【紙カフェ&知輪】紙カフェ寄席で和の話芸を堪能しよう

 

街道と路面電車の軌道が分かれる分岐点のすぐそばに、つーる・ど・堺がプロデュースする紙カフェが移転して数年が経ちました。親会社のホウユウ株式会社の社屋の路面スペースが新しい紙カフェで、その奥にはゲストハウス知輪-chirin-があります。景観地区ということもあり、社屋の外観も和風建築ですが、紙カフェの店内や知輪-chirin-の内装には、和の職人さんたちの手が随所に入っています。特に知輪-chirin-は、お庭、建具、畳に、座布団、布団も極上のもの。「和」の美に包まれた宿泊は、めったにない極上体験です。
では、この「和の空間」で、「和の話芸」本物の落語を楽しめるとしたら、それはどんな体験になるのでしょうか?
今回ご紹介するのは「紙カフェ寄席」。3か月に一回、知輪-chirin-のお部屋で開催されている落語会です。登壇する落語家は、笑福亭純瓶さん。誰もが知る笑福亭鶴瓶さんの3番弟子で、TV番組のロケタレントとしても活躍。また怪談師としての顔を持つのですが、実は堺市出身です。開演前のお時間をいただいて、紙カフェの店内でお話を伺うことになりました。

 

■堺生まれの若者は落語家を目指す

 

▲純瓶さんの生まれ育ったエリアは、紙カフェのご近所。まさに地元の噺家さんですね。

「きっかけは、開口神社さんでやっていた妖怪イベント(沙界妖怪芸術祭)に呼んでいただいたことなんですよ。そこで怪談落語をさせてもらったのですが、紙カフェ店長の松永友美さんから、紙カフェでも落語をしないかという話になって、そういえば堺で落語会をやってないなと」
堺は日本有数の妖怪都市とこうことではじまった妖怪イベントは、松永さんが奔走して実現したもの。怪談話の第一人者でもある純瓶さんと松永さんが、一緒に場を作るのは必然だったといえるでしょう。

では、そもそも純瓶さんが落語家になったのはどんなきっかけがあったのでしょうか?
「父と兄の影響で落語好きになったんです。僕が子どもの頃は、TVに出る芸能人といえば落語家さんでした。高校生の頃に漫才ブームがおきたのですが、僕は落語家にあこがれていた。ある時、好きな生物の授業を受けていて、生物の勉強は好きだけど、将来役にたつことがないだろうと思ったんです。それで将来の事を考えて、落語家になろうと思うようになりました」
そんな純瓶さんの背中を後押ししたのは高校生の時に出会った二人の先生だったそうです。
「一人は古典の先生で、とても厳格な印象の方で、親しく話したこともなかったのですが、ある時授業中に『君たちは将来何になりたい?』という話になって、僕が落語家になりたいといったとたんに、『そうか、君は落語家になるのか!』と、今まで見たことがない嬉しそうな顔をして物凄く喜んでくれた。本当にあの謹直な先生が、小躍りして喜んでくれた。それがものすごく印象に残っています。もう一人は若い漢文の先生で、落語好きの人で、良く寄席の話や落語の話をしました。卒業後もう落語家を目指していた頃に、偶然お会いする機会があって、『先生、落語家になることになったよ』と報告させてもらえました」

 

■落語は共有財産

▲純瓶さんが落語家になった頃は、上方の落語家が100名を超えたと話題になりましたが、今や300名(東西合わせると1000名)にもなっているとのこと。

 

そうして落語家になった純瓶さんですが、もともとタレント志向も強かったとのことで、TVにも進出し、海外ロケや生中継で活躍する草分け的なタレントとなります。土曜の朝番組で海外ロケをする純瓶さんを観たという方も少なくないはずです。
「最近のケーブルテレビだと海外資本の番組制作もあって、あるハリウッド映画が大コケしたからという理由で突然出演していた番組が打ち切りになって、唖然としたこともあります」

 

では、純瓶さんお代名詞の怪談はというと、
「もともとこわいもの見たさで、怪談が好きだったんです。古典落語の中にも怪談話があります。僕のこだわりは本当に人が経験したことを怪談としてお話するということ。受けを狙って作りこんだ怪談はやりたくないんです」
もちろん、一人者である純瓶さんは、作ろうと思えば受ける怪談話を創作することも造作もないでしょう。日本の怪談と海外ホラーの違いについても、
「お岩さんやお菊さんのように祟られるだけの理由があるのが日本の怪談で、13日の金曜日のように理由もない恐怖に出会うのが海外のホラーです。日本映画でブームになったリングなども、実は海外ホラーと同じです」
と、なるほどの分析です。ぜひとも純瓶さんの怪談が聞きたくなるのですが、今回の「紙カフェ寄席」は落語を二席となっています。

「落語というのは、落語家の共有財産なんです。その共有財産の古典をそのまま継いでいくのが完全に美しいという立場もあれば、古典を時代に合わせて変化させていくということもあります。時代の常識やコンプライアンスに合わせていくことも大切という考えかたです。また、たとえば桂文枝師匠、以前は三枝師匠だった、文枝師匠のように、新作の落語、創作落語を作っていてる落語家もいます。文枝師匠に稽古をつけていただいて、新しい落語をまた継いでいく人も。また新しく落語が出来ていく一方、埋もれていく落語もあります。多くは時代に合わなくなった落語ですが、その埋もれた落語を掘り起こして復活させることもあるんです」
ただ古くからあるものと思われがちな落語ですが、古典を継ぐというだけでなく、古典を時代に合わせて変化させる、まったく新しく作っていくといった動きが合わせてあり、いくつものうねりが重なって現在進行形で突き進むムーブメントなのだということがわかります。
本日、純瓶さんが演じてくださるのは、一体どんなお話なのでしょうか?

