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「カランドリエ ミュシャと12の月展」レビュー@堺アルフォンス・ミュシャ館(4)第1章”冬”

アルフォンス・ミュシャの一生を、彼にとって重要な記念日に注目して構成した、堺アルフォンス・ミュシャ館の企画展『カランドリエ ミュシャと12の月展』。この企画展で明らかになってきたのは、人間味溢れるミュシャの様々なエピソードでした。カランドリエ(フランス語でカレンダーの意)も4月から11月まで紹介し、いよいよ季節は最後の冬へ。一体どんなエピソードが待っているでしょうか?
案内人は、引き続き担当学芸員の髙原茉莉奈さんです。

 

■ミュシャの“冬”

 

――“人生が美しい自然を見捨てる”とメランコリックになり、“秋”の中でも10月を嫌ったミュシャでしたが、彼にとって“冬”はどんな季節なのでしょうか。
髙原「連作『四季』の『冬』を見てみましょう。ミュシャは頭から全身に布をかぶる女性を冬の女性として多く描いていますが、この作品の女性は手の中に、小鳥を描いています。冬の寒さに震える小鳥を、彼女が守り息吹を吹き込んでいます。ミュシャの故郷チェコは、オーストリア=ハンガリー帝国の統治から独立するまで長く辛い時代を過ごしました。“冬”の作品には、“いつか春が来る”というミュシャの希望が重なって見えます」
――苦難にあって見失わない希望や優しさ。ミュシャの描いたチェコの歴史がというと、《スラヴ叙事詩》ばかりが取り上げられますが、様々な作品の中に《スラヴ叙事詩》を構成しているものと共通する思想や感性のエッセンスがちりばめられているように思いますね。

 

●12月

▲《サラ・ベルナール》 1896年 リトグラフ、紙。

 

――月のシンボルである『ココリコ』誌の挿絵のタイトルは『霜』。冬の精霊のようなはかなげで怜悧な印象の女性が描かれています。さて、記念日は?
髙原「12月の記念日は、おまたせしました12月9日(1896年)の『サラ・ベルナールを讃える日』です。サラ・ベルナールは言うまでも無くミュシャを人気デザイナーへと導いた大女優です。そのサラを讃える祝宴が開かれた日です」
――サラの誕生日だったんですか?
髙原「どうもそうではなかったようです。色々調べてみたんですが、よくわかりませんでした。この祝宴には500名の参加者がいて、サラにちなんだ特別料理や、芸術家達によってサラのための作品が捧げられ、オーケストラは『サラ・ベルナール讃歌』を演奏しました。会食の後、ルネサンス劇場ではサラの特別興行が催されるという規模です」
――とんでもない規模ですね。まさにパリの女王。
髙原「ところが面白いことに、この500人の出席リストを調べてみたら、なんとミュシャは出席していないんですよ」
――2人の関係を考えると不思議ですね。
髙原「ミュシャはこの祝宴のためのポスターやメニューのデザインを行っているので、不仲だったわけではないでしょう。デザイナーとして多忙で、2ヶ月後には初の個展を控えていたため、欠席せざるをえなかったのかもしれません」

 

 

――関連作品展示は、ポスターとメニューですね。
髙原「メニューのデザインの完成品と習作を見比べてみると、かなり違っています。習作は凛とした佇まいのサラが描かれていますが、完成品では緩やかな姿勢で、周囲の女性にかしずかれています」
――女王然として、緊張から解放されたミュシャの作品らしいポーズになっていますね。どんな料理が出たのでしょうか。
髙原「当日のメニューが載っていたので翻訳してみましたが、サラやサラの作品にちなん特別メニューになっています。『ガトー・“サラ”』『ボンブ・“トスカ”(ドーム型アイスクリーム)』などなど、これがまた美味しそうで、見ているだけでお腹が減って困りました」
――“キジ肉のトリュフ入りヤマウズラ添え”なんて、味の想像もつかないですね。

 

▲ミュシャの故郷モラヴィアのクリスマス。

 

髙原「12月といえばクリスマスがあります。こちらはミュシャが描いた『モラヴィアのクリスマス』。ミュシャによると人生で最初の記憶はゆりかごの中で見たクリスマスツリーだったそうです」
――信仰を大切にしたミュシャらしいエピソードですね。故郷モラヴィアのクリスマスを題材にしたこの絵は1891年というと、まだブレイクする前の時代のものですね。
髙原「隣は1896年の『イリュストラシオン』誌のクリスマス特集号の表紙です。1896年と1897年の行く年来る年で描かれている2人の女性は、新しい年と古い年を象徴しているとされるのですが、資料によってどちらが新しい年でどちらが古い年なのかが違っていて、諸説あるみたいなんです」
――うーん。奥の暗い色調でかかれた女性が古い年じゃないですかね。装飾も色々あって、旧年は色々ありましたね。みたいな。前面の白い色調で横たわる女性はまっさらで、何よりも手に若木のような植物をもっているのが、これから目覚めて成長していく感じがします」
髙原「この垂直の植物のモチーフはミュシャが好んで描いています。やはり新しい年という感じがしますね。他にも手が表紙をめくろうとしている事で新年を表わしているなど、見所の多い絵になっています」

