堺出身のヴァイオリニスト・蓑田真理さんは、若手演奏家集団アンサンブル音坊主の一員として堺市文化振興財団主催のコンサートを開催することになりました。コンサートタイトルは「メシアンへと続く道」。一般的には耳慣れない現代音楽の作曲家メシアンを取り上げた理由は一体どういったものなのでしょうか。
アンサンブル音坊主結成にいたるまでのお話を伺った前篇に引き続き、後篇では今回のコンサートの意図や魅力について伺います。
■バロックから現代へと続く道
「メシアンへと続く道」では、現代音楽だけでなく、歴史を経た人気曲も組み込むなどプログラムにも工夫を凝らしています。
「一曲ですが、バロックヴァイオリンというすごく昔のヴァイオリンを使って、300年ほど前の曲を当時のままやります」
まさにタイトルの「メシアンへと続く道」通り、音楽の歴史を文脈として示し、メシアンに至るまでの道をたどるような構成なのです。
フランスの現代音楽家オリヴィエ・メシアンは20世紀前半から後半にかけて長く活躍しました。
「今年が没後25年になることもあって取り上げたかったんです。音楽をやっている人間であれば誰もが、メシアンと代表曲である『世の終わりのための四重奏曲』の名を一度は目にしたことがあっても、実際にこの長い曲を演奏する事はめったにない。50分もするこの曲を演奏してみたいというのが、まずきっかけですね。メシアンは一曲が長い作曲家なんで、オーケストラならともかく、3人から4人の室内楽で演奏することが珍しいと思います」
他の人がやらないことだからやる、普通やらないことをやるというのも、学生時代からとがっていた音坊主のスピリットが今にも続いているように思えます。
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▲蓑田真理さん。 |
では、そのメシアンとはどんな作曲家というと、彼もまた異色の存在だったようです。
「メシアンは鳥類学者でもあったんです。鳥ラブで、鳥が好きすぎて、鳥の声を聴いただけで、何の鳥かわかるぐらい。鳥のさえずりとか、鳥の声みたいなものが、色んな作品の中にも扱われています。今度の『世の終わりのための四重奏曲』の中にも、鳥のモチーフはふんだんに使われています」
また、『世の終わりのための四重奏曲』というタイトルからも推測できるように、メシアンはカソリックの神学者でもありました。
「自分と神様という関係性を個人に、またソーシャルにも求めている。神様は近づいていくことはできないけれど、永遠に存在する。死んでも救われる。それを空間であったり、時間であったりで表現する。ずっと静かな場面がすごく長く続いて、息も出来ないようになったり。こんな風に聴衆のことよりは、自分と神様のことが大切な作曲家なんです」
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▲アンサンブル音坊主の東京公演より。(2017.8.4 代々木ムジカーザにて) |
この異色の作家の作品を取り上げた挑戦的なプログラムを、蓑田さんたちアンサンブル音坊主は、堺に先立って8月に東京で演奏していますが、客席の反応はどうだったのでしょうか。
「演奏会には音楽に詳しくない方もいらっしゃるのですが、すごく面白かったという人と、もう無理という人が真っ二つに割れました。もちろん好意的な意見の方が多かったのですが。面白いコメントもありました。メシアンは、共感覚の持ち主で、音が色で見えたんだそうです。それは作品にも反映されているのですが、そうした知識を持たれていないお客様が、演奏を聞いて色んな色が見えたとおっしゃったんです」
作曲家の個性が演奏を通じて、知識として知らない観客に届いたのだとしたら、演奏家冥利に尽きることではないでしょうか。
■閉塞感を打破するエネルギー
蓑田さんとってメシアンを選んだのは、演奏家として挑戦しがいのある課題だからということはすでにお聞きしました。しかし、日本では、馴染みのある人気のクラシックの名曲ではなく、どうして現代曲を取り上げるのでしょうか。
「現代曲を演奏するのは、今を生きているからこそ表現できている音楽をやらないと次に残っていかないからです。それは自然な事で、現代曲をやるのも歴史上の一環だと思っているので抵抗感がないんです。幅広くやっていきたいし、あんまり縛られるのは嫌なんで、そこは気を付けています」
しかし現代曲とはいっても、カソリックも含めキリスト教の信仰を持つものが決して多くない日本で、神学者メシアンの作品はどう響くのか疑問に思えます。
「今の時代は情報社会で、なんでも調べればネットに上がっている。そんなに苦労しなくても情報が得られる社会だと思います。一方で、日本社会はとても閉塞感に溢れている。メシアンが『世の終わりのための四重奏曲』を書いたのは獄中の悲惨な状況でした」
