つるや楽器店 三味線発祥の町唯一の和楽器店(2)

 

黄金の日々。中世、国際貿易都市であった堺には、海の向こうから異国の文物が運び込まれした。堺はまるで錬金術の溶鉱炉となって、それらを受け入れると独自に発展させて日本文化の基礎を生み出します。その1つが琉球(沖縄)から伝わった蛇味線(三線)から生まれた三味線です。
実は三味線は、三線の皮が蛇から犬猫に代わっただけのものではなく、琵琶の共鳴機構「さわり」を取り入れたハイブリッド楽器でした。前回記事で、そんな話を教えてくださったのが、現在は堺で唯一の和楽器店である『つるや楽器店』の6代目石村真一郎さんと、父である5代目の石村隆一さん。今回は、和楽器店のお仕事についてお聞きします。

 

■関西の和楽器店は楽器コンサルタント

▲つるや楽器店の6代目になる石村真一郎さん。

 

――真一郎さんは先ほど皮を張るのに必要な糊をねっていらっしゃって、隆一さんには実際に皮張り作業を見せていただきました。それは職人としての仕事のように思えます。つるや楽器店のような、和楽器店では、どこまでが和楽器店としての仕事の範疇になるのですか?
石村隆一「まず、関西と関東では和楽器店の在り方が違うので、関西の和楽器店のお話をします。関西は分業制で、竿の職人さん、胴の職人さんと別になっています。小売店にも竿や胴の材料がおいてあって、お客様とどんな三味線を作るのかを相談するところから始めますが、お客様は材料だけを見てもわからないので、竿の完成品も置いてあります。どんな三味線にするのかを決めたら、職方に頼み、最終仕上げは小売店で行います」
石村真一郎「東京では工場制度にしたりしていますね」
――関西は堺の伝統的な分業制と同じですね。堺の包丁は鍛冶だけ、刃つけだけ、柄だけの職人さんがいますものね。
真一郎「その方が合理的です。コスト的にも。考えてください。胴だけ、竿だけを作って生活をしていけた方が、それぞれのレベルが高くなります」
――なるほど。関西の和楽器店は、専門職の職人さんたちを束ねて、お客様とつなぐ三味線のコンサルタントなんですね。三味線には色んな種類があるようですが、どんな違いがあるのですか?

隆一「竿は太棹から細棹まで様々あります。材質も練習用の花梨(かりん)から、紫檀(したん)、一番高い紅木(こうき)となっています。表面に虎目の線があるほど高級とされています。しかし、紅木はインド産ですがワシントン条約で輸入が規制されており、貴重なものになっています」
真一郎「胴の方も、中を丸く削っただけのものと、幾何学紋様を彫って音響効果をあげたものがあります」

 

▲中をくりぬいただけの胴と、幾何学紋様を彫り込んで音響効果をあげた胴。

 

――どうして、そんなに違いがあるのでしょうか?
隆一「目的がそれぞれ違うのです。同じ三味線を使う伝統芸能でも、歌舞伎では伴奏楽器です。文楽だと太夫と一対一になります。津軽三味線だと野外で大きな音を出します。逆に小唄は室内でつま弾きますので、四畳半の舞台でしんなりはんなりと」
――それは全然違いますね。
真一郎「お店では三味線のワンコイン講座をやっているのですが、人によって三味線をやりたいと思ったきっかけはそれぞれなんですよ。どんなことに興味がありますか? と尋ねると、津軽三味線がかっこいい、落語のお囃子に惚れ込んだ、阿波踊りで知った、河内音頭を櫓の上で弾きたい……千差万別です」
――色んなシーンで色んな三味線が活躍している。それだけ、三味線が日本文化の中に様々な形で溶け込んでいったという事なんでしょうね。

 

 

■三味線業界の苦難

▲左は乳首のある猫の皮、右は犬の皮。良い皮がなければ、本当の三味線の音は出せない。

 

――近頃は若い三味線奏者が人気を得たり、和楽器を取り入れたバンドも時折目にします。一方で、竿の素材が手に入りにくいというお話もされていましたが、三味線業界全体の景気や先行きとかはどうなんですか?
隆一「大変厳しいです。厳しいなんてものじゃない」
――若いファンが増えても厳しいですか?
隆一「今はインターネットのヤフオクやメルカリで簡単に三味線が手に入るでしょ。そうすると小売りや職方には仕事がこないじゃないですか」
――和楽器を支えてきた人たちを素通りして消費者の手に渡りますもんね。つるや楽器店さんのようなコーディネーターを経てないことで、粗悪品もまかり通りそうです。
真一郎「はい。もう一つ、材料が手に入らないという問題もあります。紅木のように、ワシントン条約で規制されている象牙や鼈甲(べっこう)だけでなく、犬猫の皮も動物愛護の観点から日本ではもう製造は無理です」
――三味線の皮は、日本では製造してなかったのですか。
真一郎「近年は東南アジアからの輸入です。東南アジアには、犬食の文化や、狂犬病の野犬の問題もあるからです。特に一時期はタイからの輸入が99%という時期もありました。日本からタイに技術指導にもいき、かなりレベルの高い皮が出来るようになっていました」
――東南アジアからの輸入品で支えられるなんて、南蛮貿易時代のようですね。これで、三味線業界としては一安心だったのですか?
隆一「ところが、その状況が一変したんです。今から7~8年前のことです。アメリカのメディアCNNでタイで犬が虐待されているというドキュメンタリーが放送されました。タイは東南アジアでも先進国という自負のある国です。一気に皮の生産が禁止されてしまいました。あわてて今度はお隣のラオスで生産するようになったのですが、ひどい皮が出回っています」
真一郎「それにこの2年間はコロナの影響もあって、まったく皮が入ってこなくなりましたね」
――海外に頼っていたことが裏目に出たんですね。
隆一「この問題については、業界として文化庁にもさんざん対応をお願いしていましたが、まったく進んでいません。人間国宝の芸術を支えていたのはタイだったのに」
真一郎「動物愛護の意識は年々高まっているので、そのうち海外には犬猫の皮を使った楽器は持って行けないという日も来るかもしれません」
――ファッション業界でも毛皮を使わないようになってきていますし、その懸念はあるでしょうね。人工皮革などによる代用は難しいのでしょうか?
隆一「合成皮革は開発されています。しかし、音がまったく違うんです。破れないのもいいと思いますが、音が悪い。開発されている方には申し訳ないけれど、あんなのは三味線の音じゃない」

 

▲息子真一郎さんが作った糊を丁寧に塗る隆一さん。

 

「三味線の音じゃない」。絞り出すような苦い一言でした。三味線発祥の地で160年間の歴史を積み重ねてきた専門店の重みを感じずにはいられません。
第3回の記事ではつるや楽器店の過去と、未来を担う6代目真一郎さんのお話を伺うことにします。

(第3回へ続く)

 

つるや楽器店
住所:〒590-0954 堺市堺区大町東3丁1−6
TEL :072-232-0521
web:http://tsuruyagakki.hp4u.jp/

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