ブラタモリの茶碗に会える!? 「さかい利晶の杜」新展示はあなどれない(1)
堺市の文化観光施設「さかい利晶の杜」の名物学芸員矢内一磨さんから、「さかい利晶の杜の展示が変わったので、取材に来ませんか」という連絡をいただきました。
展示が変わったといっても、展示ケースの内容が入れ替わり、キャプションが付け変わったというだけのもののよう。大規模な展示の変更や、展覧会のお知らせならともかく、そんなちょっとした事で取材依頼が舞い込むなんてどういうことだろうか? 逆に興味がそそられます。矢内さんの事だから、何か簡単には分からない秘密があるに違いないと、取材に向かうことにしました。
■“本物”に出会いたい
2015年3月にオープンした「さかい利晶の杜」は評価の難しい施設かもしれません。
開館当初から、併設されたスターバックスが堺初と注目を集め、堺市民からも「行ったことが無い」「不用なハコモノだ」といった批判も少なからず耳にします。一方で、2019年7月には来館者数は150万人に達し、翌年の報告では「さかい利晶の杜」平年度の経済波及効果は26億8100万円(公益財団法人堺都市政策研究所)と推計されました。また、最寄の山之口商店街などと連携しマルシェイベントなども開催し、市民に身近な施設として活用されています。
筆者自身は、展覧会の取材や遠方のお客様のご案内などで、何度も「さかい利晶の杜」を利用してきました。ポテンシャルの高い施設だと思いつつも、不満が無いわけではありませんでした。その1つは、せっかくの千利休をテーマにした施設なのに、利休縁の茶器など、目玉になるような“本物”が無いことでした。その磁力で何度も足を運ばせる力を持った“本物”が1つあれば、施設の魅力も随分アップするのではないか、と残念に思うことも多いのでした。
さて、「さかい利晶の杜」で待っていてくれたのは、展示変更を担当された学芸員の三好帆南さん。さっそく案内されたのは、1階の「千利休茶の湯館」、中程の「堺環濠都市遺跡出土品」のコーナーでした。
その硬いタイトルの通り、旧市街区の遺跡から出土した陶器の欠片などを展示していたスペースで、考古学マニアでもなければ素通りしてしまうような展示がされていた所です。
――新しくなった展示というのは、このケースなのですね?
三好帆南学芸員(以下三好)「6月にケース内の入れ替えを行い、8月にキャプションの入れ替えを行いました」
――全部茶道具の展示ですね。
三好「こちらから、水指(みずさし)、水注(みずつぎ)、建水(けんすい)と思われるものです」
――思われる、なんですね?
三好「はい。茶の湯では見立ての精神が重要視されてきました。本来茶道具でないものを転用して茶の湯に用いることで、新鮮で趣きのある風情を楽しんできたんですね。お茶会によって使い方が変わったりもします。たとえば黄瀬戸建水は、平鉢だったものを建水として利用したものであることが考えられます」
どれも美しく立派な茶道具ばかり、博物館的な以前の展示とは大きく異なり、どちらかといえば美術館のように思えます。
■京都と比べても桁が違う量の茶道具が出てくる
――これも、全部、出土品なんですか?
三好「そうです。キャプションに書かれた番号は、出土した時期によって考古学的なポイントにふられた番号です」
――ポイントでどこから出土したかがわかるんですね。どういう時に調査をするのですか?
三好「建て替えなどで建物の基礎を掘る時なんかに、調査が必要な場合があります。2006年には、府営住宅の大規模改修がありましたが、最近はそういう機会も少なくなりました」
――地図を見ると、出土箇所は旧市街区全域に広がっているみたいですね。
三好「そうですね。堺は大坂夏の陣で燃やされましたが、出土するもので中世堺の茶の様子がわかります」
――どういった特徴があるのですか?
三好「まだ全体像は見えていないですが、堺旧市街はどこを掘っても茶道具がよく出てくるようです。『仙茶集』には15世紀から16世紀にかけて堺茶人が所持した名物道具の点数が191点と最も多かったことが記されています。京都・奈良などの他の都市に比べても桁違いで、道具の数からも、堺の町衆の繁栄ぶりがわかります」
――どんな人たちがお茶を楽しんでいたのでしょうか?
三好「おそらく商人の中でもリッチな商人ではないかと思います。商人をしながら、お茶をしていた。堺の商人は貿易もして、財力もありましたから」
その堺の商人たちがまさに使っていたのが新たに展示されている茶道具というわけです。展示されている3つの茶道具を見ると、その脇には丁寧な解説をしているキャプションが付けられています。
たとえば、伊賀水指はこうです。
「水指とは茶碗や茶筅をすすいだり、釜に補給するための水を蓄えている器物である。矢筈口と呼ばれる凹形の口縁部に平たいつまみのついた蓋がのっている。その横には伊賀焼の特徴でもある耳がついている。全体は六角に整えられ、胴部中程にくびれを持ち、上部からは青緑色のビードロ釉が筋状に釉だまりを見せながら流化している。灰白色の緻密な胎土でよく焼き締まっており、長石の吹き出しがみられる。 」
よくある博物館的なキャプションだと、名前と年代、作者や産地が載っている程度でしょう。しかし、このキャプションだと、茶の湯の事を何もしらない人向けにも配慮された文章となっていて、この展示物がどういうもので、どこを見ればいいのか、鑑賞のポイントも押さえてくれています。
以前の展示方法に比較すると、これは決して小さな変化ではありません。物も変わりましたが、展示スタイル、展示哲学が大きく転換したといえそうです。
さて、ここまで見た所で、この3点の展示には、肝心の茶碗が含まれていないことに気づきます。もちろん、茶碗も新たに展示されています。そこで展示されているのは、ひょっとしたら読者の皆さんも、あの人気テレビ番組で一見したことがあるかもしれない茶碗たちです。そう、「ブラタモリ堺編」でタレントのタモリさんたちが実際に手にとった茶碗なのです。
後篇は、テレビ出演を果たした5つの茶碗を取り上げることにしましょう。
さかい利晶の杜
堺市堺区宿院町西2丁1番1号
072-260-4386
http://www.sakai-rishonomori.com/