ヨーロッパ全土が戦火に包まれた第二次世界大戦。メシアンは、1939年にフランス軍兵士として招集され、フランスがナチスドイツに侵略される中1940年に捕虜となります。その後フランスはドイツに降伏し、『世の終わりのための四重奏曲』が書かれたのは、捕虜収容所の中でのことでした。この曲がヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノという特殊な編成になっているのは、収容所にいた演奏家がその四者だったからでした。全体主義のナチスがヨーロッパを席巻し、祖国は失われ、自身も収容所に捕らえられている。それはどれほどまでに絶望的な状況だったことでしょうか。
「そこで生み出したエネルギーを、閉塞感に溢れている日本社会で演奏することで、そのエネルギー、新しい感覚を提示できるように演奏しないといけないと思っています。音楽が面白いことの1つは、同じ曲でも演奏する人たちによって全然違うというのがあって、こういう新しい感覚もあるよと示せたらいいなと思います」
日本社会の閉塞感というのは、音楽の世界でも例外ではないようです。
「音坊主には海外在住のメンバーもいて話を聞くのですが、日本人はいい意味でも悪い意味でも空気を読む。外国人は集まりが悪かったり、自分のいいたいことは主張する。でも、だからいいものも出来る。日本人はいかに効率をよくするかを第一に考えたり、オーケストラだと余り奇抜な服装で行っちゃいけないとか若い人も空気を読んではみ出たらいけないと思うのが海外とは違うところ。もちろん協調性がいいところもあるし、自己主張がいいところもある。でも音楽は主張しないと。海外に留学して日本に帰って来た人なんかは日本の効率の良さや、自己主張しない処に違和感を感じるみたいですね。だからこそ若い世代にも自分を表現することの大事さや『はみ出る音楽』を知ってもらいたいですね。それが生きるということに直結していますから我々音楽家は」
この「若い世代に知ってもらいたい」という蓑田さんの思いは、今回のコンサートの主催者である堺市文化振興財団にとっても、重視しているポイントだったようです。
■アーティストとして音楽を追及するアーティストを
蓑田さんは第33回堺市新人演奏会で優秀賞を受賞しています。これは現在で46回続いている演奏会です。堺市文化振興財団で「メシアンへと続く道」の企画を担当した土井祐子さんは、その受賞者の中から蓑田さんをピックアップして、今回の企画が生まれたのです。
音坊主を再開した蓑田さんにとって渡りに船だったのではないかと問うと、土井さんは答えました。
「いえ、蓑田さんに出会えたことは、むしろこちらにとって渡りに船だったんです」
堺市文化振興財団では、堺市展入賞者と堺市新人演奏会出演者から、アーティスト(美術部門・音楽部門)をつのった堺市新進アーティストバンクを運営しており、市民とアーティストをつなぐ企画で若いアーティストたちを後押ししています。
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▲堺市文化振興財団の土井祐子さん。 |
「アーティストバンクに登録されているアーティストは、すでに一定の技術がある方ばかりです。でも、たとえば親子のための演奏会をといったお願いをした場合、経験の少ないアーティストはそのテーマをどうかみ砕いていいのかわからない。まずは手探りでこなしていって、それが出来るようになると次はお客さんに喜んでもらおうと合わせはじめる。それはアーティストとしてどうなのか。それを突き抜けないといけないのではいか。そんな時に、蓑田さんの存在を知ったんです。職業として音楽家をしているだけでなく、アーティストとして自分のやりたいことを追及している」
キャリアを重ねてきた蓑田さんにとっては、それは踏み越えてきた道だったかもしれません。
「懐事情や現実的なこともあります。でも人生は一回きりだから。やりたいことをやっていると、そこから何かに繋がっていくこともあります。大学を卒業したばかりだと、なかなかわからないことですが」
堺市新人演奏会出身でありアーティストとして活躍する蓑田さんの姿を、堺市民と新進アーティストに見てもらうことは、若い世代のブレイクスルーに繋がるかもしれません。土井さんは、蓑田さんを端緒として、今後も同様の趣旨の企画を立ち上げていきたいようです。
「いろんな世代でいろんな方をフィーチャーしていきたいと思っています。受賞者で現在活動している人の足取りをたどっているところです」
堺で生まれ育った多くのアーティストが活躍の場を外に求めるしかない状況を思うと、堺市文化振興財団の問題意識と取り組みは成功を祈らずにはいられないものです。
そして、その最初の試みとしてピックアップされたのが、蓑田さんと「メシアンへと続く道」であることもコンセプトに相応しいもののように思えます。
収容所で生まれて研ぎ澄まされた音楽は、2017年の日本でどのように演奏され、どう受け止められるでしょうか。
もちろん、そんな思惑はさておき、音楽ファンには純粋に現代音楽の素晴らしい演奏、蓑田さんの凱旋コンサートを楽しんほしいものですね。
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