インタビュー

仏人鍛冶弟子 エリック・シュバリエ

【サウス・ワイルド・ピープル(南蛮人) in 堺 Vol.1】
profile
エリック・シュバリエ Eric CHEVALLIER
国籍:フランス
出身地:フランス、パリ郊外北45kmのところにあるシャンティイ(CHANTILLY)の近くのショモンテール(CHAUMONTEL)村出身。
堺歴:1年 6か月
好きな日本食:海老の天ぷら
「作業場に初めて入った時、とっても興奮しました。僕のケルト人の血が騒ぎだしたんです」
エリックさんはそう話 してくれました。フランスのパリ郊外シャンティイ出身のエリックさん。両親はフランスのケルトの地、ブルターニュ地方のご出身。お祖父さんが鍛冶屋さんだったそうです。家族のルーツを探るのが趣味のお母さんによると、ご先祖はスコットランドからフランスに渡ってきたケルト民族。エリックさんは、鍛冶技術にたけたケル ト民族の末裔です。
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▲炉の支度をするエリックさん。
ナイフ少年の未来
「フランスでは中学生ぐらいの男の子たちはみんなナイフをコレクションしていて、僕も寝る時はナイ フを大事に枕の下に入れていました。子どもだから高級なナイフは持っていませんでしたが、自分のお気に入りがあって、学校に持って行ったり丁寧に磨いたりしていましたよ」 
パリの大学の教室内で学ぶ日本語や日本文化には飽き足らず、 日本の本当の生活が体験したいと日本にやってきたエリックさん。堺にやってきて日本の伝統文化の神髄に着地し、思いもよらず鋏鍛冶修行の毎日を送っています。
ケルト民族である自身のルーツ、鍛冶屋だったというお祖父さん、そして少年の頃の宝物だったナイフ・・・。
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▲現在は自分で使う道具作りの最中。(左) 「足延し」という工程後。炉から出したばかりで赤く燃えている。(右)
「堺の伝統産業である鋏鍛冶の親方に外国人が弟子入りしているらしい、ぜひお話しを 聞いてみよう」
最初はものめずらしさを期待しての取材でした。しかし、国や文化を越えた人間の根源的な営みである「鍛冶」に向き合うエリックさんの姿は、とても自然なものでした。 
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▲多くの工程を経て作られる鋏。高度な技術を必要とするため、
  なかなか後継者が見つからなかったそうです。
日本への想い、そして堺へ
J‐POPで日本語の響きに魅せられたエリックさんは高校に通いながら日本語を独学で勉強し、高校卒業後、一度はマーケティングの大学に進みますが、一念発起してパリのイナルコ大学外国語学部日本語科へ入学。そして、卒業を前に日本にやってきました。東京の友人のところでニカ月過ごしましたが、周囲には外国人も多く、日本人しかいない本当の日本の暮らしを体験したいと愛知県の旅館に住み込んで旅館の仕事を手伝いながら、日本の生活を体験し日本語のスキルを磨きます。そんなとき、エリックさんは友人からフランス語の翻訳の手伝いを頼まれます。
RECHERCHE APPRENTI FORGERON DE CISEAUX
(鋏鍛冶の弟子募集)
 
その頃、浅香山駅からほど近い、慶応3年から続く鋏鍛冶「佐助」の5代目親方平川康弘さんはフランスで開催する個展の準備に追われていました。その個展の為の書類のフランス語訳をたまたまエリックさんが手伝うことになったのです。
「まさかその時は、自分が弟子入りするとは思ってもいませんでした」
「日本の伝統文化である鋏鍛冶の親方ってどんな人だろう?堺に会いに行ってみようかな」 
実はエリックさんは古墳ファンなのだそうです。親方のいる堺には仁徳天皇陵があることも知っていました。親方に会って、ついでに古墳も見れるし、ちょっと堺に行ってみよう―こうして未来の弟子が 「佐助」 にやってきたのです。
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普段は優しい親方の厳格な表情が炉の火の中に浮かぶ。
  傍らには師匠の技を懸命に「盗み取る」弟子の姿。
 
