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「こと場のむこうがわ」レポート(2)

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路面電車の駆動音とレールを走る音が時折聞こえてきます。
電車道に面したカフェ『サカイノマ』では、美術家フジオカヨシエさんと書家西村佳子さんのコラボレーションのライブイベントが開催されていました。「Shade of Words -こと場のむこうがわ-」と名付けられたイベントです。
一体どんなコラボレーションなのでしょうか?
まず、フジオカさんの作品「Drawing in the Air」より、そのパーツをインスタレーション(空間展示)として、カフェ天井から壁際に吊されています。照明の光を浴びたパーツが影を落とす壁面に、西村さんがインスピレーションで描いた書、あるいは線を吊して、ひとつの作品として鑑賞する。作品が生み出される課程も含めて見てもらうというのが、今回のライブイベントの趣向です。
西村さんは、まず細い金だわしの素材で作られた雲状のオブジェに挑んで、「いろはうた」を書きました。それは抽象化された人型が群舞しているテキスタイルのようにも見えます。それはたった47文字で、もやもやと色んな言葉が生まれてくる日本語の不思議を描いたものでした。(→前篇
残るは2作品。その制作の過程を見ていきましょう。
■前言撤回して書いたものは?
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▲燃料補給して制作に挑む西村佳子さん。

 

西村さんは思案顔です。
次の作品は、また趣が違います。先の作品は針金が雲状に絡み合った物体だったのにたいして、今度は平面の金網がリボン状に造形されていて、あたかも黒いヴェールが宙を漂っているように見えます。
西村「さて、これですよね。(クロスしている)あの感じが好きなんで、あれが出せればいいなと思っているんですけれど、字じゃないんだよな」
西村さんは常々「私は字ぃしかかかへん!」と言っています。
フジオカ「いいじゃないですか、前言撤回して」
西村「そやな。すぐ撤回する。いいか。ごめん字ぃしか書かへんって言ったけれど、字ぃ以外も書きます!」
鮮やかすぎる前言撤回に、観客も笑います。西村さんは、一口ビールをラッパ飲み。
西村「これはこれしか思いつかなかったので、これで書きます」
と、刷毛を使って星形(五芒星)のようなものを書きます。が、今ひとつだったよう。
西村「もうちょっと流れたいのね」
紙を替えて今度は波が二重に重なっているようなものを書き、細筆で少し文字も書き込みます。
透けているオブジェの向こうに、影と共に空気感のある墨の作品が見えます。2次元と3次元を影が橋渡しして、入り交じっているような不思議な作品になりました。
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▲3次元の作品の向こうに2次元の作品が透けて見える。2作品目が完成しました。
西村「もう一枚、これを書こうか」
“これ”とは、案内状のポストカードに使われた西村さんの書です。それは、西村さんたちが “ぬばちゃん”と呼ぶ、フジオカさんが針金を絡ませて作った塊のオブジェを紙に写し取ったものでした。
西村「今度は長鋒を使いましょう。これが(筆の房が長いのが)長鋒、短いのが短鋒。私は長鋒が好きです」
薄墨を浸した長鋒が紙の上で自在に動き、同じ場所を何度も筆がなぞります。
西村「墨って一番下に書いた奴が、一番最後まで残る。そこが一番綺麗。だから書き直しが出来ないし、書き順を間違えたらわかる」
そう言いながら、西村さんは新しい”ぬばちゃん”を書き上げました。
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▲長鋒で”ぬばちゃん”を書く。
枕詞というのも、不思議な存在です。
西村「”ぬばたま”というのは”黒”にかかる枕詞で、まさに”Shade of words”で、枕詞というのは、夜や黒にかかる意味のない言葉と学校ではならいました。けれど、”ぬばたま”って”たま”もありますけれど、やっぱり濡れ羽色とか”ぬ音”が黒をイメージするものだったろうと思います。ぬばたまの”Shade of words”、言葉の裏側にある音の持つイメージが色濃く出ている言葉だと思うので、枕詞そのものも好きですけれど、ぬばたまという言葉がすごく好きです」
この枕詞を西村さんは次の、そして最後の最難関の作品でも使うことになります。
■むこうがわへの挑戦
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▲夜になるとなお影がくっきりと美しい作品。

