認知してもらえたら、逆に強みになると思うんです。素人の意見ですけれど。ファンがつけば、売り場で見つけてこのチーズだってなるでしょう」
――パッケージも味も個性的ですよね。お客様からの評判なんかはどうですか?
ルーイン「これまでイベントに出店したことが何度かあります。たとえば、チーズファンの集まるチーズまみれの会では、1年ぐらいペルシアンパニールを使ってくれています。僕も何度か顔を出したのですが、お客様からは、美味しかったとか、なかなか無いチーズだと言われたり、たまにイランに行ったことがある方から、イランで食べたのはこのチーズだと驚かれたりします。結構喜んでもらえて、イベントでは毎回完売になります」
――順調ですね。
ルーイン「ビジネスとしてはまだこれからです。来年の卒業までには、自分の給料をしっかり出せるようにはしたいですね。でも、それだけじゃなくて、目標が出来てきたんです」
――どんな目標なのでしょうか?
若きビジネスパーソンとして、着実に成果を出しているルーインさんですが、それは1面に過ぎませんでした。この1年間で夢はさらに膨らんでいたのです。後篇では、チーズを輸入販売する中で、ルーインさんの中からあふれ出てきた新しい目標について方っていただきます。
(→後篇)
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