ミュージアム

ブラタモリの茶碗に会える!? 「さかい利晶の杜」新展示はあなどれない(2)

 

2つのケースが入れ替わったという、「さかい利晶の杜」千利休茶の湯館。
事前情報を聞いた時は、なんだか地味な更新という印象でしたが、実際に取材にうかがって担当の学芸員・三好帆南さんに解説をしていただくと、実は大きな変化だと気づかされました。1つ目のケースだけでも展示物が変わったというだけでなく、展示スタイル・展示哲学まで大きく変化したという印象をうけたのです。
それは、極端に言えば、ただ物を並べるという展示から、展示されている物の背景をしっかり説明するような展示への変化です。

前篇に引き続き後篇では、その傾向がより顕著な2つ目のケースの展示について、三好学芸員に解説してもらう所から始めましょう。

 

■個性あふれる5つの茶碗

 

▲軟質施釉陶器茶碗。(写真提供:さかい利晶の杜)

――2つ目のケースに展示されているのは、茶碗ですね。
三好帆南学芸員(以下三好)「まず、こちらは軟質施釉陶器茶碗です。黒く焦げているのは焼けた跡で、大坂夏の陣の時の火災で焼けたものなのです」
――歴史上の大事件をくぐり抜けてきたものだって事ですか。歴史の証人ともいえる茶碗なんですね。

 

▲韓国製三嶋茶碗。(写真提供:さかい利晶の杜)

 

三好「隣は韓国製茶碗(三嶋)です。16世紀末から17世紀初めに堺の茶人が朝鮮に注文して作らせた茶碗です」
――それぐらいの時期ですと、江戸時代に入っていて、秀吉の朝鮮出兵の後ですよね。日本に連れ帰ってきた朝鮮の陶工が沢山いましたが、そうした陶工たちの作品という可能性はないのですか?
三好「土の成分を分析して、日本の土と違うので韓国製とわかるんです。この茶碗にはひびを黒漆継ぎをした跡があり、当時から大切に扱われていたことがわかります」
――朝鮮出兵の後に、堺と朝鮮に密接な関係があったことも興味深いですね。

 

▲中国製天目茶碗。

 

三好「次も海外からの茶碗です。中国から渡来して、唐物と呼ばれた天目茶碗です。これも日本で作られたものではないことが、土が細かいことからもわかります」
――現代ならともかく、中世から近世にかけてという時代に、海外の高級品を所有していたというのは、堺の茶人たちが相当な財力を持っていたということがうかがえますね。

 

▲黒織部茶碗。(写真提供:さかい利晶の杜)

 

三好「こちらは黒織部です。利休の弟子古田織部の好み、作らせた織部焼の茶碗です。神谷宗湛が『へうげもの』と評した歪みのある造形が特徴です」
――古田織部と織部焼は、漫画の『へうげもの』で一躍有名になりましたが、独特なものを感じます。
三好「茶碗の正面を見てください。釉薬の使い方が面白くて、わざと抜きの部分を作ってあって、こういうのを『窓』といって、景色を楽しんだのです」
――均整のとれた韓国・中国の茶碗の美とは、まるで真逆のアヴァンギャルドな美ですね。

 

▲志野茶碗。(写真提供:さかい利晶の杜)

 

三好「最後の志野も面白いですよ。志野焼は、桃山時代に作られて、すぐに流行が終わってしまったのですが、日本初の白い陶器なんです。面白いのは、こちらの正面にもうっすらと抽象的な文様が描かれていることです」
――なんですかね? この文様は?
三好「特定はできないですが、他の志野茶碗に描かれている橋や門などを想起させる文様ですね」
--織部焼もそうですが、こちらも現代的な感覚に通じるもののように思えます。

 

■入れ替わったのは展示スタイル・展示哲学

▲見に行きたい方は急いで! 秋の入れ替えを予定してましたが、その後、茶碗の展示はもう少し展示期間をのばそうという話になったそうです。10月に水指・水注・建水の展示していたケースの入替を予定しています。