 

曇天の電車道が雨模様になってきました。
雨に気づいたスタッフがカフェのオープンスペースにテント屋根を張り出すと、外から壁面の硝子張り越しに入ってくる光が遮られました。
西村「あの”手”のような作品は、夜になるともっと影がはっきり出ます。(屋根が下りて)ああ、良い感じです。あそこには紙を置かないで残してますけれど、すごく綺麗なのです」
西村さんが言及した針金で”手”をかたどったような作品は、天井から吊されて緩やかに回転しています。照明の光を受けて壁に映される影は伸びて縮んで形を変えていきます。
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▲”あしびき”の歌は、難題の作品に合うでしょうか?

 

さて、西村さんにとっての難題は、もう一つ隣の作品でした。”手”の作品に似ていますが、針金は何重もの四角形に折り曲げられています。
西村「あんなに完成しているものを、なんで私がいじらなあかんのか」
と、じっと悩み、ぼやきながらも筆をとります。
「このあたり」とあたりをつけて、紙の左上隅から書き始めます。薄墨で太く細く、リズム良く書いていく。
西村「あれ(作品)は”本”なのです。だから(書には)あしひきのにしましたが……これは弱いな。(線を上からさらに書き足すが)あー弱いな。絶対に弱いな」
あしひきは、”山”または”山”を含む言葉の枕詞です。”あしひきの”と言えば、柿本人麻呂の”あしひきの山どりの尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む”が思い浮かびます。本が無いと夜寝ることが出来ないという西村さんは、”本”の作品に添える言葉にこの歌を選んだのでした。繊細な針金のような線で描かれた作品が生まれます。
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▲”本”と”きおく”のコラボレーションで完成。

 

この書も壁にあてて、どんな作品になるかを見てみます。
西村「やっぱり弱いな。わかった同化しすぎなんだ。なのであれは違うわ」
作品の針金の線と、生み出す細い影が、細い線の書と重なりすぎてしまうということでしょうか。
再度、西村さんは作品をじっと見つめます。そして新しい紙には、好きだという長鋒に薄墨を浸してダイナミックに筆を振るいます。すると先ほどとはがらりと違う極太の作品が仕上がりました。
西村「”きおく”と書いています」
これをまた壁に添えてみます。
西村「影の場所。位置の問題、下にくると収まりすぎる。こっちの方が好き」
観客「先生が上とか下とか言っているのはよくわかります」
こうして3つの作品が完成しました。
イベント開始前には白い紙の前に吊り下がっていた作品の背景に書の作品が掲げられたのです。それは分身なのか、一部なのか、相棒なのか、さてどのように見るでしょうか。
イベント自体はこれで終わらず、その後は西村先生が実際に書を書きながらのトークが続きました。
西村「とにかく私書きながらしゃべるが一番好きやねん。とにかく書きたいねん。書きたいですか?」
といった感じで、西村さんから書を書くために大切なことを話してもらったり、実際に筆をとって書いてみたりしながら時間を楽しんだのでした。
■ライブイベントを終えて
では、2人のアーティスト、それぞれに質問してみました。
まずはフジオカヨシエさんへの質問。
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▲美術家のフジオカヨシエさん。「作品制作という点ではすべてを満たした。構想・コンセプトの実現という点では及第点に至らず」

 

