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陶の里の息吹(2)

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堺市中区の陶器地区にある国登録有形文化財兒山家住宅では、「陶の里ピアノコンサート」と名付けられたコンサートが開催されていました。(前篇
この陶器地区の歴史は古墳時代に遡り、大陸から渡ってきた技術者によって伝えられた須恵器の生産・集積・検品・流通を担っていました。その地名は奈良時代の万葉集にも詠まれ、陶器の神様を祀った陶荒田神社も今に残ります。
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▲陶器の神様として陶芸を志すものがお参りに来るという陶荒田神社。
兒山家は、400年前の慶長年間に陶器地区に移住してきた一族で、大庄屋の仕事を担った分家が天保15年に建てた建物が今に残る兒山家住宅なのでした。
この日のコンサートに「陶の里」の名が冠されているのは、そうした歴史を踏まえてのことでした。
あけ放たれた縁側からは、陶の里を吹く風が通り、自然の音が聞こえる中で、ヒーリングピアニスト松尾泰伸さんのコンサートが始まっています。
■自然に包まれた古民家で聴く音楽
1曲目は、蘇ったピアノと初めての主催イベントに捧げられた喜びの曲『Delight』。
その次は、風を感じる、自然の息吹を感じる、今日のシチュエーションに相応しいような、北の大地に思いを馳せる曲でした。
「ニューヨークの映画監督からメッセージがあって、アイヌ民族の映画を3年をかけて作っている方からオファーをいただきました」
アイヌは北海道の先住民族です。
江戸時代、明治時代と次第に苛烈になった日本人によるアイヌへの侵略、生活・文化の破壊は、一時はアイヌ語をしゃべることが出来る人が数名にまでなるほどでした。
今、アイヌ語やアイヌ文化の復権が試みられていますが、アイヌ民族への無理解や偏見は日本社会に溢れたままです。
こういう危機的状況だから、その映画監督はアイヌを題材として取り上げたようです。
「映画の上映は6月から北海道で、おそらく関西でもあるはずです。もちろんニューヨークでも。今日演奏する曲は全世界初公開になります」
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▲陶器地区に広がる田園風景。
そうしてはじまった音楽はコロコロと耳の中で転がるような童謡を思わせる曲でした。
松尾さんはアイヌ民謡を研究し、その旋律を参考に作曲されたのだそうです。どこの民族音楽もそうだけれど、決して複雑ではなく、シンプルに出来ているそうです。自然に包まれた古民家という環境もあってでしょうが、この日の演奏の中でも特に忘れられない演奏だったように思います。
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▲多くの映画音楽を手掛けた松尾泰伸さん。こうした演奏活動は近年になってからで、音楽が人に与える力に気づき、ヒーリングピアノと名付けたそうです。
さらに続いても映画のための音楽です。曲は映画『純愛』から『純愛に捧ぐ』。
映画『純愛』は、特に関東では人気で12年前からずっとリバイバルされているそうです。新旧の松尾さん作曲の映画音楽が続きます。
■古民家のヒーリングピアノ
次の曲は、松尾さんの出身地である和歌山県の海南市とも関係のある曲です。
堺市からも続く熊野街道。かつては命を懸けて行われた熊野詣は、堺から泉州、和歌山、海南を通り、その行きつく先にあるのが熊野三山です。
去年2017年に熊野三山のうち、那智大社が1700年の大祭をしたのですが、その時松尾さんも演奏を奉納しました。
今年はというと、熊野本宮大社の宮司さんが御創建2050年祭を立ち上げて一年間ずっとお祝いをすることになりました。
松尾さんも後半の10月7日に呼ばれて演奏することになっているそうです。そのために作った曲が、宮司様命名で『新たな道』と名付けられました。
この『新たな道』と、よく演奏するという『いのり』の2曲が続けて披露されました。
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▲古民家の魂が宿っているかのような古い柱時計。
ここで折り返し、後半戦へ。
「ずっとしゃべっていると台無しなので、一気に弾きますね」
と松尾さん。
松尾さんは、自身の音楽をジャズでもクラシックでもないヒーリングピアノと称しています。ピアノの音の響きで心と体のバランスをとる、癒しの音楽なのだそうです。
「(アイヌの音楽など)バランスのとれた純粋な倍音を聞くと、体調も整うし、精神的にも落ち着く。それは音楽療法などで実証されていることなのです」
ヒーリングピアノを聞く事ですっきりしたり、体の痛いところに意識を向けていると痛みが消えたりするのだとか。
「音の力は偉大です。ただし、それは私の演奏で体調が良くなるんじゃない。ピアノを聞けば病気が治りますだと怪しい話です。でも違うんです、私のピアノを弾いて音を届けるだけ。ピアノの音を受け取って、そこから先は皆さんのストーリー。自己治癒力、免疫力を自分で高めてください」
松尾さんの説明に聴衆から「本当だろうか?」と、笑い声がおきます。さて、この日のピアノでヒーリングを実感された方は何人いたでしょうか?
