炎の中からうまれた折れない刀
■火花飛ぶ炎の鍛冶場
▲炉から取り出したばかりの鉄塊に最初の一撃。盛大な火花が飛び散ります。 |
力強く振り下ろされた鎚が赤い鉄を叩いた瞬間、爆発音と共に火花が飛び散りました。悲鳴に似た歓声があがります。
ここは、刃物鍛冶で知られる水野鍛錬所の鍛冶場。この日は、堺市の秋季堺文化財特別公開に合わせて、日本刀の古式鍛錬が公開されていました。「刃物のまち堺」を体現したこの古式鍛錬公開は、文化財公開の中でも人気の高いイベントの一つで、堺市内外から観光客が訪れます。
▲紀州街道沿いの水野鍛錬所の前に、お客様が列をなして古式鍛錬の公開を待ちます。 |
火を起こした炉の前に座るのは水野淳さん。大阪府下唯一の現役刀鍛冶です。
水野さんは、玉鋼の塊を長いてこ棒に取り付けて、炉の中にいれて熱していきます。頃合いを見て真っ赤になった玉鋼を取り出し金床に置き、勢いよく鎚で叩くと火花がはじけます。見物客は、板とバスタオルで防御していますが、それでも盾をすり抜けてきた火花を浴びてしまうことも。もちろん、防御柵の内側にいる水野さんや、他の刀鍛冶の皆さんにも火花は容赦なしですが、動じる様子はありません。
水野さんが鎚を振るうと、相対する1人、または2人の刀鍛冶が呼吸を合わせ交互に鎚を振るいます。
「この時、リズムがトンテンカンといかなければいけません。リズムが狂うと、文字通りトンチンカンと変な音がするんですよ」
とは水野さんが披露する豆知識。
▲息を合わせトンテンカンと、軽快な槌音が響きます。 |
水野鍛錬所では、様々な種類の庖丁も鍛錬によって作られています。庖丁と刀の作り方に違いはあるのでしょうか? 水野さんに尋ねてみました。
「庖丁と刀は、まったく別物だと思ってください。9割がた違うといっていいかもしれません。温度管理も違いますし、材質も刀は砂鉄を熔かした玉鋼によって作ります。同じなのは鉄を赤めて叩くことぐらいでしょう」
日本刀を作る場合、鉄もただの鉄ではなく、砂鉄から作られた玉鋼でなければなりません。また、炉に起こす炎にも工夫があります。炭は温度が高くなる松の炭でなければならず、藁をくべることによってその灰で玉鋼がコーティングされ芯まで熱が通るようになるのです。
▲藁をくべて特別な炎を起こします。 |
玉鋼の赤みが次第に薄れていくと、再び炎の中で熱し、さらに取り出して叩く。それを数度繰り返して少し薄く引き伸ばされると、水野さんは玉鋼の真ん中にくさびを打ち込みます。くさびで刻んだ線に沿って、今度は玉鋼を折り曲げていくのです。熱せられた玉鋼は、鎚で叩かれ続け、チーズのようにぐんにゃりと折れ曲がっていきます。二つ折りになった玉鋼を叩き続け、いつしか一枚の板となります。
水野さんが手を止めました。
「これが1工程です。1工程で2層に、2工程で4層と、この工程を10回繰り返せば1024層になります。刀は15回は折り返すのですが、何層になると思いますか? なんと3万2000層以上です。わずか2厘5分といわれる刀の刃の厚みの中に、5万層とか10万層が折りこまれているのです。これによって折れず曲がらずと言われる日本刀の特徴が生まれるのです」
この特別な製法によって作られた日本刀の切れ味は、西洋の剣などと比べても段違いだと水野さんは言います。
「場合によっては鉄だって切れますよ。それにもう一つ、日本刀には美術品としての価値があることも重要です。だから1300年も前の刀が大切にされている」
▲折れず曲がらずの日本刀を手にお客様に解説する水野さん。 |
あの分厚い玉鋼の塊が10数回も折りたたまれ薄い1枚の刃にされるまで、気が遠くなるほど繰り返される鍛錬。そして古人から受け継がれた知恵と技術。それが折れない日本刀を生み出すのです。
■果てしない鍛錬
▲無心で鎚をふるいつづけ刀が生まれる。 |
