「ミュシャとチェコ・デザインの世界」レビュー
日本で一番アルフォンス・ミュシャの作品に親しんでいるのは堺市民かもしれません。堺の偉人・与謝野晶子を通じてミュシャを知った人もいれば、あるいは世界最大級のミュシャコレクションを持つ堺アルフォンス・ミュシャ館を訪れた人もいるでしょう。しかし、ミュシャがチェコスロバキア人である事を知る人はどれだけいるでしょうか? そしてチェコ・デザインに触れたことがある人は?
ミュシャとチェコのリングをつなぐように、堺市立東文化会館では「ミュシャとチェコ・デザインの世界」展が開催されていました。なんと、今回この展覧会を、岸田隆夫館長と自らのコレクションから数多くの展示品を提供した南明弘さんのお2人に案内していただけることになったのです。
■ミュシャを浴びる
ギャラリーに入ると大きな作品「黄道12宮」がお出迎え。壁面にはずらりと馴染みのあるミュシャ作品が並びます。
岸田隆夫(以下、岸田)「全てレプリカなのですが、ミュシャの主要作品が出世作の『サラ・ベルナール』『ジスモンダ』からはじまって、年代順に展示してあります」
--レプリカとはいえ、大判の作品がこれだけ並ぶと壮観ですね。
南明弘(以下、南)「説明のキャプションは文章を岸田館長が全部考えて、デザインは僕がやらしてもらいました」
--どういう経緯があって、今回の企画展を開催したのでしょうか?
南「堺には堺アルフォンス・ミュシャ館がありますが、ミュシャをもっと知ってもらおうということで、1年に1回当館でミュシャ関連の企画展をやることにしているのです」
--なぜ東文化会館で?
南「東文化会館には施設としてこの大きなギャラリーがあります。大きなギャラリーを活かした大きな展示をしようということがあります」
--確かに。他の区の文化会館のギャラリーに比べても、ここのギャラリースペースはかなり大きいですね。
南「以前、東京の国立美術館で『ミュシャ展』をやった後に、『スラブ叙事詩』(連作)のデジタル展示をしました。『スラブ叙事詩』はかなり巨大な作品で一つ6mとか8mとかあります。実物の1/4の大きさでプロジェクターでギャラリーの壁に投影しました。
アールヌーボーの旗手として、パリで名声を得たミュシャでしたが、当時オーストリア帝国に支配されていた故郷チェコスロヴァキアの独立運動に共鳴し、チェコスロヴァキアに帰郷します。ミュシャは独立後のチェコスロヴァキアのために紙幣や切手のデザインを引き受け、チェコスロヴァキアを含むスラヴ民族の苦難の歴史を壮大に描いた《スラヴ叙事詩》の制作に取りかかります。
しかし、チェコスロヴァキアに進攻してきたナチスドイツによって、すでに病身だったミュシャは尋問を受けたために寿命を縮め、《スラヴ叙事詩》は未完成に終わります。
南「ミュシャ関連で、唯一私が出したものがこちらにあるミュシャデザインの紙幣の印刷見本です。よく見ると穴が開けてあるでしょう。印刷見本で未使用だから綺麗な状態です」
--この紙幣はもう使ってないんですよね。
南「ええ。1927年のものです。今はコレクターアイテムですね」
さて、企画展の後半は、南さんのコレクションの数々が展示されている「チェコ・デザインの世界」を見ていきましょう。
■アートすぎる!? チェコ・デザインの世界!!
--これはなんですか!? 切手じゃないですね。
南「これはマッチラベルです。チェコは共産主義になったでしょう。国の政策としてマッチを作っていたのですが、このラベルがとても面白いデザインなのです。英語が書いてあるものは、輸出用になりますが、これはあまり面白くない。面白いのは国内用ですね。歯を磨きましょうとか、生活啓蒙のためのものがあったりする。かと思えば、1960年の宇宙開発関係でロケットが飛んでいるものもある」
--この小さなスペースに面白いデザインが詰まってますね。これも全部南さんのコレクションですか?
南「1000枚以上あると思います。シートになったものがものがコレクションとして出回っているんですよ。切り離されたものはばら売りで安く売ってるものですね」
--マッチ箱ひとつとって、こんなにお洒落だとは……。
南「こちらのコーナーは映画ポスターですが、チェコの映画ポスターも面白いですよ」
--これ黒澤明の『羅生門』のポスターですか!? すごい。めちゃくちゃカッコイイじゃないですか!
南「デザインはすごいでしょ。さて、チェコに中身まで伝わっていたかなのですが」
--口がデザインされてるのも、誰が嘘をついているか、ということを表わしているのでしょう。『羅生門』の内容を踏まえて作られていますよね。横の日本版ポスターの作り方と全然違いますね。
南「他のミュシャ展でもチェコ・デザインのものが展示されていたのですが、日本版ポスターと並べてはなかったんですね。並べると面白いんじゃないかといって館長と話をしましてね。私がもっているポスターは出したのですが、持っていないものはネットで探してお借りしてきました。他のも面白いですよ」
--『俺たちに明日はない』も『人形の家』も、どれもこれも全部アーティスティックですね。アメリカのデザインともまた違う。
南「今回展示しているチェコの映画ポスターではカレル・タイスィクというデザイナーの作品が多いのですが、チェコでは有名なデザイナーのようですね」
南「こちらはチェコのブックデザインのコーナーです。日本でもファンの多い作家カレル・チャペックと、装丁を手がけたヨゼフ・チャペックのチャペック兄弟ですね。ここにあるものは全て初版です」
--チャペック兄弟か。このデザインも独特ですね。これもすごいコレクションですね。
南「もともとは、チェコ絵本を集めにいったのですが、当時はチェコブームが起きる前でね。値段も非常に安かったんです。絵本もこの絵本の原画だからと、原画付きで買わされたりしました」
--それも豪快な話ですね。しかし、他の展示を見ても、チェコのデザインは、非常に独特ですね。どうしてこのようなアートがチェコに華開いたのでしょうか?
南「チェコは共産圏となって東側のロシア・アヴァンギャルドの影響を受けていますが、丁度東と西の間にあって西の影響も受けています」
--その前の世代としてミュシャがいますが、その影響は受けているのでしょうか?
南「ミュシャはナチスに抵抗して尋問を受けて死にますが、それより若いヨゼフ・チャペックもナチスの収容所に入れられて死亡します。ロシア・アヴァンギャルドの影響を受けたそれより若い世代にしてみると、ミュシャは古い古典になります。若い世代は厳しい検閲を受けながら、制限のある中で表現を磨いてきました。チェコのアートは非常に重層的になっていると思います」
ミュシャが死んだ……殺されてからも、彼が未完の《スラヴ叙事詩》で表現したようにスラヴ民族の苦難の歴史は続いていた。その苦難は砥石のようにチェコ人アーティストたちのアートを研ぎ澄ましていったのかもしれません。
専門の美術館のない堺市でこれだけの規模のミュシャを一度に見る機会もめったにないことですが、加えてこれだけ充実したチェコ・デザインを見ることも難しいでしょう。今回の企画展は、ミュシャファンならずとも足を運んで欲しい企画展ですね。
日時:2020/09/05(土)〜2020/09/27(日) 展示10時00分~18時00分
9月9日、16日、23日は休館日(水曜日)の為休み
会場:堺市立東文化会館 2階ギャラリー
料金:入場無料
主催:堺市立東文化会館
〒599-8123 堺市東区北野田1084-136
TEL072-230-0134 FAX072-230-0138
【休館日:水曜日(祝日の場合は開館)・年末年始(12月29日~1月4日)】