「透明回線 ART Exhibition 『SAKAI』」レビュー
堺市の文化観光施設・さかい利晶の杜で顕彰されている2人の偉人、千利休と与謝野晶子には、茶人と歌人という職業上の肩書きがつけられています。それはむろん間違いではないのですが、2人の業績に触れれば触れるほど、2人の偉大さの本質は、茶人・歌人という言葉だけでは言い表すことは出来ず、いっそ「アーティスト」と言い切ってしまった方がしっくりくるようにも思えます。
そんな印象もあって、さかい利晶の杜で「透明回線 ART Exhibition 『SAKAI』」と銘打ったアートの企画展を開催すると聞いて、違和感や意外感よりも「なるほど」と膝を打つような納得感がありました。しかし、それにしても歴史上のアーティストに挑戦するような企画を引き受けた透明回線とは一体どんなアーティストで、どんな作品を企画展で発表してくれるのでしょうか? 一般公開に先駆けて2020年9月18日に行われた内覧会にお邪魔してきました。
■文化・歴史が交差する町「堺」
さかい利晶の杜の企画展会場へ到着すると、担当の職員・広畑智巳さんから主旨説明がありました。
「堺は、文化・歴史が交差して生まれた町で、今でも色んな文化や芸術が交差しています。この多面的、多元的な町を表現できる若いアーティストとして透明回線さんに作品制作をお願いしました」
関西のアートファンなら、透明回線のことは既にご存じで、どこかで作品を見ているかもしれませんね。
透明回線は、大阪芸術大学出身の3人のアーティストによるクリエイターグループです。関西を中心に、ライブペイントやプロジェクションマッピング、MV制作やアニメーション制作などでも活躍されています。メンバーは、ペイント・デザインのうきちさん、ペイント・イラストのSHUNさん、映像・音響のとしおさんの3人です。
まず最初に紹介されたのは今回の企画展以前に制作した作品4点でした。
4つの作品はどれも、曲線で仕切られたカラフルな色彩の中に、動物、女性が混在しています。デジタルでしか描けない線をアナログで表現し、何重ものレイヤー(階層)による画面構成に遠近感が狂わされ、平面の作品なのに立体作品のようにも感じられます。
なるほど、透明回線の作品自体も要素や視点が交差しているようです。まずは名刺代わりの作品4点というところでしょうか。
お隣からは、いよいよ企画展用に描き下ろした新作の展示となります。
「地元ゆかりのイベントだからといって、寄り添いすぎないように注意して、ぼくたちのフィルターを通してカッコイイを詰め込んでいけたらと思いました」
大阪芸術大学に在学していた3人にとって、堺は遠くはないけれど、決して深い関係にあったわけではない町だったようです。しかし、今回の企画のために堺について、かなり学ばれたとのこと。
「千利休と与謝野晶子は現代でも通じる、今でも新しい存在です」
と、うきちさんたちは2人の偉人を評価します。現代のアーティストが、堺や偉人達をどのように昇華したのか、作品への期待が高まります。
■時代を越える晶子と利休
「晶子さんは、ファッションに関心があっておしゃれな人。強い女性のイメージ、そして愛煙家のイメージがあります」
まずは与謝野晶子をイメージして作られた3つの時代の3連作。3つの時代と共に、それぞれの時代の女性、動物、そしてデジタルで描かれた一本の線でつながっているという曲線で画面が構成されています。
「各時代を生きる女の子を描いています。時代とともにものは変っていくけれど、その中でも変らない文化がある。人は変わっていくけれど、変らないものとして動物を描いています」
取り上げられた三つの時代とは、「大正時代」「70~80年代」「現代」の三つ。与謝野晶子が活躍した大正時代、日本に強い一体感があった時代として「70~80年代」、そして現代が取り上げられています。この時代を描いた理由をSHUNさんはこう言います。
「今はなんでもあって、味が拡散している時代です。ぼくは実際には体験していませんが、70年代80年代は一体感があった時代だったと思うのです。それが単純に良いとも悪いとも言えませんが」
確かに70年代には大阪万博があったし、80年代から90年代ぐらいまでは誰もが見るTV番組や誰もが知るヒット曲がありました。今は趣味のジャンルも増え、どんな情報源にでもネットで容易にアクセスすることができます。それぞれが好きな事に自由にのめり込めるようになり興味が細分化されたため、大正時代の晶子さんや、80年代の女優やアイドルのような時代を象徴するような人物は出にくくなっているかもしれません。
晶子連作の対面にあるのは、もう1人の偉人千利休をイメージした作品です。
「千利休はめっちゃ面白いと思いました。当時のカリスマで、黒が一番カッコイイと言い出した。今の日本でも、ヨージ・ヤマモトやコム・デ・ギャルソンが黒をカッコイイとしたのに通じるものがあります」
こちらの作品も、利休と二重写しに女性、動物として黒豹、カラフルな曲線で構成されています。
「利休と現代に生きる女性が同じポーズで座っています。利休が好んだ利休鼠(りきゅうねず)と言われる緑、黄金の茶室の黄金、そして利休が一番カッコイイとした黒を使っています」
好きでネコ科の動物を良く描くといううきちさんですが、権力者にも屈しなかった千利休に不敵な黒豹のイメージは、なるほどピッタリのように思えます。そして膝をたてて座る現代の女性の眼差しは、物憂げにも思案げにも見えます。静謐の中にも獰猛な力、強い意志が感じられる作品……こちらも中世と現代、実在した人物とイメージが交錯する作品で、文化と歴史が交差する町・堺をテーマとした今回の企画展らしい作品です。
