ミュージアムへ行こう! 企画展「千年の宇宙ー手のひらの中の宇宙 宇宙の中の人類ー」レビュー (2)
堺市の文化観光施設さかい利晶の杜では、オープン5周年記念企画として、2020年2月22日から3月22日まで、千家十職の樂家15代目樂直入さんと、宇宙飛行士の土井隆雄さんを取り上げた企画展「千年の宇宙ー手のひらの中の宇宙 宇宙の中の人類ー」が開催されています。
企画担当の川嶋博之さんは、まだお互いに会ったことのない2人の間を行き来しながら、3年かけて企画を練り上げてきました。
前篇では企画を作り上げた経緯をお聞きしましたが、後篇では、実際の展示について紹介してもらうこととしましょう。
■タブーを破った二つの茶碗
3代前・90年前の土で作陶し、3代先・90年後の後継者のために土を作っているという樂家。450年の歴史がある樂家の窯は独特の形をしていて、外窯の中に内窯があり、一碗ずつ焼きます。この窯焼きの様子はパネル展示されています。
川嶋「この窯では酸素と強く反応して、1000度から1200度にもなる。かけた釉薬が真っ白になると1200度。それを取り出して外気にさらすと、それだけで急冷されるので、やがて黒釉の色が現れて黒樂が完成します。樂焼きは、ろくろを使わずに手でこねて、へらで削って形を作ります。そこまでは人間の業ですが、窯の中から焼く所は自然の力に任せられて、どうなるかはやってみないとわからない。ひとつの宇宙の創生と15代はおっしゃっています」
――こちらに展示されている石はなんでしょうか?
川嶋「樂家が釉薬を作るのに使っている石で、これを砕いて粉末とし釉薬にして黒樂になります。京都市内を流れる鴨川の上流でとれる加茂川石と呼ばれていて、地質学的には輝緑凝灰岩という古生代から中生代に生まれた石です」
――古生代の石と聞くと、なおさら宇宙の一部を使って、器を焼いているんだという感じがしますね。
川嶋「加茂川石を釉薬にして焼いた黒樂を二つお借りしてきました。こちらは、黒い釉薬の形が天をかける馬のようだというので、中国の詩人李賀の詩から銘を「吹馬」と名付けられました(前篇1枚目の写真)。陶器は焼き上がると1割ほど小さくなりますし、どんな仕上がりになるかわからないので、焼いてから銘をつけるのです」
――焼かないとわからないというのも、人間の手の及ばない所ですね。もう一つの黒樂はどういうものなのでしょうか。
川嶋「黒樂ではじめて金と銀を使った作品です。金や銀を黒樂で使うのはタブーとされていて、評価も多様でした。しかし、樂さんは非常な決意をもって作られたそうです。樂さんは、金剛流の能楽をされているのですが、世阿弥の「二曲三体人形図」から、その時の心情を銘として「砕動風鬼」(かたちは鬼であるが、心は人であるから、心身に力を入れずに細やかに動きを砕く)と銘を付けられたそうです。ある意味鬼にあこがれて作られた作品ではないかと」
――この二つの黒樂は見応えがありますね。美術館的な見方としても面白いし、この加茂川石と並べてあるところで博物館的な見方をしても面白いですね。
川嶋「こちらのパネルは、ハッブル宇宙望遠鏡で宇宙深部の様子を捉えた写真なのですが、横に並べているのは黒樂「砕動風鬼」の拡大写真なんです。すごく似ていると思って並べたのですが、樂さんに写真をお見せしても、あっさりした反応しかしてもらえませんでした(笑)」
■千年後に叶う夢
――土井さんの展示は理系らしく、ノートの展示がいくつもありますね。
川嶋「土井さんが三国丘高校の2年の時に、火星大接近があって、その観測ノートです。土井さんの火星のスケッチは、現在の天文学から見てもハイレベルな観測だそうです」
――後に超新星を二つも発見したという片鱗が見えますね。
川嶋「土井さんからは、訓練の時にジェット飛行訓練で使用したヘルメットやスーツ、それに国際宇宙ステーションで実際に使用したクルーノートブックもお借りして展示しています。宇宙飛行士というのは、不測の事態が起きた時に、他の人のフォローが出来るように、同時にいくつもの任務を果たせることを求められます。なので、ジェット飛行機の操縦訓練もされているんです」
――宇宙飛行士には、専門職のようなイメージがありますが、幅広い知識か技能がもとめられるのですね。
川嶋「現在京大で有人宇宙学の教鞭をとって、学生に教えられているのですが、土星の衛星タイタンで暮すとして、どんな能力が必要で、最小でどれぐらいの人数が必要なのかを学生に考えさせたりしているそうです。土井さんによると、それは150人ぐらいではないかというのです」
――そういえば、人間が互いの顔を知って活動できるのが100人ぐらいと言われてますね。
川嶋「質問したことがあるんです。宇宙で共同生活をするのに、国柄というのは関係するのかと。するとまったく影響しないと言われました。不測の事態があった時に、こうしたらいいというアイディアはチームワークから出てくるのだそうです。宇宙という何が起こるかわからない場所で、不測の事態が起きてもアイディアを出して、社会を維持していくだけのことをするには150人が必要だという話でした。この有人宇宙学の教科書もお借りしたいと思ったのですが、まだ出来ていないそうなんです。出来上がったら、世界中に広めたいとおっしゃっていました」
――教科書を今作っている所で、まだ有人宇宙学も、緒に就いたばかりなんですね。
川嶋「一体、あとどれぐらいで人類は普通に宇宙で生活できるようになるか、いつになるかわからない。それこそ千年ぐらい先の話かもしれません。それでも土井さんは、日々研究を進め、後進を育てられているのです」
■若者たちに見てもらいたい展覧会
川嶋「今回の展覧会の入り口すぐ近くには、土井さんの後輩である三国丘高校天文部から西播磨で撮った天ノ川の写真をお借りしてパネルにしています。このパネルでは、堺で古墳時代に須恵器の粘土を採掘していた遺跡の写真と宇宙ステーションの写真も並べ、和歌や詩も掲載しています」
――どうして和歌や詩を掲載されたのですか?
