インタビュー

大内秀之 世界一を目指すパラクライマー(3)

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大内秀之

profile
兵庫県川西市出身。
パラクライミング日本選手権車椅子部門を部門創設の2016年から3連覇中で、世界選手権制覇を目指す。堺市健康福祉プラザ職員。一般社団法人フォースタート理事。社会福祉士。
パラクライミングの車椅子部門の日本選手権3連覇中の大内秀之さんにインタビューをしています。前篇・中篇では、大内さんとパラクライミングの出会い、参加者が規定人数に達せず残念な結果に終わった世界選手権の挑戦、対戦相手でも応援するという競技の魅力などを語っていただきました。
後篇では、ずっと時間を遡って大内さん誕生の時から、半生を語ってもらいました。
■一番言ってはいけないことを言ってしまった
大内さんの人生は、ある助産師さんの気づきから始まりました。
「僕は生まれた時に脊髄にガンがあったんです。助産師さんがまず異変に気づいてくれて、体を洗う時にこの子は足の反応が無いと気づいたんです。精密検査をしてみたら、脊椎の胸椎11番、丁度おへその裏にガンがあった。神戸大学医学部で背中を切ってガンを取ったんですが、左の腎臓にガンが移転していて、今度はお腹を切って左の腎臓を摘出しました。赤ん坊の時って、細胞分裂が一番活発な時期なので、医師は(寿命は)5才までちゃうかと言っていたそうです。しかし、その後運良く処置も良かったおかげもあって、ガンは再発しませんでした。20才までは毎年検査をしていたのですが、20才まで発症しなかったら、それ以降発症するのは普通の成人がガンになるのと同じだからと」
その20才を迎えるまでを大内さんはどのように過ごしてきたのでしょうか。
「僕は幼稚園も障がいのない人たちと一緒の所に行っていて、幼稚園、小中高大と通いました。養護学校や支援学校に行った事が無い。だから、明らかにできないことが増えていった幼少期でした。みんなが走り回れる時に、走り回れない。遊びに行こうってなると、みんなは自転車だけど僕は乗れない。でも家族には弱っている所を見せたくなかった。生んでくれて育ててくれている家族に申し訳ないという気持ちがあったからです。学校では何があっても、なるべく楽しかったって言いたい子どもでした」
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▲笑顔の絶えない大内さん。昔を振り返ると「学校では何があっても、なるべく楽しかったって言いたい子どもだった」。
そんな大内さんにとって転機になる出来事が起きたのは、そろそろ進路を考えなくてはいけなくなった高校2年生の頃の話でした。
「僕は学校では、やんちゃな子たちとの方が仲が良かったんです。お互いマイノリティ同士というのがあって。彼らと大内をどうやってバイクに乗せようかとか、そんなことをしていたら、ある日母が僕の部屋にやってきて、なぜそんなことをするんだって言うんです。その時、つい『なんでこの体に生んだんだ』って言ってしまったんです。言った瞬間、母は泣きました。号泣ですよ。一番言ってはいけないことを僕は言ってしまった。母親を泣かせてしまった。そこで反省です」
――それまで両親に、そういった事を言ったことは無かったのですか?
「無かったです。ずっと気を遣っていました。障がいがある小さい子って、気を遣っているんですよ。親が思っている以上に。だって、父母が頑張っている姿を一番見ているでしょう」
ずっと気を遣ってきた子どもだっただけに、自分の一言で母親を泣かしてしまったことが、大内さんの気持ちを改めさせました。それまでまともに考えていなかった進路について、真剣に考えるようになりました。
「宇宙飛行士になりたいとか、お坊さんになったお経を読んで金儲けしたいとか、バイキンマンになりたいとか、それまでは何も考えてませんでした。でも自分にしか出来ないことは何かって考えた時に、自分にしか出来ない福祉ってないかなと思ったんです。僕は今まで福祉を受ける側の人間だったのが、福祉ってものをどうにかできないか。それで、大学で福祉専攻に入って、社会福祉士の資格を取りました。しかし、就職活動では、社会福祉士は持っていたけれど、障がい者の社会福祉士はいらないと言われ続けて、最初は高齢者施設で事務員として働くことになったのです。でも、社会福祉士の仕事は相談業務でコーディネーターですから、僕は事務員としての経理や簿記の知識が無くて、わけがわからないまま働いていた。入所者のお小遣いを配る担当をしていたので、入所者の人気者にはなって、阪神ファンと巨人ファンのおじいちゃんに挟まれて阪神巨人戦を見たりしてかわいがってもらえました。それも自分にしか出来ない福祉かなとは思っていました。ただ、あまりにも僕や経理の知識が無かったのが悔しくて、仕事を辞めて一年間簿記の資格を取る勉強をしました」
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▲大内さんの体脂肪率は7~8%とまさにアスリート。大会の半年前からはお酒も口にしないとか。