そして、集大成ともいうべき巨大な作品がもう一作あり、こちらは壁面を覆うほどの大迫力のサイズです。虎と女性の横顔が大きく描かれたこの作品には、一見すると与謝野晶子や千利休といった堺らしい要素は見当たりませんが、どういう意図が込められているのでしょうか。
「こちらは最後に描いた大作です。みだれ髪、晶子さんの好きだった紫、利休鼠など、今回の企画の要素をまとめてみました。私たちの代表作ともいえる作品を作りたい。お客様に大きな作品を生で見てもらいたいという気持ちもありました」
この企画展の展示は、展示ケースの中に入っていません。ガラス越しではなく肉眼で間近に作品を鑑賞することが出来ます。画像越しガラス越しでは分からない細かな所にも注目して、描いた時の筆遣いまで想像したりするなんて楽しみ方も。
企画展はこれで終りではありません。お隣にもう一室展示室があるのですが、こちらは少し違った趣向が用意されていました。
■現代にアプローチするアート
お隣の展示室されているのは、としおさんが担当した立体作品によるインスタレーション(空間展示)です。額縁のような白枠が水平に配置されたもの、垂直に配置されたものなどが、オブジェのように配置されており、画像が投影されています。
「これは立体の日本庭園になっています。足下にあるものは、飛び石になっていて踏んでもらってもかまいません」
飛び石の先にあってトンネルのように水平に配置された白い枠は、そうするとにじり口であり、茶室なのでしょう。投影されている画像は、茶室の3Dデータなのだそうです。
そして、白枠が垂直に配置されたオブジェは、手水鉢という塩梅でしょう。このオブジェを上から覗き込むと、角度によって文字が浮かび上がってきます。
なるほど、この空間全体が茶室に見立てられているというのが、このインスタレーションの正体のようです。
今でこそ「伝統的」というカテゴリーに入れられてしまいがちな茶道ですが、利休とその師匠や弟子達の時代には、茶人同士がしのぎを削り、弟子は師匠超えを目指し、新境地の開拓を目指す前衛的な芸術運動だったように思います。もし、千利休が今の時代にいて、デジタル技術に触れたなら、彼の茶の湯にそれを加えたでしょうか? そんな想像もしてしまう作品です。
内覧会には会期中の関連イベントに出演される、FM802 のDJばんちゃんこと、板東さえかさんも姿を見せていました。板東さんは堺市出身で透明回線の大学の先輩にあたり、実は今回の企画展でさかい利晶の杜と透明回線をつないだキーパーソンだったのでした。板東さんは、どうして透明回線を推薦したのでしょうか? 一言メッセージをいただきました。
「堺市の魅力を(私の)おしゃべりとは違う角度でアピールしてもらえるアーティストだからです。大学の先輩と後輩とか、今までの関係性もありましたし、これまでになかったような見てかっこいい、アプローチが出来たらいいと思ったんです」
たしかに、いつもとは違う切り口で与謝野晶子と千利休に触れることができた今回の企画展の展示です。アートの世界から透明回線のフィルターを通して、2人の魅力に気づく人も少なくないことでしょう。板東さんの目論見は、きっと達成されるのではないでしょうか?
それにしても、残念な事といえば、この企画展に限ったことではないのですが、せっかくこれだけの中身のある情熱を注いだ企画展であっても、コロナ禍によって客足が遠のいていることです。さかい利晶の杜は文化観光施設として国内外のお客様がよく足を運ぶ施設でした。通常であれば、遠方のお客様にも堺の魅力、千利休・与謝野晶子の魅力、現代日本のアートの魅力も感じてもらえる所でした。緊急事態宣言が解かれた後も、元通りとはいっていないようです。
こうしたコロナ禍の現状を踏まえた上で、企画担当の広畑さんが最後に言った、こんな言葉が印象に残りました。
「こんな時だからこそ、公共施設の使命というものを強く感じます。それは心の栄養素を得てもらうことです。それが公共施設の使命、博物館の使命です。博物館で心の栄養素を得て、また日常の中に戻っていくこと。それが大事ではないでしょうか」
コロナ禍が蔓延して以来、文化芸術分野は「エッセンシャル(必要不可欠)」ではないと、真っ先に切り捨てられてしまったきらいがあります。感染予防のために何らかの措置が必要であるにせよ、一時期はあらゆるイベントが中止され、アーティストも、会場も、関連する人々は、作品発表の機会と糧を得る術すら失ってしまいました。そんな時だからこそ文化芸術は必要不可欠なのだというメッセージを公共施設が発してくれたことは大きな事だったのではないかと思います。
またそんなアートにとって危機的な時期だからこそ、戦乱の時代に茶の湯を確立した千利休、女性参政権すら無かった時代に狼煙をあげた与謝野晶子といった反骨の先達を、このタイミングで透明回線が作品化してくれたことは、大きな意義があり、今後に残ることではないかとも思うのです。
透明回線
https://www.towmei.com/
MAIL : siunsline@gmail.com
さかい利晶の杜
堺市堺区宿院町西2丁1番1号
072-260-4386
http://www.sakai-rishonomori.com/
開催期間 令和2年9月19日(土)~10月18日(日)※期間中休館日なし
開館時間 9時~18時(最終入館17時30分)
観 覧 料 大人(大学生含む)300円、高校生200円、小中学生100円
※上記観覧料で「千利休茶の湯館」「与謝野晶子記念館」もご覧いただけます。