川嶋「掲載した作品の中で、天ノ川の枕詞として「かささぎの渡せる橋」という言葉が使われ、漢詩に優れた源順(みなもとのしたごう)は「銀河」という言葉を使っている。またノーベル賞受賞者の湯川秀樹さんは、研究されていた中間子を、仮の宿という意味の「逆旅」という言葉で短歌に詠んでいます。若い人たちに、理系や文系に分れる前に、古代から今にいたるまでの日本人の夜空に向けた眼差しを知って欲しいと思ったのです」
――三国丘高校天文部の写真を使ったのも、そういうメッセージがあるのですね。土井さんからの継承という意味でも象徴的です。
川嶋「天文ファンからスタートして、宇宙飛行士になり、有人宇宙学の教授になった土井さんは、宇宙に向かってどんどん開いていく人です。一方、長い伝統の中にありながら、新しい道を切り開いていく樂さんは、宇宙が手のひらの中に収斂していくようです。視点はまるで違うけれど、宇宙を感じることが出来る2人ではないでしょうか」
――川嶋さんは、宇宙深部の写真と黒樂の精密写真がそっくりに見えるとおっしゃってパネル展示をされていますが、極大と極小がつながるというのは、どこか仏教の曼荼羅的なイメージがしますね。フラクタル構造(全体の中から一部を取りだして拡大してみても、全体とそっくりに見える構造)を宇宙と黒樂の中に見いだされたのでしょう。分野の違うように見える樂さんと土井さんのお2人が出会って対談してはじめてこの企画は完成すると思います。対談が楽しみですね。
不思議な取り合わせに思えた、樂家の樂直入さんと、宇宙飛行士の土井隆雄さんですが、意欲的な展覧会で、対談も楽しみです。
また、さかい利晶の杜では5周年記念プログラムとして、与謝野晶子記念館と千利休茶の湯館で、それぞれ特別展示を行っています。初公開となるものや、常設とは違う展示が行われていますので、企画展と合わせてこちらも見られるのはどうでしょうか。
※コロナウィルスの予防のため、樂直入さんと、土井隆雄さんの特別対談の中止が決定しました。
堺市博物館
堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内
072-245-6201
○開催期間:令和2年2月22日(土)~3月22日(日) ※休館日3月17日(火)
○開館時間:午前9時~午後6時(最終入館午後5時30分)
○会場:さかい利晶の杜 企画展示室(2階)(堺市堺区宿院町西2丁1-1)
○協力:公益財団法人樂美術館
京都大学宇宙総合学研究ユニット
大阪府立三国丘高等学校
特別対談 (中止)
樂 直入(陶芸家 樂美術館館長)と土井隆雄(宇宙飛行士 京都大学宇宙総合学研究ユニット特定教授)による特別対談を開催いたします。
○日時:令和2年3月20日(金・祝)午後1時30分~午後3時
○場所: ホテル・アゴーラリージェンシー大阪堺(堺市堺区戎島町4-45-1)
○定員: 200人(定員になり次第締め切ります)
○料金: 2,000円(展示観覧券、立礼呈茶チケット含む)
○申込方法
参加する方のお名前、TEL、FAX、メールアドレスをご記入の上、さかい利晶の杜ホームページ予約フォームもしくはメール・FAXにてお申込み下さい。
web予約ページ:コチラから
FAX :072-260-4725
メール :event@sakai-rishonomori.com
○申込開始: 令和2年1月20日(月)午前9時より申込開始
※参加費は2月22日(土)よりさかい利晶の杜にてお支払いいただけます。
お支払い後、企画展・立礼呈茶は企画展開催期間中、いつでもご利用いただけます。(お一人様1回限り)
※対談当日は、ホテル・アゴーラリージェンシー大阪堺でもお支払いいただけます。
※お支払い後のキャンセルはできません。