大内秀之
profile
兵庫県川西市出身。
パラクライミング日本選手権車椅子部門を部門創設の2016年から3連覇中で、世界選手権制覇を目指す。堺市健康福祉プラザ職員。一般社団法人フォースタート理事。社会福祉士。
車椅子のクライマー大内秀之さんが、ハーネスにロープを装着し、壁の直下に座りました。インタビュー中にずっと浮かべていた笑顔が消え去り、鋭い視線を向けます。指揮棒でも振るように指先を動かしているのは、どの突起(ホールド)を使って登るかコース取りを確認しているのでしょう。でも、どこか瞑想しているのような、気が満ちるのを待っているような、そんな気配もあります。
「行きます」
振り返って笑顔を浮かべると。最初のホールドをつかんで体を持ち上げました。右手、左手、体を引き上げるたびに顔に深い皺が刻まれます。それもそうでしょう。健常者のクライマーなら、体重を足でも支えられる所、大内さんは両腕に全ての体重を託して頂上を目指すのですから。
「ガンバーガンバー!」
と、下から大内さんに応援の声が送られます。しかし……。
――もう限界……。
頂上に届く前に、大内さんの手はホールドから離れました。自動でロープを支える機械が大内さんの体を支え、宙づりになった大内さんがゆっくりと地面に降りてきました。
今回の取材では、パラクライミングのAL1(車椅子)部門の日本チャンピオンの大内秀之さんにお話を伺っています。
前篇ではパラクライミングとの出会い、瞬く間に日本チャンピオンになったこと、そしてオーストリアで開催された世界選手権で出場者数が規定に達せず、同じレギュレーションの選手だけの戦いが出来ず悔し思いをしたというお話をお聞きしました。
中篇はその続きです。パラスポーツが次第に盛んになる中、どうしてパラクライミングは世界選手権の開催にも苦戦しているのでしょうか?
■101回目も挑戦する
パラクライマーの数は少ないのでしょうか? 少ないとしたら何故なのでしょうか?
「少ないですね。今、障がい者スポーツは沢山あって、選択するスポーツの数は多いです。水泳、陸上、バスケ、テニス、パラリンピックに登場する種目が沢山あります。しかし、パラクライムは身近にやる環境がない。そして足が無いのにどうやって登るのか、全く想像がつかないからです。普段から乗っている車椅子を使う、車椅子テニスや車椅子マラソン、車椅子バスケなら想像がつきます。僕も車椅子バスケ歴は27年になります。みんな王道へ行ってしまうんです」
確かに実際に大内さんに登る姿を見せてもらいましたが、腕だけで垂直、オーバーハングの壁を登っていくなんて、実際に見るまではそんなことが出来るなんて想像すらしませんでした。
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▲両腕だけで登る大内さん。足が壁にぶつからないオーバーハングの方が登りやすいのだとか。(もりのみやQ’Sモール ClimingBum) |
「でもね。僕はクライミングをやり出してからの方が、バスケがめっちゃうまくなっているんです」
と、大内さんは意外なことを話し始めました。これは障がい者だけでなく健常者にも通じる、根拠のある話でした。
「車椅子バスケは(車輪をこぐ動作で)腕を伸ばすスポーツです。クライミングは逆の引く力なので、体のバランスが良くなるんですよ。車椅子をこいでいたら、極端に言うと肩が丸くなる(前屈みになる)。クライミングは肩を開いて登っていくスポーツで真逆です。だから姿勢が良くなるんです。僕は思うのですが、障がいのある人も無い人も、車椅子スポーツでも健常者が野球やサッカーをするのでも、1度はクライミングをかじったらいいと思います。自分の体のことがすごく良くわかるのです」
日本チャンピオンの大内さんの言葉だけに重みがあります。
「僕はバスケとクライミングの二刀流でやらしてもらっているんですが、クライミングの方がはるかに頻度が高くなりました。僕は腹筋が上の方しか効かないのですが、クライミングをやり出したら奥の方が筋肉痛になんです。今まで麻痺していると思っていたのが、朝起きたら痛たたたた、で。もし、これをしてなかったら一生気づかなかった。こんな所に動く筋肉があったんやと気づけた。それが嬉しい。その結果、結構登れるようになったんです。そして登れるようになると、また全然違う所が筋肉痛になる」
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▲連日のクライミングで筋肉痛の中、登っていただきました。 |
クライマーとして成長するたびに、新しい筋肉痛が成長を教えてくれる。そんな経験を通じて、クライマーとしてだけでなく、人間として大内さんが学んだこともあります。