――今回はコラボでしたが、フジオカさんの作品は、それだけで完成品として制作したのか、西村さんがコラボして完成するものとして制作されたのですか?
フジオカ「先生の書による「言葉」を加えて、1つの作品、完成、です。フジオカ作品(担当部分)は、ある種の〈装置〉です。単体だと、インテリアデコレーション度高めのアート作品でしょうか……」
――それぞれの作品について解説コメントをお願いします。
フジオカ「フジオカ作品は、ぶら下がっているピースです。命名・形容しにくい素材形状の立体物と、ある程度具体的なモチーフがわかる立体物があります。
「形、もの」(ぶら下がっているピース)に対して、どういう「言葉」(イメージ、形容)を創出するか、が構想・コンセプトの核心です。
そして、(西村)先生作品は書。その「言葉」をそのイメージとして、ピースの形・位置・影などを勘案して「書」で書きます。
これが全体の作品構想・構成です」
――西村さんが書を書いてた時、何を考えていましたか。
フジオカ「”言葉”については、ハラハラしていました。書については、先生の領域であり、書いているところをライブで見ることは滅多にないので、興味深く見ていました」
――出来上がった作品についての感想は?
フジオカ「作品制作という点では、すべて満たし、カッコイイ空間展示になったと思います。構想・コンセプトの実現という点では、及第点に至らず、というのが正直なところです。「言葉」のあり方を「形」(ぶら下がりピース)を対象(ネタ)にして考えることが今回の構想・コンセプトでした。その「言葉」の創出が少々難題で、うまくいっていないものもあります。
ただ、先生の書自体は素晴らしいのだと思います。ファンの方には、いろいろな書を見ることができ、楽しめると思います」
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▲西村佳子さん。「問いかける装置として、作品はうまく機能していたように思える」
次に西村佳子さんに質問しました。
――タイトルにこめた意味を解説してください。
西村「一般的には、言葉や造形作品、或いは形は、「すでにそうあるもの」として見られますが、わたしたちは、作品として外に現われるものの奥が大事ではないかと思っています。すでにある、言葉や形をもとに、新しい形や言葉が発生する場のようなものであればいいな、と思います。私個人としては、ことばは、ものの見方や認識の表れであり、書は、文字通りその”shade” だと思っています」
――(昨年サカイノマでコラボレーションイベントを行った)フランチェスカ・ヨピスさんのコラボと今回のコラボはどう違いましたか?
西村「フランチェスカとは、私、スペイン語も英語も話せませんから、”墨”で対話することしか出来ません。ぶっつけ本番でしたが、墨での対話が可能だということは、新鮮な経験でした。フジオカさんとは、何度も話し合いました。が、作品そのものとは、前日の搬入時でした。墨、より線を意識することになりました。無機的なものと有機的なものの、在り方の違いとその融合を強く意識しました。
投げかけられたもの、場の面白さ。職業アーティストではなくとも、心の中にアートへの関心を持った人たちが集まった。問いかける装置として、作品はうまく機能していたようにも思えます」
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▲「サカイノマ」がインスタレーション空間に。

 

作品が集まった人たちに何かを投げかけたのは確かでしょう。カフェに満ちた楽しげな空気は、創作の現場に居合わし、アートに触れた喜びから生まれたものでした。一方で、フジオカさんが言うように”「言葉」の創出が少々難題”という面もあったのでしょう。
だとすれば、せっかくライブアートなのだから、その”言葉の創出”の場面ででも、観客ら第三者も創作に参加するようなことがあれば変わったかもしれないとも思うのですが、アートを作る側と鑑賞する側に厚い壁があって、それを乗り越えることは簡単では無いようにも思えます。
ただ”問いかける装置”として機能するアートがあるなら、その問いに対する返答もいつか壁を乗り越えてやってくる。相互に作用し合う時も来るのではないかと思えるのです。
ともあれ、2人のアーティストによるコラボレーション作品は、こうして生まれました。これらの作品も含めた展覧会は、サカイノマで2019年3月13日まで行われています。ぜひ足をお運びください。
サカイノマ熊
大阪府堺市堺区熊野町西1-1-23
TEL   072-275-7060
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