 

■開演! 紙カフェ寄席

 

会場はゲストハウス知輪の二階の間。
開場してから開演までの間、純瓶さんとお客様がリラックスした様子で会話を楽しんでいます。話題は、やはり皆気になる師匠の鶴瓶さんのことや、昨年亡くなられた兄弟子の笑福亭笑瓶さんのことなど。人並外れたお二人のおかしみのある言動のあれこれを取り上げつつ、ペーソスやリスペクトを感じさせるのはさすが。亡くなった笑瓶さんの落語のCDを鶴瓶さんの発案で作り、皆で売る話なんて、泣けるいい話をとぼけた笑いにもっていくので、聞いてる方は泣き笑いになってしまう。
これは懐かしい上方の笑いの作法だと感じました。浮世であれこれありながら、ぼちぼちやってるお互いさまの共感や労わり、上流でない庶民の世界に漂うほろ苦い優しさ。もう昨今のTVではなかなかお目にかからない上品な上方の笑いでした。

そして時間となり、いよいよ「紙カフェ寄席」の幕が上がります。スマホのBluetoothでつないだ携帯スピーカーから出囃子を流すのが、ちょっと今っぽい。

演目の一つ目は、「やくばらい」。
今ややる人もいなくなった落語で、桂米朝さんが掘り起こして手をいれたものだそうです。昔あった風習「やくばらい」にまつわる話です。晦日の日に、家々を回って厄落としの口上を披露してお布施をいただくのが「やくばらい」。芸の押し売りをする門付き芸の変形ヴァージョンとでもいえばいいでしょうか。
お話が出来た頃は、子どもでも口上をそらでいえるぐらいメジャーだった「やくばらい」を、まるで知らないという何やら間の抜けた男が「やくばらい」でお金を稼ごうとするが、当然頓珍漢なことになるわけです。
米朝さんのアレンジがあるものの、当然今やまったくなくなってしまった風習ですから、ちょっと解説がないと今の私たちにはなかなかピンとこない所のある落語です。そんな不利がありながらちゃんと笑わせてくれるのですからプロの話芸というのは大したものです。そして、私たちが失ってしまった風習、それがある風景や人情を蘇らせることができる落語というのは、タイムカプセルのような力も持っていると思わせてくれます。なるほど、古典をそのままやることや、埋もれた落語を掘り起こすことはこのようなものだと、純瓶さんに教えていただきました。

 

 

▲純瓶さんの落語がはじまると、いつしか私たちはお話の世界へと引き込まれてしまいます。

 

二つ目は「池田のししくい」。
こちらは落語ファンとはいえない筆者でも何度か聞いたことがあるお話。これまた間抜けな男が、大阪の街中から池田の山の方へしし(イノシシ)撃ちの名人から猪肉をわけてもらいに行く珍道中を活写したお話。こちらも米朝さんの手が随所に加わっているとか。まさに極上のロードムービーを観ているかのようで、道中行き逢う人々とのやりとり、ついに出会った名人と山に分け入りイノシシを撃つまでのスペクタクル。登場人物たちのキャラクター設定から、セリフのひとつひとつ、ドラマチックな展開の全てが笑いへと昇華されていく。これが映画だとしたら、極めて緻密な設計の脚本に基づく映画のようです。計算をしすぎると作者の意図がすけてみえて鼻についたりもするのですが、そんな作者の意図なんてまるで感じさせない自然さまで計算して織り込んでいる極上の逸品といえましょう。
米朝さんとは、どれだけ偉大なのだろうとも思うし、その偉人が遺した作品を今演じている純瓶さんはじめ落語家さんたちが、どれほど話に向き合い、芸を鍛錬する作業を繰り返してきたことかと、思いを馳せずにはいられません。クラシックのオーケストラが、ベートーヴェンら巨匠の遺したスコアを必死になって取り組んで、持てる技を全て注ぎ込んで演奏する姿に似てるのではないかと思うのです。

 

▲演じ分けなんて言葉では片づけられない。登場人物一人一人が目の前に立ち現れてくるようです。

 

振り返ってみれば、開演前のお話も確かに面白いのですが、話のプロによる面白い話と、落語は明らかに違う。落語には、純瓶さんという個人がプロとして鍛え上げた技があり、費やした時間、注ぎ込んだ情熱がある。その背後には、純瓶さんが受け継いだ、先人たちが同じように練りこみ積み重ねてきた歴史がある。落語は、その全てをわずか十数分の中で、ふわっとした笑いにしてしまう。
それは、山に降り注いだ雨が、森の木々を通り、岩盤にしみこみ、何万年もかけて濾過されて一杯の清水となって人の喉を潤すような事なのかもしれない。そんな風にも思いました。

「紙カフェ寄席」は、そんな笑福亭純瓶さんの落語を、一間のひざを突き合わせるような、これ以上なない至近距離で聞ける落語会です。今回の「やくばらい」のような珍しいお話も、純瓶さんが柔らかに解説してくれるので、落語マニアも初めて落語を聞くという方のどちらの層にもおススメです。
また、終演後には、毎回お話にちなんだ料理とお酒が楽しめる食事会が純瓶さんを囲んで開かれますので、そちらもお楽しみ。

 

紙と堺と古墳のお店 紙カフェ
住所:〒590-0925 大阪府堺市堺区綾之町東1丁1−8
web:https://kami-cafe.jp/
電話:0722274619

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