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▲羽生結弦選手が演技した『天と地のレクイエム』はショートヴァージョン。
後半に入ろうとしたところで、またも柱時計が鳴ります。さあ、早く弾きなさいと、またも催促でしょうか。
代表曲といっていいでしょう。渾身の『天と地のレクイエム』は、ライブで聴くと思いの外ドライブ感のある音楽です。震災で人々が負った痛み、それでも生きていかなければならない悲しみを感じる一曲でした。
その後、続けて『AI』『Release』『五色の虹』。最後は全員でこの陶の里の景観をいつまでもと『ふるさと』の合唱に。
そして、アンコールは羽生結弦選手がプログラムで実際に使用した『天と地のレクイエム』のショートヴァージョンが奏でられ、終演となったのでした。
■陶の里をいつまでも
すべての演奏が終わり、兒山さんが挨拶をされました。
兒山さんは、この兒山家の保存がはじまったきっかけについて触れます。
それは、この分家の隣にあった、もっと大きな本家の建物が、代替わりもあって取り壊されてしまったことがきっかけでした。
「ある日、ご近所の方がいらして、『建物は個人のものだけど、景観はみんなのものだ』とおっしゃって、何かさせてほしいと申し出てくれたのです」
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▲コンサート終了後、ナヤ・ミュージアムの展示室を訪れる人々。
それが兒山家住宅を中心とした陶器地区の環境保全運動のスタートでした。地域の人と一緒に運営する博物館「ナヤ・ミュージアム」が出来て、田園風景を守るために伝統野菜を共に栽培する「楽畑」が出来ました。
活動を続けて月日を重ね、「ナヤ・ミュージアム」も新しい仲間たちを迎えて、人材が強化されました。
それもあって、この日は初めて「ナヤ・ミュージアム」主催のイベントが開催されたのですが、今後もっと人が行き来する場所へと兒山家住宅を発展させていきたいのだと兒山さんはいいます。
「建物(ハード)の維持は兒山家がなんとかしますから、ソフト面の企画運営はナヤ・ミュージアムにお願いしたい」
兒山さんからそう期待を寄せられるのは、「ナヤ・ミュージアム」の仲間となった1人岡村理良さんでした。中区の魅力発信のために活動する岡村さんは、組織の底上げをして、もっと発信していきたいと言います。
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▲初夏の空い大きな屋根が映える兒山家住宅。
交通の便が良いとは言えない陶器地区の兒山家住宅に、この日は65名のお客様と20名のスタッフが集まったのはすごい事です。その成功の要因には、松尾さんのピアノの魅力もあるでしょうし、兒山家住宅自体の魅力もあったのではないでしょうか。
人の住まなくなった建物は傷みやすいといいますが、文化財ではあるけれど兒山家住宅も沢山の人が行きかうことで呼吸し、さらに生きた建物となることでしょう。
そして、この日のような活動を続けていけば、兒山家住宅の息吹を受けて、この陶の里の景観を愛し守ろうとする人はさらに増えていくのではないでしょうか。
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兒山家住宅
堺市中区陶器北1404
web:http://blog.zaq.ne.jp/nayamuseum/(ナヤミュージアム)

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