「今まで取れなかった所のホールドが取れるようになった。今まで出来なかったことがちょっと出来たりする快感は楽しいです。だって、行って(登って)取るまでめちゃくちゃ失敗するんです。失敗した。落ちた。もう一回登ろか。失敗した。落ちた。筋肉痛になる。でも、出来た。僕らの人生もすぐにたどり着くのは難しいでしょう。挫折を味わって、それでも諦めなかったら、ちょっとご褒美があるのかなと思います。(失敗が続く日々は)やっていることが本当に好きかどうかが試されます。100回失敗しても、大好きなら101回目に挑戦できる。人生とか生きていく上でも、100回失敗するのって嫌じゃないですか。ひとつのことをやり通して100回失敗したら嫌や、嫌やけど100回失敗した後に、それが本当に好きかどうかが見えてきます。クライミングもそうだし、車椅子バスケもそう。100回シュートを失敗しても、僕はシュートをまた打つでしょう」
■落ちろなんて誰も思わない
ここまで大内さんが、パラクライミングにもはまってしまったのは、クライミングという競技が持つ、他にはなかなか見られない独特の精神性、文化の魅力もあるようです。
インタビュー中にも、壁に登る人たちがいると、大内さんは時折視線をそちらに向けて、ふとした合間には「ガンバ! ガンバ!」と声をかけます。
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▲登っている人には見ず知らずの相手でも、みんなで「ガンバ、ガンバ」と声援を送る。 |
「これはクライミングの応援の声なんです。クライミングって、登っている人が頑張ってホールドを取ろうとしている時に、休憩している人が落ちろなんて誰も思わない。みんなでガンバ、ガンバって応援するんです」
――それは競技として戦っている相手に対してもそうなのでしょうか?
「そうですそうです。世界選手権でも、僕が先に登って降りてきて『しんどいわー』と言ってる時に、あの『オーストリアの怪物』が登りだしたら、僕が一番大きな声を出していました。『ガンバ! ガンバ! いけるぞ!』って日本語はわからなかったと思いますが(笑) 僕はその人が頑張っていることが尊いと思うので、敵でも頑張って欲しいし、そいつより登れるかじゃなくて、登るからには一番上までゆくという個人の目標がある。そこに向かっていくだけです」
――それは他の競技にはない大きな特徴ですね。
「車椅子バスケをしている時には感じなかったことですね。対戦相手を応援するなんて。クライミングでも結果は気になるけれど、そこにフォーカスをあてていたら、僕はクライミングは辞めていました。こないだの日本選手権の時も、他の車椅子選手が登る時に鬼声を出していました。言っちゃだめなんですけれど、掴み方とかアドバイスもしたくなってしまう(笑)。そしたらツィッターで『はじめてパラクライムを見に行った。大内さんの応援が印象的でした』と呟かれていて、登り方ちゃうんかい!(笑) むっちゃ嬉しいんですけれど(笑)。パラクライムは登るだけじゃなくて、人に感動を与えることができる。競技をするだけじゃないんやなと思いました。応援は誰でも出来る。足が悪い。目が見えない。耳が聞こえない。関係ない」
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▲視覚障がい部門のクライマー寄瀬さん(右)も一緒にクライミングを楽しむ仲間の一人。 |
――クライミングのそういうメンタリティが合うという人もいそうですね。
「クライミングもオリンピックの正式種目になって、オリンピックのトップアスリートはテレビでみてもすごいじゃないですか。確かにすごいし、応援もするだろうけれど、僕が健常者だったら、自分には無理だろうと思ってしまうでしょう。でも、この場所は難易度が色々あって、一番簡単な難易度をコツコツ一所懸命やる人も、難易度の高いコースに挑戦する人も一緒なんです。オリンピックのトップアスリートも、一番上のゴールを掴みたいという人も一緒。たまにその中に障がい者のクライマーがいてもいいじゃないか。高齢者や小学生がいてもいいじゃないか。ここで色んなクライマーに出会って、全然知らない人に『ガンバ、ガンバ』言ったり言ってもらったり。『足が無いのにすごいね』『あの掴み方やばかったですね』とか、別れ際に『またどこかで』、偶然出会ったら『また会ったね』で。素敵な世界だと思います。引っ込み思案な人、一人が好きな人にもいいと思います」
そんな大内さんですが、競技者として今こだわっていることがあります。それは世界一になることだと言うのです。ライバルも応援してしまう大内さんが、それでもなぜ世界一にこだわるのか? その話の前に、ちょっと大内さんの半生を振り返ってみましょう。
(→後篇へ)
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なにわモンキー
堺市健康福祉プラザ