 

――この茶碗も、全部出土してきたものなのですか?
三好「そうです」
――こういう完成品として出土したのですか?
三好「そうではなくて、割れた状態で出てきたものを復元しています。だから、足りていない部分は石膏で補っていたりするんですよ」
――本当だ。よく見たら石膏ぽいところがある。しかし、欠片になったものから、よく復元されますね。
三好「堺市の文化財課の中には達人の方もいて、陶片を見ただけで、これはいいものだとか、価値がわかるみたいです」
――それも、すごいですね。そうした価値のある茶碗が復元されたわけですが、こうしてまったく個性の違う5つの茶碗が置かれているだけで、すごく面白いのですが、この5つを選んで展示した理由はなんなのでしょうか?
三好「実は、この5つの茶碗は、『ブラタモリ』で使われた茶碗なのです」
――おっと! テレビ番組の『ブラタモリ』が堺に来て、話題になりましたよね。あのときにタレントのタモリさんがこの茶碗を手に取ったんですか。それも話題性のある展示ですね。いつまで、この展示をされるのですか?
三好「10月あたりに、秋を意識した展示に入れ替えようと企画を練っています。実は展示が入れ替わらないと言われてきましたが、これまでも数ヶ月に1度は展示を入れ替えていたんですよ」
――そうだったんですか。しかし、今回の入れ替えは、根本的な入れ替えになっていて驚きました。これまでの『さかい利晶の杜』の展示では、“本物”と出会えないという不満を感じていたのですが、こうして完成品に近い形で展示されていて、丁寧なキャプションも付けられていると、“本物”に出会えたという満足感がすごくあります。無名かもしれないですが、当時の堺の茶人たちが愛した逸品が400年の時を経て間近に見ることができるわけですから。
三好「本物という意味では、こちらもぜひご覧ください。千家の茶道具を制作してきた『千家十職』の企画展を行った時に、釜師の16代大西清右衞門さんに作っていただいた『尻張釜(しりはりかま)』を、堺ライオンズクラブを通じて寄贈していただいたものです」
――これも伝統の美を今に伝える本物ですね。

 

▲つーる・ど・堺ではお馴染み名物学芸員の矢内一磨さん(左)と、今回の展示を担当された三好帆南学芸員(右)。

 

最後にこの変更を知らせてくれた学芸員の矢内一磨さんにもコメントをいただきました。
――見せ方1つ、キャプション1つ変えることで、展示の印象、満足感が大きく変わったと感じました。
矢内「ミュージアムの展示には、細かい説明は良くないという風潮がこれまではありました。しかし、これからはどんな作品なのか、説明があるようにしていきたいと思っています。この『さかい利晶の杜』は、コレクションが薄い施設だけに、返ってそれを強みに変えて、色んな違う見せ方をしていって、それ以外の所で魅力を発信して行ければと思います。『さかい利晶の杜』も5年目を迎えて、次の10年目を目指して繰り返してやっていくことが大切だと思っています」
――これまでの蓄積を踏まえた上で、表面的には小さいけれど根本的には大きな変化の一歩を踏み出したのです。今回はご招待いただきありがとうございました。

『さかい利晶の杜』の展示品入れ替えという、今回のトピックスはいかがだったでしょうか。
個人的には、『さかい利晶の杜』に感じていた“本物”に出会えないという不満が、随分解消しました。『さかい利晶の杜』は、堺の歴史や魅力を伝える施設として着実に進化しているようです。この進化によって、観光客に堺を知ってもらうというだけでなく、堺市民が何度も足を運んで地域について学んでいくことができる施設になろうとしているのではないでしょうか。

さかい利晶の杜
堺市堺区宿院町西2丁1番1号
072-260-4386
http://www.sakai-rishonomori.com/


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