ミュージアム

墨で留められた記憶(2)

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ユーラシア大陸の東端と西端のアートが一枚の紙の上で出会います。
2018年5月19日。東洋と西洋の違いはあれど同じ墨という素材を使うアーティストが、堺のカフェ&レジデンス”サカイノマ”で出会うことになりました。片や日本の書家・西村佳子さん。片やバルセロナのアーティスト・フランチェスカ・ヨピスさん。
2016年3月に開催された『さかいアルテポルト黄金芸術祭』に参加して出会った2人は互いのアートに共感し、いつかコラボレーションしようと誓い合ったのでした。
そして2年後、”サカイノマ”で開催中のフランチェスカさんの個展『Time Goes by』において、ライブイベントで2人のコラボレーションが公開されることとなったのでした。(前篇
■墨で時を刻む
サカイノマの中央に置かれたテーブルには大きな和紙が敷かれ、脇には墨汁や細いもの太いもの、中には沢山の筆が連結したものと様々な筆が並べられました。壁沿いに並べられた椅子にはお客様が腰をかけました。中には和装の方も目立ちます。
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▲バルセロナの現代アーティスト・フランチェスカ・ロピスさん。いきなり拳でどん!

 

さて2人の共作は、ある作品ではこんなかんじです。
フランチェスカさんが先攻。白い紙を前にして、どの筆をとるのかと思いきや、いきなり自分の手を墨汁にひたします。そのまま手をチョップの形にして、紙にドン! さらに握りこぶしをつくってドン! 紙に黒い印が刻まれます。
いきなり掟破りの必殺技が飛び出した印象です。
「お着物汚れないようにお気を付けくださいね」
と、西村さんからお客様に声が飛びます。なんの注意なのかをフランチェスカさんも察し、真横にいたお客様に目で問いかけます。お客様は「OK」と微笑みを返しました。
フランチェスカさんは、さらにドンドンドンとこぶしを打ち付け、半円形にならぶ黒い染みの列を作りました。そして最後に指を伸ばして、指先で点々をつけました。これでこぶしで作った大きな染みによる大きな弧と、指先で作った小さな染みの小さな弧が紙の上に出来たことになります。
これでフランチェスカさんは、西村さんにバトンタッチ。
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▲書家・西村佳子さん。

 

