戦時中の堺市で和音感教育という特別な教育が行われていました。
つーる・ど・堺で、当時実際に教鞭をとった汐見や寿子先生と教え子の皆さんにお話しを伺ったのは2015年のことでした。
和音感教育は、音感が身に付きやすい幼少期に音楽教育をしようというもので、新しいもの好きの堺で実験的に取り入れられたのでした。しかし、後には子どもたちの絶対音感を、潜水艦や爆撃機の位置を探索するのに使えるのではないかと軍事利用も試みられるといった一面もあったのです。
この時、授業の様子を収めた貴重な動画フィルムも見せてもらったのですが、見事な歌声を披露しながら学校へ向かう子どもたちの通学風景はのどかで、それが軍事と結びつくとは到底想像できないようなものでした。
2018年3月。この和音感教育の動画を使い、堺のフォトグラファーが展示を行うとの情報をキャッチしました。フォトグラファーの名前は芋縄なつきさん。その展覧会では、芋縄さんが製作した写真集が発表され、その際のインスタレーション(空間展示)として動画は使われるのだとか。芋縄さんは、現役の小学校の先生にも取材して作品を制作したそうです。一体どんな展覧会で、どんな写真集なのかを、見にいくことにしました。
■”可愛いい”写真集に幻惑される
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▲フォトグラファーの芋縄なつきさん。photo gallery Saiにて。 |
JR環状線「福島」駅で下車。
年代物の小さな建物がひしめき合う商店街を通り抜け、展覧会場へ向かいます。会場は『photo gallery Sai』。町家を改装したギャラリーです。
今回の展覧会は「5stories,5photobooks」と題されています。そのタイトル通り、5人の作家が、写真家の小原一真さんと赤坂友昭さんが講師を務めたドキュメンタリーワークショップで約1年間かけた成果として現時点の写真集をインスタレーション(空間展示)したものです。
芋縄さんも、その5人の内の1人です。他の4人の作家の作品も、それぞれ「トランスジェンダー」「労働」「アイデンティティー」「高齢化社会」をテーマとしたドキュメンタリーです。さて、芋縄さんはどんなテーマの作品を展示しているのでしょうか?
芋縄さんのコーナーは、ギャラリーに入ってすぐのスペースでした。一角の壁に和音感教育の動画がプロジェクターで投影され、その前に懐かしい小学校で使うような小さな机が置かれています。机の上には、ピンク色の冊子。これが芋縄さんの写真集「サイタサイタ」のようです。
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▲サイタサイタを広げた小さな机、小さなランドセルも。 |
写真集を手に取ってみると、少しざらついた手触りの紙。シンプルな絵柄の小鹿のイラストと右から左に書かれた「ヨイコドモ」「モンブシャウ」の文字。これは戦時中の教科書と同じ体裁をとっているようです。
ページをめくると、右のページに桜の絵と「サイタサイタ」の文字。対向ページにはまだ生まれて間もない赤ん坊が入浴させられているカラー写真が掲載されています。使っている入浴道具は最近のもので、写真は戦時中のものではなく近年のものだとわかります。
次のページ。右ページには「ココマデオイデソロソロオイデ」の文字に、着物姿の女の子が手を広げて、よちよち歩きの幼児を待ち受けている様子が描かれています。これは昔のものでしょう。それに対して、対向ページには半泣き顔の幼児が大人に支えられて歩くのを助けられている現代のカラー写真。
続くページも、過去の教科書に現代の写真が響きあうように挿入された構成が続きます。この作品は、一体なんといえばいいのでしょうか。風景やアイドルの写真集とも違えば、ドキュメンタリー写真集とも違う。使われている写真は、可愛らしい子どもが成長していく、日常の幸せな景色を切り取った幸せな写真。古い教科書の牧歌的なイラストとの相性も良くて、美しいビジュアルに仕上がってもいるのに、なんとも言えない違和感があります。
そのままさらにページをめくっていくと、次第に写真は風景だけの写真になり、さらに最終盤には学校のルールのようなものもカタカナで掲載されます。「キュウショクハダマッテタベマショウ」といったもの。しかし、よく見ると「ショクイク」「ハンドサイン」など、戦前の教科書のものとは思えない単語が出てきます。これは、ひょっとしなくても現代の学校のルールのようです。
この一冊を読み進めていくと、現代と過去が対置していたはずが、いつのまにか現代のエッセンスだけになったにも関わらず戦前のものがそのまま残っているようなフュージョン(融合)とメタモルフォーゼ(変身)に幻惑されてしまいます。
一体この作品は何なのでしょうか。作者の芋縄さんにお話しを伺ってみます。
■ガーリーに戦争を描く
――この作品を作ったきっかけは何だったのでしょうか?