 
現在修行中
それから一年半。現在、エリックさんは平川親方の指導の下、 自分自身で使う鍛冶道具の製作を学んでいます。製品としての鋏や包丁の製作は、まだまだこれから。
「日本人でもなかなか弟子入りしてくれる人が見つかれへんのに、来てくれたのはフランス人。最初は驚いたけど嬉しかったわ」
親方はエリックさんが弟子入りしてきたときのことを語ってくれました。
「ただね、いつまで続くか分かれへんから、とりあえずビザのある間は頑張ってみろ、と言うたんや」
「日本の職人に弟子入りすると言うと、友人たちに職人は厳しいし怖いよ、と言われました。でも会ってみると親方はとても優しいし、今ではお父さんみたいです」
そう語るエリックさんの傍らで親方が目を細めています。観光ビザの期限が切れる頃、エリックさんは辞めたいどころか、ますます鋏鍛冶に引き込まれていました。親方の尽力で無事に日本の伝統工芸を学ぶための「文化活動」在留資格を取得し、鋏鍛冶の修行に明け暮れる毎日です。
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▲古い佇まいの「佐助」。慶応3年創業。
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▲古い道具たちに囲まれた静かな工房。エリックさんは朝、工房に入る前、必ず自分自身の神様に手を合わせるのだそう。
■脇差しとフランス人弟子
「うちには珍しい物があるんや」
親方に導かれて奥の間に入ると、そこには脇差しが展示されていました。無銘で装飾もなく、素人目にも名刀とは思われない簡素な脇差し。
「これは堺事件で土佐の侍が切腹に使った脇差しですわ」と親方。 平川家は幕末まで、土佐藩の鉄砲や刀剣の修復を請け負う廻船問屋「住吉屋」を営んでいたそうです。 切腹後、処分に困った土佐藩が短刀や脇差しを「住吉屋」に預けたのでしょう。
そして時はめぐり、その脇差しは親戚から親方の手に渡りました。
堺事件と言えば、1868年2月、堺港に入港したフランス海軍の水兵と警備中の土佐藩士がトラブルとなり、藩士側が発砲して水兵11人を殺害した事件。この脇差しは、その責任をとって切腹した土佐藩士の使用したものだというのです。もともと 10本以上あった短刀や脇差しは空襲で焼け、残ったのは二本。二本あったうちの一本は「佐助」の奥の間に、もう一本は切腹のあった妙国寺に寄託され一般に公開されています。かつてフランス兵を殺害した土佐藩士が切腹に使った脇差しが伝わる「佐助」で、フランス人のエリックさんが現在「鋏鍛冶」の修行中。
親方の元にめぐりめぐってやってきた脇差しとフランス人の弟子。
ここにも何か歴史や運命の不思議を感じます。
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5代目平川康弘さんとエリックさん。鋏鍛冶の伝統を担うお二人。
 
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南蛮人メモ
 
●カルチャーショック
家族ある男性が毎晩のように飲み歩く姿や、駐車してある車の中で昼寝する営業マンにびっくり。
フランスでは何よりも家族を大切にするので、既婚の男性が職場の人達と女性のいるような飲み屋に行くようなことはありえないと。
お昼寝営業マン…気持ちは分かるような…お疲れ様です。
●日本での失敗談
堺市役所に住所変更に行った時、フランス語では「H」を発音しないので、窓口の女性に向かって「HENKOU(変更)」を「ENKOU(援交)オネガイシマス」と言ってしまったこと。窓口の女性が驚いて真っ赤になってしまったそうです。
●堺のお気に入り
古墳ファンとしてはやはり仁徳天皇陵。
グルメ系ではかん袋。フランス人の舌もうならす堺名物。
●堺をお国の言葉で表すと?
TRADITION(伝統)
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佐助ロゴ小
〒590-0004  大阪府堺市堺区北清水町3丁目 4-20
TEL : 072-233-6812
FAX : 072-233-6802
営業 : 10:00~18:00
定休日: 木曜日

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