ステンドグラスで巡る鉄道の旅(1)
ステンドグラスに光が差し込んでいます。
白壁の駅舎の待合はヨーロッパかどこかの田舎の駅を思わせますが、ステンドグラスに描かれているのは和風の松林の風景です。
ここは、堺市西区にある南海本線「諏訪ノ森」駅の駅舎。この駅舎は国の登録有形文化財に登録され、第4回近畿の駅百選にも選ばれている美しい駅舎です。建てられたのは大正時代に遡るのですが、この時代に作られたとみられる駅は南海電鉄には何駅か残っており、現在も使われています。
これら古い駅舎たちは、スマートだけど素っ気ない現代の駅たちとは随分違っています。当時の面影を残し、訪れたものたちを過去へ誘ってくれるタイムマシーンのようです。こうした古い駅があることから分かるように、南海電気鉄道自体が、実は現存する日本最古の民間鉄道なのです。
今回はこの駅舎から、100年も昔にステンドグラスを見上げた人たちの時代の堺、風景も生活も大きく変わった時代の堺がどんな様子だったのかを覗いてみましょう。
■商人たちが敷いた鉄道
日本最初の鉄道は1872年(明治5年)に、東京の新橋~横浜間で開業しました。大阪では、官営で阪神間、民間で京阪間が別々に計画されます。当初阪神間の大阪駅は今の位置より南の堂島あたりに終着駅として作られる予定だったのですが、結局神戸・大阪・京都を一本で結ぶことになり、資金不足もあって路線を少しでも短くするために今の位置、当時の曾根崎村に大阪駅は作られることになります。
1874年(明治7年)に大阪でない所に作られた大阪駅は、官主導の新開地キタとして発展していきます。
キタに対するミナミは、民間主導で難波~堺間の鉄道が計画されます。
1885年(明治18年)に難波~大和川間の阪堺鉄道が開業。1888年(明治21年)には堺の吾妻橋(現在の堺駅)まで延長されます。この頃(1886年)の大阪駅と難波駅を比較すると、貨物は大阪駅が上回るものの、旅客数では難波駅が上回っていました。
▲なんばの顔としてお馴染みの南海ビルディング。この建物は難波駅のターミナルビルとして、1930年(昭和5年)に作られた。 |
同時期の堺はというと、1881年(明治14年)までは堺県として大阪府とは独立した道を歩んでいました。短い期間でしたが、初代知事小河一敏と二代目知事税所篤によって行われた県政は、工場建設や港湾整備など産業振興のみならず、先駆けて各種の学校や公園を設立するなど先進的なもので、他の県のお手本とされました。近代堺の繁栄はこの時にまかれた種によるところも大きいのではないかと思われます。
この曙の近代堺から出てきた堺商人の巨人といえば、アサヒビールの創業者である鳥井駒吉です。鳥井駒吉は、阪堺鉄道の発起人に名を連ね、取締役となっています。社長はこれも関西経済界の重鎮である松本重太郎が務めました。
堺の酒造は、江戸時代から灘・伏見と並んで有名でしたが、明治になっても酒造業者は100軒を数えたといいます。1879年(明治12年)には、鳥井駒吉が主導して酒造組合が組織化され、これも駒吉が発明した一升瓶によって瓶詰の日本酒の流通販売が容易になります。
鳥井駒吉を筆頭とした堺商人たちの思惑には、当然鉄道を利用した販売網の拡大があったのでしょう。
■膨張する鉄道網
1888年(明治21年)には、阪堺鉄道によって難波~堺間が繋がった後、松本重太郎や鳥井駒吉らは、より南への路線拡張を目指します。
南海鉄道(当初は紀泉鉄道)を立ち上げ、1895年(明治28年)に堺~和歌山間の工事を開始し、1898年(明治31年)に開業して、南海鉄道と阪堺鉄道は合流します。
▲南海本線「堺」駅そばの環濠にあるこの煉瓦造りのものは、阪堺鉄道時代の橋の基礎です。 |
一方、1898年(明治31年)に大小路(現在の堺東)~狭山間で開業した高野鉄道に起源を持つ高野山への路線とは1922年(大正11年)に合流し、私たちが良く知る南海鉄道の原型はこうして出来上がっていきます。
では、堺人にとってはこれまた思い入れの深い路面電車の歴史はどうなのか?
まずは馬車鉄道に起源を持つ上町線は1897年(明治30年)に開業し、電車軌道となって1909年(明治42年)に南海鉄道と合流。天王寺西門~住吉神社前を結びました。
阪堺線の方は、1909年(明治42年)に阪堺電気軌道として大阪の恵美須町~大小路(堺)間を結びました。その後浜寺まで延伸され、1915年(大正4年)に南海鉄道と合流します。この時には、今は無き宿院~大浜海岸間の支線も作られたそうです。
ちなみにJR阪和線はというと、1926年(大正15年/昭和元年)設立の阪和電気鉄道がルーツで、1940年(昭和15年)に南海鉄道に合併され、その後1944年(昭和19年)に国有化されます。
こうして近代化していく社会の中で、鉄道網は拡大したのですが、鉄道が出来るということは駅舎も作らねばならないというわけで、いよいよ後篇では駅舎にまつわるお話となります。
(後篇へ)
※参考資料
「大阪府の近代化遺産」(大阪府教育委員会/非売品)
「水の都と都市交通」(三木理史/成山堂書店)
「熱き男たちの鉄道物語」(橋爪紳也他/ブレーンセンター)