 

▲絵の左側にページをめくる手が描かれている。

 

●1月

▲《ジスモンダ》の舞台衣装として使用されたミュシャがデザインした蛇のブレスレット。

 

――1月の挿絵のタイトルは『雪』ときましたか。12月に続いてクールビューティーの女性です。では、記念日は?
髙原「1月1日(1895年)の『《ジスモンダ》が街に貼られた日』です。これもサラとそしてクリスマスに関係したエピソードがあります」
――ミュシャの出世作である『ジスモンダ』にどんなエピソードがあるのでしょうか?
髙原「1894年のクリスマスに、印刷業者ルメルシエのもとに、『ジスモンダ』の正月公演のポスターを作るように依頼がきます。しかし、クリスマス休暇だったのでミュシャ以外にはデザイナーがおらず、ミュシャははじめてのポスターデザインを行うことになったというものです。ただこれには異説もあります」
――異説が出るのもわかりますね。クリスマスに依頼して1月1日に街に貼られたとなると、どんだけ早くデザインが出来ても印刷と配布が間に合うかなぁ……という気がしますし。
髙原「ただ、ミュシャとサラの出会いが『ジスモンダ』を生み、ミュシャが人気デザイナーになるきっかけとなったということは、紛れもない事実です」
――展示は『ジスモンダ』のポスターと、劇中で使われた『蛇のブレスレット』ですか。何度見ても迫力のある2作品です。

 

●2月

▲2月の寒さが突き刺さる『北風』。

 

――2月の挿絵のタイトルは『北風』。ついにフードは顔も覆って、本当に寒そう。記念日は無しで、作品は?
髙原「1900年に制作された『四季』の『冬』です。1900年のシリーズには、それぞれ詩が添えられています。“眠る自然の静寂の中で氷霧から身を守る冬”」
――10月に自然が失われていき、ずっと自然が眠りつづけている冬。ミュシャにとって“冬”は自然の目覚めを待つ季節なんでしょうね。2月コーナーは駆け足で終了。

 

 

■ミュシャの“春”の兆し

●3月

▲『眠れる大地への春の口づけ』(一部)。垂直に持つ植物は、ミュシャにとってこらから芽吹く命の象徴なのではないだろうか。

 

髙原「4月から始まった展示もこれで一周。3月になって、自然の目覚めの季節がやってきます」
――3月の挿絵は『にわか雨』。自らの膝に頬杖をついて身を乗り出すような少女は、春の到来を待っているようです。
髙原「取り上げた作品は、『眠れる大地への春の口づけ』です。日光の精が眠れる大地を目覚めさせるという難しいテーマを作品にしています。これはミュシャ晩年の1933年の作品ですが、若い頃から好んで描いたテーマです。注目は眠っている大地が手に持つ垂直の植物です」
――これは12月の“行く年・来る年”と同じじゃないですか。とすると、やはり眠っている女性が新しい年で正解でいいのでは?
髙原「そして最後の記念日は、3月15日(1909年)で『娘ヤロスラヴァが生まれた日』です。ヤロスラヴァはチェコスロヴァキア共和国の紙幣や《スラヴ叙事詩》といった作品でもモデルを務めています。ヤロスラヴァという名前はチェコでは一般的な名前で、“jaro”は“春”を意味し“slava”は“お祝い”を意味します。日本人ならさしづめ“春子”さんでしょうか」
――春恵さんかな?(笑) なんにせよ、春の始まる3月で終わるのに、ぴったりの題材ですね(笑)

 

▲《聖母:ヤロスラヴァ・ムホヴァの肖像》 1928年 鉛筆、紙。チェコ語はでは固有名詞も男女で変格し、アルフォンス・ミュシャはフランス語の読みで、チェコ語だとムハになるところ、女性だとムホヴァとなるとか。

 

会場:堺アルフォンス・ミュシャ館
開館時間:午前9時30分から午後5時15分(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(休日の場合は開館)、休日の翌日(2月12日、2月24日)
観覧料:一般510円(410円)、高校・大学生310円(250円)、小・中学生100円(80円)
*( )は20人以上100人未満の団体料金

 

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