西村さんはしばし思案顔を浮かべてから筆をとり、端に何かを描こうとしてから考え直し、さらにしばし画面を見下ろして考えた後、文鎮で紙を押さえ、筆をいれます。
手前に何か書き、上から下へ何かを素早く書いていきます。途切れることない流れる筆遣いは、ハンマーでたたくようなフランチェスカさんとは対照的でした。
「何を書いているのですか?」
とのフランチェスカさんの問いに、
「字ィ書いてるんやで。日本のアルファベットを書いてるとフランチェスカに伝えて」
西村さんは通訳を通じて答えます。
「ひらがな? カタカナ?」
「ひらがな、ひらがな」
「とても綺麗です」
「ありがとう。とてもうれしい」
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西村さんが書き終えると、フランチェスカさんが、指先に墨汁をつけて少し修正。
「まだ続けます? 私は終わりました」
という西村さんに、フランチェスカさんも作品を眺めてからうなずきます。
「これで終わりにしましょう」
「では、印を押しましょう」
フランチェスカさんの印は、西村さんがプレゼントしたもので、初めて使います。
「(下の)余白を切りますか?」
と、西村さんが尋ねると、
「いえ、このままでいきましょう。印は下の方に」
これで一作品完成です。
■墨で時を奏でる
また別の作品。今度はフランチェスカさんが筆を使います。
筆といっても普通の筆ではなく、西村さん自作の短い筆を横一列に沢山つないで刷毛のようにした筆です。
この筆に墨をつけたフランチェスカさんは躊躇なく紙幅一杯にS字を描きます。紙を上にずらして、S字の下でくるりと筆を一回転。満月のような円が生まれます。
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「これで。西村先生、お願いします」
「これに書くんか」
と西村さんがうなると、
「今度は西村先生が指でやったらどうですか?」
と提案されます。よしやってみるかと、西村さんは指に墨汁をつけると、とんとんとんと紙に印をつけていきます。S字の周囲に、水玉模様がまとわりついていきます。
「これはセンスが問われるな。(フランチェスカが)音楽だといっていた意味がわかります。これ面白いね」
西村さんは、細かく丁寧に指で墨をつけていきます。
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その間、観客から質問がフランチェスカさんに投げかけられます。
――いったいどういうきっかけで墨を使うようになったのですか?
「ヨーロッパだと字を書くとき、万年筆とかだと普通インクが青なんですね。それで黒を使いたいと思った時にすごい黒だったので、最初はインクとして墨を使い始めて、ペインティングに使い始めたのは、黒の深い黒を使うのはこれだということで、特に日本のものという意識はなくて、絵を描くための真っ黒の黒が墨だったということです」
――それは墨汁ですか? 墨ですか?
「硬い墨も持っていますが、使ったことはありません」
――使った方がいいですよ。30分くらいかかりますけれど。
といった質疑応答が続きます。
すると、唐突に西村さんが一言。
「やっぱり線書きたいわ。面白いけれど、どういえばいいかな……広がらないねん」
やはり筆あっての書家なのでしょうか。筆で持ち、線を描きます。
最後にフランチェスカさんが、自分で書いた円の上に、やはり手を筆にして墨で文様をつけます。それを見て西村さんはうなずきます。
「やっぱりこの方がいいね。これ(変わり種の筆)は形的に面白いけれど、(普通の)筆と違って動かないから面白くない。誰がやってもこうなる」
「こっち(手で印をつける)の方がオーガニック」
「そうそう有機的」
通訳が訳すより早く対話が成立します。言語は違えど、作品制作を通じて2人は会話しているようでした。
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この調子で、次々と作品が完成し、サカイノマの窓を飾っていきます。
同じ墨のアートでも、ルーツも違えば、道具も違う、ひょっとしたらジャンルも全然違う。フランチェスカさんがリズムを墨でリズムを刻んでいるのだとしたら、西村さんは墨でメロディを奏でている。違うことをしているのだけれど、違うことをしているからこその、コラボレーション作品として成立したのかもしれません。
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▲たくさんの作品が完成しました。
こうして、コラボレーションはカフェギャラリーをリングに変えた東西両雄のアート対決となりました。相手がこうしたから、次はこうする。すでにお互いキャリアのあるアーティスト同士とあって、練り上げた技の応酬は、どこか剣豪同士の斬りむすびでもみているかのような趣があり、機嫌良く遊んでいる子供を見ているようでもありました。
背景も個性も違う2人のアーティストの共作(競作)から、気づいたことがあります。
墨のアートは決して戻ることがない不可逆の性質をもったアートです。時間と同じように。
墨のアートは、他の素材に比べてもやり直しのきかないアートで、アーティストの筆遣い(指遣い)のわずかな震えも紙の上に刻まれ、刻まれた揺らぎも鑑賞対象となるため、上書きすることができない。アーティストが積み重ねてきた技量や人生の記憶も、その刹那に込められてしまう。
ライブイベントでは、鑑賞者はその不可逆なアートを共有することになります。サカイノマで行われた墨のライブアートは、洋の東西、地球規模の広がり、長い歴史、アーティストの人生、記憶、そんなものがただ一枚の紙に墨の一滴がひたされる刹那に込められる瞬間を共有する場になったのではないでしょうか。
そして、共有されたことによりアートは鑑賞者の記憶となり、鑑賞者の人生の中に何かを記すことにもなるのです。
SAKAINOMA cafe&residence熊
住所:
堺区熊野町西1丁1−23
電話: 072-275-7060

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