第五回みささぎコンサートレビュー

 

堺東駅から東へ三国ヶ丘の坂道を上っていくと、反正天皇陵(田出井山古墳)が姿を現します。住宅地に囲まれていることもあり、静かに佇んでいるという風情の古墳です。この反正天皇陵に臨む江久庵の2階にあるホールで、2023年7月2日、「みささぎコンサート」と題される抒情歌のコンサートが開催されました。お招きくださったのは、このコンサートの主催者であり、多くの抒情歌を作詞作曲されてきたプロデューサーとみながやすゆきさんです。

 

「みささぎコンサート」のみささぎを漢字で書けば「陵」。反正天皇陵や仁徳天皇陵など多くの古墳を抱えた三国ヶ丘エリアらしいタイトルで、副題は「今、堺によみがえる美しき日本の詩情」となっています。この副題の通り、このコンサートで演奏される楽曲は、とみながやすゆきさんの作品を中心に、日本の著名な抒情歌と海外ルーツながらも日本で親しまれている抒情歌がとりあげられています。

 

▲ソプラノ 都呂須かおりさん。

 

はじまった第一部、ソプラノと都呂須かおりさんとフルートの高谷直子さんのペアでスタート。一曲目は、ドストエフスキーの短編「白夜」から着想を得た「白夜」と、とみながさんの故郷である徳島県三好市の山間部・祖谷山をテーマにした「祖谷山」。どちらもとみながさんの作詞作曲です。「白夜」では古都ペテルブルグを舞台にした恋愛が歌われ、「祖谷山」は「祖谷山」にある戦国武将三好一族配架の武将の館をモチーフに、古い日本の山村の鄙(ひな)びた風情に心を寄せた歌曲となっていました。

 

▲フルートの高谷直子さん。

 

3曲目は日本を代表する童謡詩人・金子みすゞの詩「かりゅうど」、4曲目は富田林出身の歌人・石上露子の詩「小板橋」、それぞにとみながさんが曲をつけたもの。「かりゅうど」は、小さな子どもの狩人が鳥たちが大人の狩人に撃たれて殺される前に、当たっても死なない杉鉄砲で撃って逃がすという愛らしい歌。歌う都呂須さんも柔らかな表情になっていたのが印象的でした。石上露子は、与謝野晶子・鉄幹の「明星」でも若き才能を発揮した歌人でしたが、不本意な結婚と夫の不理解により20年間も絶筆を強いられていたとのこと。「小板橋」は若き日の失われた恋の歌。

ここから続けて3曲は、高谷直子さんのフルートソロ。5曲目は作曲者不詳の讃美歌「アメイジンググレイス」。日本でもよく知られた歌詞は、イギリス人のジョン・ニュートンが奴隷貿易船の船長だった過去を悔いて作ったもの。6曲目は誰もが知る滝廉太郎作曲の「荒城の月」、7曲目は「どんぐりころころ」などでも知られる梁田貞作曲(作詞は北原白秋)の「城ヶ島の雨」。

 

▲メゾソプラノの高谷みのりさん。高谷みのりさんはフルートの高谷直子さんの姉にあたります。

 

ペアがメゾソプラノの高谷みのりさん、サクソフォンの船迫真衣さんに代わり、再びとみなが作品となります。8曲目「蓮花」は無くなった人を忍んだ一曲。サクソフォンのメロウな響きが印象的でした。9曲目「奥祖谷慕情」は、「祖谷山」と同じく三好市祖谷の情景を歌ったもの。続く2曲は堺に縁の深い二人の詩人の作品にとみながさんが曲をつけたもの。10曲目は女の子とぬいぐるみのクマが互いを思いやる心情をつづった「花子のクマ」、これは与謝野晶子唯一の童謡詩だそうです。11曲目は『わがひとに与ふる哀歌』で知られる詩人・伊東静雄の「春の雪」。

 

▲サクソフォンの船迫真衣さん。

 

続いては船迫さんのサクソフォンソロが3曲。12曲目が「朝日のあたる家」これは、イギリス民謡でアメリカのフォークソングともされ、ボブ・ディランやアニマルズなど多くのアーティストによってカヴァーでヒットした馴染みの曲です。13曲目はとみながさん作曲の「新・祖谷の子守歌」、14曲目は田中穂積作曲の「美しき天然」。「美しき天然」は、日本初の三拍子(ワルツ)とされ、サーカスやチンドン屋で演奏された懐かしのメロディ。日本歌謡曲のルーツともいわれます。
ここで第一部は終了。しばらくの休憩をはさんで第二部となります。

