インタビュー

イルヴィン・コージ&高雄敦子 スペシャルLIVEレビュー(1)

 

 

この日、紙カフェに集った聴衆は、ギターとヴァイオリンによって世界を航海するファンタジックな体験をすることになります。
航海を先導するデュオ、イルヴィン・コージさんと高雄敦子さんのライブが行われたのは2024年8月17日のことでした。
ギタリストのイルヴィン・コージさんは、山之口商店街時代の紙カフェで開催された古墳祭でのライブ以来のご縁。メキシコの音楽一家にルーツのあるコージさんは、東京オリンピックでのメキシコ国歌演奏や、Jリーグの川崎フロンターレ応援ラジオ番組などのパーソナリティとしても活躍。
ヴァイオリンの高雄敦子さんは、京都出身。英国王立音楽院に留学し、主席卒業。2014年にストラディヴァリウスを貸与され、2015年には京都の寺院で撮影・演奏、2016年の能楽堂でコンサート、今年のパリオリンピックの一環としての文化事業にも出演されるなど、国内外で活躍。

フルハウス(満席)の店内に登場した二人。落語の枕よろしく、客席に語り掛けます。
はじめて路面電車でやってきたというコージさん。一方、高雄さんは南海本線「七道」駅から紙カフェへ歩いてきたそう。
高雄「古くから色々いいお店が続いているのかなー。良い町並みかなーなんて思いながら」
コージ「どれぐらかかったの?」
高雄「私は10分ぐらい」
コージ「(客席に)堺駅からは遠いの? (客席から:遠いよ。一駅ぐらい)じゃあ、車で10分ぐらい?」
掛け合いのようなトークでリラックスした空気が漂います。
二人は二日前に客船にっぽん丸のクルージングでのコンサートを終えられたばかり。なんと、紙カフェでも、にっぽん丸と同じプログラムでライブをするとのこと。
コージ「最初の演奏はカノンです。ギターから始まるんですが、ヴァイオリンが始まると緞帳が開いてスモークになるんで、そのへんから拍手、手拍子よろしくお願いします」
と客席にリクエスト。どうやら、紙カフェにいながらにして、お客様の想像力をちょっぴりプラスすることで、豪華な世界クルージングと同様のステージを楽しめるようです!

 

▲イルヴィン・コージさん。花火大会のように次から次へと千変万化するギタープレイにただただ驚かされるばかです。

 

そんなわけで客席の笑い声と共に始まった一曲目は、カノン。
コージさんがギターを爪弾き、シンプルなフレーズが流れると、客席は静まります。意識が吸い寄せられたほんの一息のあと、客席から拍手が沸き上がり、ヴァイオリンの調べがゆったりと漂ってきます。
さながら高雄さんのヴァイオリンは、ゆるぎない自然の風景。たとえば、風にたなびく草原のようで、その新緑の大樹、草花の間を思うままに飛び交い彩る木洩れ日がコージさんのギター。二つの異なる個性の相乗効果に魅了されます。なんてドラマティックでイメージの膨らむカノンなのでしょうか、紙カフェにエデンの園が出現したかのようでした。

打って変わって二曲目は、ドキドキするようなイントロから始まりました。大人気のハリウッド映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」のテーマソング。海賊の冒険が始まる、映画の導入部を思わせる心臓の鼓動が高鳴るギターソロ。そこにヴァイオリンが飛び込んでくると、いつの間にか私たちがいるのはカリブの海賊の宴です。荒々しいヴァイオリンの響きは、アイリッシュっぽくフィドル(古い時代のヴァイオリンの呼び名)と呼びたくなってきます。負けじとギターがかき鳴らされ、ギターとヴァイオリンが、主と副を入れ替えながらジェットコースターのような競演を繰り広げたのでした。

 

▲高雄敦子さん。ヴァイオリンの調べは時には川のせせらぎ、時には町を揺さぶる嵐のように、まさに融通無碍な水のごとし。

 

紙カフェの室温も1~2度は上がったでしょうか。その空気感をがらりと変えたのが、三曲目。都会のクールな情景が浮かび上がる「リベルタンゴ」。アルゼンチンの危険な夜に私たちは招待されたようです。情熱的なギターに妖艶なヴァイオリンが絡まっていく様は、まさに男女が踊るタンゴ。二人のアーティストが互いに高め合い、一つの作品が高く高く昇華していきます。

三曲目が終わるとブレイクタイムとなりました。おやつにフルーツサンドがふるまわれ、アーティスト二人のMCを堪能します。なんでも、クルーズのコンサートでは、アーティストごとの持ち時間が厳格に決められていることもあり、ついついトークに熱が入ってしまう二人はトークの練習までするのだそうです。
「楽器を見つけるのは結婚相手を見つけるより難しい」という、高雄さんが現在使っているヴァイオリンとの出会いの話。パリオリンピックでは、やっぱり日本のアニメ曲が人気だったという話。メキシコ生まれで、スペイン語しか話せなかった少年が岐阜で育ち、東京でサッカー少年となり、そして音楽の道へ進み、若き日に駆け出しの音楽家としてにっぽん丸に乗り込んだ苦闘、そして東京オリンピックでの大仕事。二人の波乱万丈の半生のストーリーテリングは話芸ともいいたくなるような、笑いの絶えないトークタイムでした。

 

▲トークタイムはフルーツサンド片手に和やかに。

 