将来のアスリートらしい負けず嫌いの性分が、大内さんに新しい進路を取らせました。その後、資格を取った大内さんは、誰もが知るある大手一般企業の経理部に入ります。
「お金を動かす仕事で、パソコンと数字しか仕事がない。今まで人と人とのコミュニケーションの仕事だったからさみしかった。でもそれが自分の仕事だと思って5年間勤めました」
自分にしか出来ない福祉を目指して、社会福祉士の資格をとったはずなのに、なかなか目指す仕事にたどり着けない大内さん。しかし、ようやく回り道を終える時が来ました。
■何も変わっていなかった福祉
「そんな時、丁度堺市健康福祉プラザが開所することになり、障がい者で社会福祉士を募集していたのです。記念受験だと思って受けたら、たまたま通って就職することになりました」
――晴れて高校生の頃に望んだ福祉の仕事に就いてどうでしたか?
「愕然としました。17~8才の時憧れた障がい者福祉。32才になって健康福祉プラザで働き出した時、福祉の世界って何も変わっていなかった。困っている人を助けてあげましょう……が100%なだけなんです」
――障がい者が一方的に助けられる立場でしかないままだったんですね。
「自分の経験上、もっと一緒に遊びましょう。足が動かなくてもええがなしゃべれるんやったら。目が見えなくてもこんなこともあるよ。もっとみんながまざっていくものが障がい者福祉だと僕は思っていました。でも、『この人は精神障がい者やからがんばれと言ってはいけない』だけで終わっているとか。ショックでした。まだこのレベルかと」
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▲大内さんの履くカラフルなソックスもアート作品。
――大内さんは堺市健康福祉プラザでどんな仕事をされているのですか?
「障がい者アートです。このソックスもそうですが、障がいのある人が描いたアートの展示会の企画などをしています」
――もともとアートに関心はあったのですか?
「いえ。中学の時に美術部でしたが、10段階評価で2でした。全然わからんわと思って、めっちゃ勉強して、本読んで、作業所にも行きました。すると重度の知的障がいの人が一心不乱に自己表現している姿を見て、やべぇなと。尊敬しかなかった。俺にこんな集中力はない。その人が集中しているのは、一日に30分だけかもしれないけれど。自由に自己表現をする人たちを見て、僕たち日本人が社会人として自由に自己表現する場ってあるんかな? ないじゃないですか。ルールとか制約ゃ常識に縛られて。だからそういう人と出会えて僕は変わりました。自己表現は大事だと」
――今、日本の障がい者はそういう自己表現を出来ているでしょうか。
「自由にそうやって自己表現をしている障がい者はごく一部です。作業所に通っている人は、お仕事をしましょう。これを作って内職をしましょうと、ほとんどの作業所は僕らと一緒で、制限、制約、ルール、常識にとらわれている。生活するためにお金を稼ぎましょうというのは、もちろん大事ですよ。でも大阪市の工賃(月の給金)って、一ヶ月に9000円とか、堺市でも8000円とか7000円とかですよ」
――日本の障がい者アートって、障がい者のアートとして見られていて、まずアートとして評価されていないように思えます。
「それは明確な答えがあります。(日本には)『文化がない』んです。アート先進国のヨーロッパには、日常にアートがある。日常にあるアートが障がい者のものであろうが、健常者のものであろうが関係ない。でも日本ではそうじゃない。この絵をめっちゃかっこいいなと思って見るのと、この絵障がい者の絵だと思ってみるのは絶対先入観が違います」
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▲なにわモンキーの仲間たちと。
――そんな環境で、大内さんが目指しているのはどういうことでしょうか。
「僕が障がい者福祉で何をやりたいかというと、障がいもへったくれもないただの人であるってことを、みんな人それぞれが存在を認め合うっていうことをやりたいですね。アートだろうが、スポーツだろうが、仕事だろうが、勉強だろうが」
だからでしょう。仕事では誰もが一緒になる障がい者アートに取り組む大内さんが、スポーツの世界で出会ったクライミングでも、障がい者と健常者が一緒になって楽しむ人たちがいました。
それが、このインタビューの日も活動されていた「なにわモンキー」です。
■世界一を目指して
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▲視覚障がい者向けにガイドラインをつける試みに挑戦中。
大内さんとパラクライミングの出会いは、堺市健康福祉プラザのワークショップに、パラクライミング視覚障がい部門の世界チャンピオン小林さんに来てもらったことがきっかけでした。そしてNPO法人モンキーマジックの代表を務める小林さんに、大阪でクライミングする場所として紹介されたのが森ノ宮Q’sモールで、そこで月に一度活動しているのが「なにわモンキー」でした。
丁度、なにわモンキーのメンバーが、アイマスクをつけてクライミングに挑戦していました。