 

▲プロデューサーのとみながやすゆきさん。

 

第二部開始に先立ってプロデューサーのとみながさんよりご挨拶がありました。
その中で、第一部でとりあげた詩人伊東静雄のことを語られていました。伊東静雄は住之江区の中学校に勤め、堺市のこの会場近く、反正天皇陵のあたりに住んでいたそうです。
「教師として古事記を教えていた伊東静雄は、身なりにこだわらなかったこともありコジキというあだ名で呼ばれていたそうですが、萩原朔太郎に絶賛され、三島由紀夫が教えを請いに来たほどの詩人なんです。三島由紀夫最後の作品である『豊饒の海』一巻のタイトルは『春の海』なんです。堺でも伊東静雄の命日には菜の花忌が行われていますが、故郷の諫早市では現代詩の伊東静雄賞が設けられています。堺の人も応援してほしい」
とのこと。
また、「みささぎコンサート」は今回で最後になるという残念なお話も。これまで5回続けてこられたというのは、大変なことだったでしょう。

 

▲第二部。高谷みのりさん高谷直子さんのペア。

 

第二部のスタートは、メゾソプラノの高谷みのりさんとフルートの高谷直子さんの姉妹ペアから。15曲目の「草笛」は、とみながやすゆきさん作詞作曲で一人称の情景描写が際立っています。16曲目は金子みすゞの詩「たけとんぼ」にとみながさんが曲をつけたもの。郷愁を感じさせる2曲でした。
続いてソロパートです。まずは高谷直子さんのフルートソロ2曲。17曲目はアイルランド民謡の「ロンドンデリーの歌」。「ダニーボーイ」など様々な詞がつけられ世界中で親しまれている一曲。18曲目は「宵待草」。これは竹久夢二の詩に感動したヴァイオリニストの多忠亮が曲をつけたもの。
さらに船迫真衣さんのサクソフォンソロが2曲。19曲目は「船頭小唄」。野口雨情作詞・中山晋平作曲で、映画『雨情物語』の中で森繫久彌が歌った他、多くの歌い手によって歌われてきた日本歌謡曲です。20曲目は「浜辺の歌」。林古溪作詞・成田為三作曲で、これも誰もが一度は耳にしたことのある一曲でしょう。海外でも、よく日本的な曲として演奏されているそうです。

 

▲最後は全員で。全曲の伴奏を担当されたのはピアノの佐藤邦子さん。

 

クライマックスも近づいてきました。都呂須かおりさんが再登場して、21曲目はとみながやすゆきさん作詞作曲の「追憶」。四季の風景を織り込み過去の恋の思い出をつづった曲。22曲目は北原白秋の詩にとみながさんが曲をつけた「リンデンの葉」。
フィナーレは、「仲直り」。金子みすゞの詩にとみながさんが曲をつけたもの。アーティストにとみながさん、会場も含めて全員での合唱となりました。誰もが経験するような幼い日の友達との一コマをぎゅっと結晶化させたような一曲でした。

コンサート終了後に、とみながさんにコメントをいただきました。
「みなさんによく歌っていただき思いが伝わったと思います。基本的に気持ちが癒される曲を中心につくっていただきました。私自身も満足です。今回、これで終わって悔いることはありません。思いのたけを全て出し尽くしました」

さてこのコンサートを振り返ってみると、「堺によみがえる美しき日本の詩情」とうたっているように、このコンサートでは日本人が作った抒情歌と、日本の抒情歌に影響を与えた海外の抒情歌がとりあげられていました。
明治以降の日本が西洋の影響を受けながら作り上げていった音楽文化。その音楽文化は、当時の人々の日々の暮らし、海外へのあこがれ、様々な心象風景から日本独特の抒情歌を紡ぎだしました。その抒情歌を人々が口にすることで、新しい心象風景も生まれ、そこからまた新たに歌も生まれていく。先人たちの作品に誰かが曲をつけ、誰かが歌う。作り手がこの世を去っても作品は受け継がれていく。歌の中に描かれた風景の中には、もう日本から失われてしまったものもあるかもしれない。でも、作品に触れれば、古いレコードをレコードプレイヤーにかけた時のように、作品の中に閉じ込められた風景がよみがえってくるのです。この日のコンサートは、そんなサイクルの一環でもあったし、連綿と続いてきた抒情歌の源泉をたどる短い旅のようでもありました。

 


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