トークタイムを挟んでの四曲目は、東京オリンピックの時にコージさんがアレンジしたという、「シエリト・リンド」。メキシコでは古くから親しまれている愛の歌。
この曲の主役はコージさんののびやかなスペイン語の歌声でしょう。そこにヴァイオリンがなんともロマンチックな調べを添えています。うっとりしているうちに聴き手は、メキシコの乾いた青空の下に立っています。もはやコージさんは街頭で歌うメキシコ人シンガーにしか見えません。彼は自身の恋人だけでなく、町中の恋人たちに向けて愛の歌を歌う伝道師です。愛するって事は、人を好きになるって事は、誰かに魅了されるって事は、こんなにも素晴らしいのだと、世界に向けておおらかに歌い上げています。

ラブ一色になったところで、五曲目はコージさん曰く“あっちゃん(高雄さん)の”「チャルダッシュ」。曲名「チャルダッシュ」は、ハンガリー語のチャルーダ(酒場)に由来するそうです。わざわざ“あっちゃんの”と添えた理由はすぐにわかりました。
哀愁を感じる導入から始まったかと思うと、ヴァイオリンを弾きながら高雄さんが客席に歩を進め、曲はどんどん激しくなります。ただでさえ演者との距離が近いのに、お客さまの目と鼻の先、触れそうな距離でヴァイオリンが躍動します。手拍子と歓声が響き、緩急自在の弦が魔法をかけると、店内はもはや酒場です。それも東欧の音楽の民ロマ(ジプシー)たちの酒場。猥雑で混沌とした酒場の陰影に生命が瞬きほとばしる。祝祭空間の渦へと私たちは巻き込まれたのでした。

 

▲「チャルダッシュ」では、高雄さんは客席に踏み入って演奏。コージさんも突入したくて仕方がない様子でしょうか?

 

六曲目は、誰もが耳にしたことがある一曲「コンドルは飛んでいく」。サイモン&ガーファンクルの英語詞をつけたカヴァーによって世界的にヒットした曲ですが、もともとはペルーの作曲家が伝統音楽をリサーチし、20世紀初頭にアンデス先住民の社会闘争をテーマにしたオペラのための序曲として作られたもの。作品は当時の先住民復権運動に大きな影響を与えたといいます。つまりは、スペイン人の侵略によるインカ帝国滅亡より400年(作曲当時)、奪われ失われたインカの悲哀と、それに続く苦難の歴史の果てに、現代に生きるアンデスの人々が直面する苦渋が二重映しになっている曲なのです。
ヒートアップしていた店内は、悠久の神々の頂へ。コージさんが歌うのはスペイン語の歌詞。裏切られ、自由のために死んだインカの魂たるコンドルが飛んでいく様を朗々と歌う。過去と未来、絶望と希望の狭間をどこまでも飛び行くコンドル、決して手の届かぬコンドルに、それでもなお手を向ける人々。コンドルは自分たち自身でもあるから。私たちは、その姿をただ眺めていたのでした。

ついにきた七曲目。「最後の曲で」の一言に、お約束の「えー」と即座のレスポンスがあがり、高雄さんもほころんだ笑顔を見せます。「とりあえず、最後の曲ということで」とコージさんが告げたのは「情熱大陸」。各国の曲を取り上げた世界旅行もぐるりとまわって日本に到着というわけでしょうか。
テレビで流れぬ日がないほどのお馴染みの曲ですが、冒頭から聴くのは初めてかもしれません。
抒情的なヴァイオリンを情熱的なギターが後押しする導入から、スポットライトを浴びるように、あの印象的なフレーズが登場。なるほど、これはヴァイオリンどれほどカッコイイのかを見せつけてくれる曲です。ドヤ顔のヴァイオリンを浴びるほどに堪能し魅入られます。クライマックスは拍手、歓声、指笛に包まれて威風堂々のフィナーレです。

 

 

もちろん、ライブがこれで終わるわけはありません。お二人の制作されたCDの宣伝タイムを経て、最後の一曲は、コージさんが19歳の時に作ったオリジナル曲「航海」。これは、にっぽん丸に乗り込んだ、いわばまだ何者でもなかった時期に作られた曲だそうです。当時、スタッフに披露した所、お客様に披露すべきと急遽ステージが設けられ、そして今ではにっぽん丸のテーマソングになっているのだとか。
航海が終わり、別れる人々への惜別を人生と重ね合わせた一曲。若き日のコージさんの気負い、瑞々しい感動、不安、寂寥感もひっくるまって結晶になっているかのよう。出会いのすばらしさも別れがあってこそなのかもしれない。人は、たとえ苦しくとも航海に出て、航海を続けることで、人生を全うできるのだと感じさせてくれました。

ライブ終了後、お二人は会話を希望されるお客様一人一人と丁寧に対話をされていました。楽し気な空気が、ライブの余韻が残る紙カフェ店内に漂っていました。コージさんが、MCで言ったように、このライブも一つの航海で、乗客が一人、また一人と下船していくように、お客様が退店していきます。
そんな中、お二人にインタビューの機会をいただきました。
記事後編は、二人のインタビューをお届けします。

 

参考文献/サイト

・「インディヘニスモ-ラテンアメリカ先住民擁護運動の歴史」アンリ・ファーヴル/文庫クセジュ
・「ペルー四方山がたり」より:知られざる「コンドルは飛んでいく」(http://elpop.jp/article/95555877.html

 

(→後編へ続く)

リンク:

イルヴィン・コージ・オフィシャルサポーターズページ

高雄敦子公式サイト

 

紙カフェ
堺市堺区綾之町東1丁1−8
https://kami-cafe.jp/

 

 

 

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