「視覚障がいの部門では、普通は下から11時の方向、2時の方向ってガイドする声を聞いてやるのですが、今試しにやっているのは壁に次ぎの突起(ホールド)まで紐をひっぱって、それを頼りに登るという工夫をしてるんです」
トライしているのは健常者のクライマーですが、アイマスクをしているので、視覚障がい者と同じ条件になります。
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▲視覚障がい部門で活躍する寄瀬さん。パラクライミングに出会って前向きになったそうです。
大内さんの仲間で、寄瀬さんというクライマーも紹介していただきました。
「僕は、視界がすごく限られているんです。この視覚障がいになった時は、人と会わなくなって引きこもってしまっていました。相手が気にするんじゃないかと、自分が思い込んでいたんですね」
――パラクライミングに出会ってそれが変わったんですか?
「そうですね。大内さんと出会って、パラクライミングと出会って変わりました。大内さんはあんなに明るいし、パラクライミングではみんなに応援されているし、引っこんでいられませんよ」
そう言って寄瀬さんも、壁に挑んでいきます。
インタビューをしている内に、しだいになにわモンキーのメンバーが増えてきました。年齢も性別もばらばらで、障がいのある人も無い人も一緒になって、クライミングする人を応援しています。
「ガンバ、ガンバ!」
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▲「ガンバ」の声に背中を押され、次の世界選手権では世界一を目指す。
――大内さんは次の世界選手権にも出るんですね。
「僕は世界一にこだわります。それは理由があって、僕はバスケでも何でも日本一にもなったことはありませんでした。はじめてパラクライム日本一になって、(大会から)普段の世界に戻った時に、金メダルを見せたらみんながめっちゃ喜んでくれたんです。失恋したとか、元気のない人が元気になってくれる。苦しんでいる人が、明日仕事に行く勇気が出たとか。それって自分の存在意義を残せるじゃないですか。僕はパラクライミングで、肩書きや地位、名誉が欲しいわけではないんです」
――たくさんの人に喜んでもらいたいということですね。
「昨日も名古屋に行ってきて、クライマーの中学生の女の子に会ったんです。初めてあったんですけれど、僕が先に世界で戦っているから、後からおいでってって言ったら、満面の笑みを浮かべて『私も必ずおいつきます』って言ってくれたんです。それって、日本代表で世界と戦った人、しかも現役から言われたら嬉しいじゃないですか。僕は人を元気にするために、おこがましいけれど世界一にこだわる。うまくなりたいし、強くなりたい。だって、それ以上に僕はみんなに応援されている。ガンバを恩返ししたい」
――世界チャンピオンから応援されたら、後に続く子どもたちも嬉しいですよね。
「世界11位やねんって報告するのと、世界1位やねんって報告するのは違うと思います。前回世界11位で帰ってきた時、伊丹空港に結構知り合いとか職場の上司もお迎えに来てくれたんです」
――それは嬉しいですね。
「嬉しいというよりは、ごめんなさいでした。悔しくて涙を流しました。そこで世界1の金メダルを渡せていたら最高だった。上司も年だけど、絶対10年ぐらい寿命が延びたと思う。そう考えると申し訳ない。だからこそリベンジしたいんです」
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▲堺市健康福祉プラザには、大内さんを応援する横断幕が貼られていました。
誰よりも大きな声でライバルすら応援する大内さんらしい世界1を目指す理由でした。そんな大内さんに、エールのメッセージを送ってもらいました。
「目標を目指すことを、色んな人にやってほしい。他人からどう思われても、失敗したらどうしようなんて時間はないんです。人生1回切りじゃないか。やってみて合わなかったらやめればいいんです。やってみて面白いと思ったことをやればいい。本気でやっていたら、みんな応援してくれますよ。みんな自分の人生にフォーカスをあてて欲しいです」
世界一にこだわるという大内さん。大内さんの毎日の努力、登り続けることで、道が切り開かれ、新たに道が出来る。世界の舞台で活躍する大内さんの背中を、これから多くのクライマーが追いかけることでしょう。
クライミングバム大阪
住所:大阪市中央区森ノ宮中央 2-1-70 もりのみやキューズモールBASE 1F
電話:06-6910-1597 
営業時間:月〜金 12時〜23時30分 / 土日祝 10時〜21時 定休日:毎月第2月曜日
web情報:http://climbingbum.jp/osaka/
なにわモンキー
堺市健康福祉プラザ
住所: 堺市堺区旭ヶ丘中町4丁3-1
web情報:http://www.sakai-kfp.info/index.cgi
一般社団法人フォースター
web情報:https://www.forcestart.info/
 

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