平地和広 世界を紹介する水彩画家(後編)
紙カフェでも人気の一筆箋リニューアル記念。一筆箋に採用された堺の風景六点を描かれた堺在住の水彩画家平地和広さんのインタビュー後編です。(前編はこちら)
■堺という町自体に興味を持つように
――今回の展示は堺の風景なんですが、堺の風景というのは平地さんの作品の中で何割ぐらいを占めているんですか?
平地「それも僕、ちょっとさかのぼってみたんですけど、2020年に堺東のABホテルというのが営業開始をする時に、一階にサカイエというレンタルスペースが出来て、そこでちょっと絵を飾りたいという話をいただいたんです。その時に、それやったら堺の風景っていう形で。その少し前ぐらいに、ずっと堺の風景を描き続けている柿澤和代さんという方がおられるんですけど、その方との交流もあって。じゃあ、僕の方も、ちょっと堺の町の風景を描こうと。今までは、古墳とか埴輪とかそういったものしか描かなかったんですが」
――なるほど、柿澤さんとの交流もあって堺の風景を描くようになった。考えてみたら、ここ3~4年のことだったんですね。
平地「そうなんです。それまで自分が住んでいる堺に古墳群があってというのは認識して興味は持っていたんですけど、それ以外の時代のことっていうのは、あんまり興味がなかったんですね。正直」
――古墳ファンから始まってたから、そうなんですね。
平地「でも調べて描き始めると、堺ってすごいなと改めて認識して。そっからですよ。やはりこういう活動をやっていたらいろんな出会いがありますよね。ボランティア協会の方とか、作家さんと交流する中で、この堺という町自体に興味が出て来たんです」
――では、一番最初に描いた堺の風景というのはどこなんですか?
平地「チン電か灯台かどっちかです」
――それはなにか思うところがあったんですか? 堺のシンボルだから?
平地「そうですね。描く前から、灯台は何度か自転車散歩なんかで訪ねているんですね。その時に、夕焼けというか、夕暮れ時の風景がすごい綺麗だったっていうのが印象に残っていて。最初は多分灯台やな。今もだから灯台は描いてしまいますね」
――今お気に入りスポットをあげるとしたら、やっぱり?
平地「灯台と、チン電はスポットで言えばこの近くの綾之町(電停)ですね」
――古墳はどうですか? どの古墳が好きとかは?
平地「僕はそうですね。イタスケ古墳ですね。イタスケ古墳は、昭和40年代に一回破壊されそうになり、それが市民運動で守られたという経緯もあります。イタスケ古墳は、見る姿も、草とかが刈り取られたりして、墳丘の形が良くわかる。本来の姿が良くわかるんです」
■平地さんブレイク!? 新しいファン層獲得
――今回の紙カフェでの個展を開いた経緯は?
平地「一筆箋のお話をいただいたのは、今年の2月か1月ぐらいでした。その時、百舌鳥古墳群ビジターセンターでの展示の話をいただいたのと同時に、こちらの一筆箋のお話をいただきました。一筆箋の完成まで、絵の選定とか、印刷のこととか、僕らにはわからないこともありますし、完成したのはつい最近なんですが、どうせやったら一筆箋に採用された作品を紙カフェで展示したらどうですか? って提案をしたんです。そうしたら、話が大きくなって、他の堺の風景も一緒に展示して、2週間ぐらいの期間でっていう話になりました」
――紙カフェのスタッフの方によると、紙カフェでの平地さんの展示は2度目になるんだそうですね?
平地「2年前の正月にやらせていただきました。さかのぼれば、山之口商店街に紙カフェがあった2019年に堺古墳まつりが開催されて、紙カフェさんのギャラリーでやったのが1番最初です。その時からのご縁ですね」
――綾之町移転後2回目ってことだったんですね。一筆箋の出来上がりについて、感想などはどうですか?
平地「反響が大きくて、その仕上がりの良さにね。もう細かい所まで、絵の位置、サイズにもすごくこだわってくれて。一筆箋ってこの(小さな)サイズでしょ。その中にね、作品をどの比率で、どの位置に、どの色調でってすごい考えてくれはったんやから」
――もちろん適当にポンっておいてるわけはなくて、繊細な仕事だったんですね。平地さんの作品自体が繊細なものということもありますし。
平地「感動しました」
――今回の個展についてはどうでしょうか? これもスタッフの方に様子をおききしたところ、前回と比べると平地さんのお知り合いでない方、一般のお客様の割合が非常に多いそうなんです。
平地「僕、平日は在廊できないので、スタッフさんに来られた方の、お名前とか写真を送っていただいたりするんですが、知らない方、名前を聞いても知らないな、っていう方が結構いてはって。お店だから、一見さんのお客さんとか、たまたま観光で来られた方とかも来てくれているというのもあるとは思うんですけどね。以前はずっとfacebookだけだったんですけど、この2~3年でインスタの方にも投稿するようになったんで、また層が違うみたいですね」
――なるほど。特に日本だと、絵に限らないですが、ファン層を知り合い中心の所から、その外に広げるのが難しいのですが、その間にある壁が、今回ちょっとブレイクし始めているんじゃないかっていう感じがしますね。どうですかお客様の反応は?
平地「やはりお会いして少しお話するっていうのは、こういうお店での楽しみの一つです。お客様に喜んでもらえてるなっていうのは実感しています」
――今回は堺の風景だから、堺ファンの方が多いのかと思っていたら、どうもそれだけではないという話も。
平地「ですよね。たまたま堺に来られた方っていうのもおられますが」
――どんな感想が多いですか?