長く果てしない鍛錬の間、刀鍛冶は何を考えながら鎚をふるっているのでしょうか。水野さんは即答しました。
「無心です。もちろん、注意深くはやっていますが。お昼ごはんに何を食べようかとか、そんな雑念が入るとダメですね」
古式鍛錬では人の手で鍛錬を行っていましたが、普段は水野さんも機械仕掛けのスプリングハンマーを使って鍛錬しています。水野鍛錬所では、2007年から堺市の秋季文化財特別公開に合わせて古式鍛錬の公開を行うようになりましたが、こうしてわざわざ古式の製法を公開しているのには理由がありました。
「本来は人にお見せするものではないのですが、堺市の文化財特別公開に何かご協力できればという思いがありました。また、刀鍛冶の技術と地場産業を地域の方にも知っていただきたいし、刀という文化を知ってもらういい機会になります」
この日は、地域にお住まいの方に加えて、市外や海外からのお客様もお見えになっており、鍛錬の迫力に驚きの目を見せていました。 地元から海外にまで、水野さんの思いは伝わったのではないでしょうか。
▲折り曲げた玉鋼を熱し叩き続けて…… |
▲見事に二重に折りたたまれる。これで1工程。工程を何度も繰り返して日本刀が生み出される。 |
普段から古式鍛錬を行えないのは、もうひとつ消極的な理由もあります。
「今日は仲間が手伝いに来てくれましたが、経済的な理由もあってどこの鍛冶屋も人を雇う余裕はなく、1人でやっているのが普通なんです」
刀の生産本数は法律的にも規制されており、水野さんが作る刀は年間に1~2本。多くて3本程度。これでは、経営的にも成り立ちません。
今や水野さんは大阪府下唯一の現役刀鍛冶で、手伝いにきた刀鍛冶の皆さんは、三重や東京など日本各地から集まってきていました。
「日本の刀鍛冶の数は正確にはわかりませんが、250人程度だと言われています」
せっかくなので、公開の合間に刀鍛冶の皆さんに質問を投げかけてみました。
--今日の公開鍛錬には、刀剣ファンとおぼしき若い女性のお客様もお見えになっていました。最近は「刀剣乱舞」(ゲーム/アニメ)のヒットもあって、刀剣ブームといわれていますが、どう思われますか?
「『刀剣乱舞』のヒットで、裾野が広がったのはいいことだと思います。まずは興味を持ってもらわないと。先日、『エヴァンゲリオン』(アニメ)とコラボレーションした日本刀の展覧会がありました。伝統を重んじる方からは批判もありましたが、イベント的には大成功だったんじゃないでしょうか。刀好きではない方も興味をもってくれた」
--ブームで何か変化はありましたか?
「ブームといっても、いきなり若い女性が守り刀に30万円も出すことはなかなかないと思います。僕らの所にまで仕事が来ることはまだありませんが、(刀剣を展示した)美術館に足を運ぶ人が増えていると聞きます。注目が集まるのはいいことですね」
--東京オリンピックの開催で、日本の伝統文化に注目が集まるのでは? というお話も皆さんでされていましたが。
「日本らしいオリンピックということもあって、オリンピックメダルを玉鋼で作ったらどうだろうとか。重くて大変だと思いますが(笑)」
刀剣ブームの華やかな印象がある中で、刀鍛冶の現場は熱した鋼をひたすら無心で叩き続け火花を浴び続ける地道で忍耐を要するものでした。想像もつかないほど繰り返される作業の末に生まれる日本刀。古式鍛錬公開は、普段は閉ざされた中で行われている鍛冶現場に触れることが出来る貴重な場です。機会があれば、ぜひ訪れ、バスタオルごしに炎と鉄の芸術が生み出される場を体験してください。
水野鍛錬所
大阪府堺市堺区桜之町西1-1-27
TEL:072-229-3253
FAX:072-228-1354
営業時間 平日9:00~18:00 土、日、祝日11:00~16:00 (土日祝は不定休。休業日は水野鍛錬所HP内のブログで案内)