芋縄「2年前に堺で開催された『平和のための戦争展』を見て、初めて堺に戦争があったことを知ったのです。もちろん私は堺出身で、小学校で学校の先生から怪談話のように軍人さんが死んだというような話を聞いてはいました。それで、私たちは戦争というと、どうしても広島・長崎ばかりを思ってしまうのですが、もっと身近に自分の足元にあったことを知った方がいいと考えました」
――教科書という題材を選ばれたのは何故でしょうか?
芋縄「自分の子どもが小学校にあがって疑問に思うことが非常に多かったのです。とても画一的な指導をしているなと。その今の指導法や道徳と、戦前・戦時中の教科書がリンクしていると感じました。でも警鐘を鳴らすような作品にしてしまっては、(読者を)怖がらせてしまうだけだなとも思ったのです」
芋縄さんは、ワークショップを指導する小原一真さんの作品にヒントを得ます。小原さんは、戦争で傷を受け、それを隠しながら生きてきた人々をテーマに、過去の写真と小原さんが撮影した現在の写真を混ぜ込んだ写真集を作っていました。
そこから、一冊の中に時とともにメッセージが密かに盛り込まれた「サイタサイタ」が誕生します。
「サイタサイタ」では、戦時中の教科書を紙質にまでこだわって、可能な限り再現されています。
芋縄「このピンクの表紙もイラストもとても可愛いでしょう。戦時中の教科書は、普通の本もなかなか手に入らなかった時代のもので、子どもにとっては大切なもの、それが可愛くて魅力的なものだったのです」
――その可愛い教科書に軍艦や戦闘機が自然に入っているのが怖いですね。
芋縄「絵本としても可愛いのに内容は怖く感じる。それは”可愛いい”の中にプロパガンダがあるからです」
――芋縄さんの作品「サイタサイタ」は、その過去の教科書に現代の写真を混ぜ込むことで、プロパガンダが現代に通じるものであることを感じさせてくれますね。
芋縄「私が撮った現代の写真も、意図的に内容を変化させて配置しています」
――そうですね。ページをめくっているうちにぞっとしてきました。戦争が導く未来を暗示しているようで。
芋縄「はい。政治的なことを言葉だけで読むのはしんどいです。戦争のイメージを可愛く、ガーリーに描いていこうと思っています。これがあることで、文字が沢山ある方も興味を持って読んでもらえるかもしれないと思っています」
芋縄さんの作品は、このピンク色の一冊が全てではありませんでした。もう二冊、”文字がたくさんある方”と言っていた別の冊子があったのでした。一冊は、戦争当時小学生だった戦争経験者へのインタビューをまとめたもの。そしてもう一冊は、現役の小学校の先生へのインタビューをまとめたものです。
実は3冊でひとつの作品であった芋縄さんの作品「サイタサイタ」。後篇では、やはりただのインタビュー集ではなかった、この2冊について取り上げます。
(後編へ続く)
★「サイタサイタ」フォトレビュー
※要予約→連絡は:natsukey7@gmail.com
芋縄なつき
mail to:natsukey7@gmail.com
photo gallery Sai