ミュージアム

墨で留められた記憶(1)

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堺の旧市街区にある「サカイノマ」は、町家を改装したカフェ&レジデンスとして人気を集めています。
2018年5月17日。この日お迎えしたのは、いくつも海を越えユーラシア大陸の西の果てからやってきた1人のアーティストでした。
スペインのカタルーニャ地方バルセロナの墨のアーティスト、フランチェスカ・ヨピスさんです。フランチェスカさんは「サカイノマ」で個展とライブイベントを開催する予定なのです。
実はフランチェスカさんの来堺は初めてのことではありません。2016年の3月に開催された『さかいアルテポルト黄金芸術祭』にアート作品出展やワークショップを行っていたのです。
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▲2016年堺で行ったワークショップでは、合同庁舎前に古墳をイメージした巨大∞マークを描いた。みんなでチョークの粉を靴につけて足跡で絵を描きました。

 

今回はその芸術祭で出会い、同じ墨を使うアーティストとして意気投合した西村佳子さん。いつかコラボレーションしようとお互いに語り合い、2年後のこのとき、その想いが実現することになったのです。個展のタイトルは『Time Goes by』……時は過行く。東西のアーティストはどんなコラボレーションを見せたのでしょうか?
■時は過行く
フランチェスカさんの故郷であるバルセロナは、世界最強のサッカーチームFCバルセロナやアントニオ・ガウディの建築でも有名ですが、芸術のまちとして知られています。そして、堺とも意外な共通点があるそうです。ひとつは港町であること、ふたつは路地の立ち呑みの酒場、そしてみっつ目は独立心が強い事。
堺には、織田信長に脅迫されたり、大坂夏の陣で豊臣方に焼き尽くされたりしながらも自治都市堺の誇りがあるように、バルセロナは独自の文化や言語を持つカタルーニャ地方にあり、スペイン中央からの圧力と戦い続けた誇りがあります。
2016年に日本で発表した『涙の本』という紙と墨の美しい作品には、細長いテープが使われていました。これはカセットテープを解体したもので、テープには1970年代まで続いたフランコ独裁時代に密かにヒットしたフォークソングが記録されていました。この時代のカタルーニャは中央の独裁政権に弾圧され、独自の言葉や文化が奪われようとしていたのでした。
『涙の本』は、そんな時代を生き抜いた当人でもあるフランチェスカさんが、現在世界各地で戦争や弾圧に苦しめられている人々のことを思って作った作品でした。
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▲2015年~2016年に日本で発表した『涙の本』。

 

そして、長い独裁と弾圧の時代をくぐり抜けたカタルーニャ人ですが、現在スペイン中央との対立は再び激しさを増しています。
バルセロナでは独立をもとめるデモには100万人が参加し、一方中央のマドリード政府は国外に脱出した独立派の政治家を反乱罪で拘束するなど、緊張が高まっているのです。
前回の来日は、バルセロナの独立投票が行われた頃でしたが、状況がさらにひっ迫した中での来日です。さて、フランチェスカさんは今回どんな作品をもってきたのでしょうか。
フランチェスカさんが久々に来堺し、個展前日のサカイノマへの搬入の様子から見せてもらうことができました。
■ゆれる時の中
会場に到着したフランチェスカさんは、トランクの中から作品を取り出しました。それは丸い紙の上に墨で描いたオブジェでした。白地に墨の文様が浮かぶものから、カラフルな色のあるものまで様々です。中には、布や鳥の羽根で紙に装飾がされているものもあります。
「これは日本人じゃ浮かばない発想やな」
と、書家の西村さんもうなります。そういう西村さんも、従来の書のイメージの範疇には収まらないアヴァンギャルドな作品も数多く発表されているのですが。
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▲サカイノマで展示準備。フランチェスカ・ロピスさん(左)と西村佳子さん(右)。

 

これらの作品を壁に掛けて展示します。いったいどこに飾ればしっくりくるのか? 試行錯誤するうちに、フランチェスカさんから天井から吊るすアイディアが浮かびます。
テグスを梁にかけて上から垂らし、磁石を使ってテグスと作品をつなぐというフランチェスカさん曰く「簡単な方法」で作品が和の空間につり下がります。さすが世界各国で芸術祭に参加し、作品発表をしてきたアーティストです。場所を選ばす、高い適応能力で自分の望む展示を完成させていきます。
少し大きめの作品を壁にかけ、少し小さめの作品は宙に吊るしました。小さめの作品のことをフランチェスカさんは”プラネット(惑星)”と呼んでいたのですが、なるほど作品を見ると、墨流しのような文様は自然に生まれた造型のようで、木星や土星といった惑星を思わせます。
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▲天井から吊すアイディアを思いつく。
展示作品の設置が終わりました。
町家の和空間を利用したカフェの店内には普段から現代アート作品が展示されているのですが、そういう空気の漂う空間に、クラシカルさと現代性を持ったフランチェスカさんの作品はしっくりくるようでした。
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作品は軽い紙でできているため、宙に浮く作品も、壁に掛けられた作品も、店内に吹き込んだ風や、人の動きで生まれた空気の揺らぎなどでわずかに動きます。静かに眺めていると、その不定期に時を刻むゆらぎが、見るものを不思議な時間軸、ここではないどこかへ連れて行ってくれるようです。それは、空に浮かぶ雲や光の狭間なのか、それとも何十億年と自転公転を続ける惑星の宇宙空間なのか。
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この揺らぐアートにはやはり特別な魔力が備わっているように思えました。
絵や写真は、無限に続く時間の中の一瞬を切り取るものです。もちろん、鑑賞の楽しみ方は色々あり、例えば切り取られた一瞬からその前後を想像するというのもひとつの鑑賞の楽しみ方です。でも、このアートは、作品に身を浸し、作品と一緒になって時を過ごすという楽しみ方ができるアートだと思えました。
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さて、この個展は展示だけで終わりではありませんでした。
この空間で、東西の墨のアーティストが、作品制作のライブイベントが行われるのです。それはコラボレーションという言葉で語るには穏当でないライブイベント、あるいは事件になったのですが、その様子は後篇でレポートすることにします。
SAKAINOMA cafe&residence熊
住所:
堺区熊野町西1丁1−23
電話: 072-275-7060

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