平地「まず年配の方とかは、やっぱり懐かしい風景やと。ここ知ってる。こういうところあったわ、とか。失われた堺の姿というのが、一つのテーマとしてあったんですね」
■大切にしているのは絵の技術ではなく人との交流
――では、これまでのお話とかぶる所もあるかと思いますが、平地さんが水彩画家として、あるいはアーティストとして大切にしていることってなんでしょうか?
平地「絵の技術とか、そういったものはあんまり重視していないっていうか、自分の描けるようにしか描けないんでね。だから、そこで出会った人たちとの交流は大事にしたいなっていう風には思いますね」
――実際にどこかに行かれて何かお喋りされたり、交流されたりっていうのは結構多い方なんですか?
平地「そうですね。行けば必ずです」
――思い出に残っているエピソードなどありますか?
平地「こうれはもう昔の話で絵を描いてない頃ですが、和歌山の九度山にバイクツーリングで訪ねた所で、たまたまそこに居合わせた老夫婦からその土地の話を聞かせてもらったりとか。不思議とね、いく先々で人と話をする機会が出来るのは、これはもう昔からなんです。そういうのを大事にしたい」
――絵を描くときにも、そういうお話とかが影響したりしますか?
平地「しますね。こんなこと話をしていたなとか。この季節だったらこういう花が咲くんだろうなとか、そういうのを思い浮かべながら描いてます」
――しかし、こうして展示されている絵を観ると、今回は堺の風景がテーマということもありますが、風景画がメインで、あまり人が出てきませんね。
平地「今回は堺の風景展ということで、どうしても建物とかそういったものが出てきますが、人物でいえば与謝野晶子さんとか千利休さんとかも前の展覧会で描いてるんですけど、人物が苦手というのもあります」
――え、苦手なんですか? 意外です。
平地「そうなんです。硬いものと柔らかいものって僕はいつもいうんですけど、建物とかチン電とか言うたら硬いものですよね。でも、緑とか花とか、猫とか犬とか、ふわっとした、ああいうものが好きなんだけど苦手なんです。猫はもう僕も好きなんで、何度も挑戦はしてるんですが、えい!(描いては紙を丸めて捨てる動作)」
――なかなか自分の理想のものが描けないというのはありますよね。
平地「でも、次はちょっと準備して、チャレンジしようかなと思っています」
――じゃあ、次はいよいよ人物もですね。
――では、これからの活動や予定は?
平地「7月にギャラリーセイジ(大阪市西区)さんでグループ展をやります。いつも同じところで、毎年大体4~5人でテーマを決めて。今年は街路がテーマです」
――ということは風景画ですね。
平地「ここでは風景画を出します。堺って色んな街道が通っているじゃないですか。竹内街道もあれば、高野街道もある。熊野街道もある」
――いいですね。
平地「で、毎年10月にはArts-Bさんで個展をしているので、その時にはちょっと人物を出そうと思っています」
――いよいよ、これまでと違う世界が見られるというわけですね。また、平地さんは、文章とかも書かれるから、紀行文的にまとめられたりはしないのですか?
平地「今度、大きな紙に何点か絵を描いて、一枚で行った旅を完結させるみたいなことをする予定です。これも一つ、これからの課題です。今度6月の末に、墳活があるんですけど、奈良の田原本に行って、古墳と神社をちょっと訪ねるという一日だけのハイキングなんですけど、それを一枚の絵にします」
――楽しみですね。将来的に書籍化したいとかはないんですか?
平地「できるといいですね」
――今、どこでも行っていいよって言われたら、どこへ行きたいですか?
平地「長野と群馬」
――それはなぜ?
平地「群馬は関東の方でも古墳文化が一番盛んです。長野は、古墳もそうなんですけど縄文時代の遺跡があります。古墳時代からさかのぼって、弥生時代、縄文時代がある」
――関東だったり、長野も独特ですよね。その後の歴史を考えても。
平地「日本の歴史って、西日本から大体スタートしてますけど、その間も関東の方では着々と脈々と続いている文化があったわけで、その文化が今頃になって青森とかそっちの縄文遺跡が世界遺産になったりしている。やっぱり中央と地方だから、地方にあったからこそ残ってきた文化というのもある。なんかそういうのも掘り下げたら面白いなと思うんです」
――いいですね。もう日本中なり、世界中なり、平地さんに旅して作品を描いてほしいですね。
平地「新しいチャレンジといえば、僕は書とか墨の世界が結構好きなんです。今日持ってきた三部作もモノクロなんですけど、自分の作品の余白の部分に書家の方に文字を入れてもらうというのをやりたいです」
――どなたか候補はいらっしゃいますか?
平地「候補っていうか、候補というのもおこがましいんですけれど、やらせてもらってもいいよっていう方がいれば、ウェルカムです」
――これから先も展覧会あれば、新しいチャレンジも色々と、すごく楽しみな展開がまってますね。今日はありがとうございました。
平地さんの作品は、堺の風景をただ紹介しているだけでなく、堺の風景なり、古墳なりを通じて、そのものが何なのか、その本質がこうではないかと見せてくれるものではないかと思います。文章が添えられていることもあるけれども、平地さんの伝えようとしているのが、風景の奥にあるその風景を風景たらしめているものだからではないでしょうか。歴史や風土、人の営みなどが積み重なって建物や風景は出来上がっている。そういう目に見えない部分にも平地さんの眼差しは届いているように思います。だから、平地さんの作品を観る人は、作品を通じて一枚地層を剥いで、世界の深い所に触れることができるのではないでしょうか。
紙カフェ
堺市堺区綾之町東1丁1−8