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本物に触れる空間と時間 堺の親子狂言教室(1)

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堺旧港を臨む大浜公園。公園のほど近く、幹線道路に面した古いビルの一階入り口をくぐると、そこには予想外の光景が待っています。
宮大工の名工による総檜造りの能舞台。これまで何度かご紹介してきた、日本で唯一個人所有の堺能楽会館の能舞台です。
この日は、この本格的な能舞台の上で、狂言の「大和座一座」による「堺の親子狂言教室」が開催されました。これは、公益財団法人三菱UFJ信託地域文化財団助成事業のもとに開催されました。伝統芸能にはじめて触れる子どもたちのためにも、基礎から能楽(能と狂言)について解きほぐすようにして解説する狂言教室は、大人にとっても興味深いものでした。
■お稽古を通じて知る能楽の世界
狂言教室は三部構成になっており、第一部は第二部で子供たちが演じることになる「菌(くさびら)」というお芝居のためのお稽古です。
先生は、狂言師の安東元さん。先生によると「菌(くさびら)」は山伏とくさびら(キノコ)のお話です。
「祈祷という不思議な力によって、病気を治したりする山伏は、特別な存在と見られていました。当然、良い山伏もいれば、悪い山伏もいます。山伏という権威を狂言は笑い飛ばします」
狂言「菌(くさびら)」は、大きなキノコが生えてくるのを山伏が退治しようとする顛末を描いたお話です。
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▲堺能楽会館の本格的能舞台。とてもビルの中庭に造られたとは思えません。
安東先生は、舞台に子どもたちを呼びました。五色の幕の向こうから現れた5人の子どもたちは、橋掛かりを通って、舞台奥の最初の柱の角で曲がり、舞台正面向かって左にある柱の角でまた曲がり、舞台正面向かって右の柱の前で歩くと、今度は斜めに折り返して舞台の奥で整列しました。
この遠回りをして歩くコースにも意味があります。
「能舞台の柱にそって三角形に歩くのは、旅をしていることを表現しています。これを道行(みちゆき)といいます。最後まで歩くと、それは目的地にたどりついたということです」
歩き方も、能楽の歩き方は特別です。
「ももを上げて歩く西洋式の歩き方と違う、運足という日本の伝統的な歩き方です。石畳の上を歩くヨーロッパと違って、田んぼの泥の中を歩く農耕民族のすり足の歩き方です」
子どもたちもこの運足というすり足の歩き方を教わりました。
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▲運足の練習。おへそにロープをつけられて正面から引っ張られるようなイメージで歩く。
そのうえで面(おもて)をつけます。
「面をつけると視界が極端に狭くなります。試しにやってみましょう。扇が見えたら手をあげてね」
安東先生が、面を付けた子どもを立たせて、畳んだ扇を手にもって、子どもの胸あたりから上に動かしていきます。すると、ほとんど顎の下を越えたあたりで子どもの手が上がります。今度は頭の上から下へと扇を下げていくと、額のあたりで手が上がります。左右も同様にすると、ほぼ顔の横で手が上がります。つまり、面をかぶってしまうと視界はほとんど顔の前、数十cmの四角形しかないのです。
「能舞台の四隅にある柱は、邪魔な柱ですよね。でも、狭い視界の中で、舞台のどの位置に自分がいるかを知る、目付(メツケ)をするのに柱が必要なのです」
能舞台の柱にはそれぞれ機能があって、名前が付けられています。
「(キャラクターが登場する)橋掛かりから最初にある(奥・向かって左の)柱はシテ柱。シテとは主役のこと。登場して名乗りをあげる場所です。メツケをする(前・向かって左の)柱はメツケ柱、ワキが控える(前・向かって右の)柱はワキ柱、奥にはお囃子が並ぶのですが、これも位置が決まっていて、一番右に笛がいる(奥・向かって右の)柱はフエ柱といいます」
四つの柱だけがある能舞台はとてもシンプルな構造をしています。お芝居の演出も装飾をはぎ取り、その一方でとても工夫を凝らしたものです。
「能楽は想像力を必要とする芝居だと言われています。舞台上に出ているものは50%から人によっては40%ぐらいだといいます。つまり残りの60%から50%は観客が頭の中で想像して補わなければなりません」
たとえばよく使われる小道具に「かづら桶」があります。ひとかかえほどの蓋のついた桶ですが、これは武将が座る床几(イス)にもなれば、木にもなります。「柿山伏」という狂言では「かづら桶」は山伏が登る柿の木になります。この時、独特の演出テクニックが駆使されています。
木の下にいる柿の木の持ち主は、柿の木に登っている山伏を見上げるのに直接山伏を見ずに、山伏の上の何もない空間を見上げます。柿の木に登っている(「かづら桶」の上にいる)山伏は見下ろすのに持ち主を見ずに、その下の空間を見下ろします。つまり、すれ違う二つの視線によって木の高低差を表現しているのです。

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▲かづら桶の上下で目線を合わさず、高低差を表現する演出。

さて、お稽古を見学するうちに、観客も気が付くと能楽について沢山のことを教わっていました。そんな第一部の後は、第二部では「菌(くさびら)」の上演です。
■子どもたちの狂言
狂言「菌(くさびら)」。
さて舞台に立つ5人の子どもが演じるのは「くさびら(キノコ)」の方です。キノコとはいいますが、現代人的な感覚からするとキノコの精とでもいうべきかもしれません。
お話は大きなキノコが生えてきて困っている家の主が、山伏に処置を頼むところからはじまります。キノコは面をつけ傘をかぶった子どもです。山伏が祈祷をすると、キノコは逃げ出します。
この時のキノコの歩き方は、第一部で教わった歩き方で、しゃがんで歩く「くさびら歩き」という歩き方です。剣道の構えのまま、ひょこひょこ歩くさまは可愛らしいのですが、安東先生によると「年をとるとこの歩き方は辛い」そうです。でも、子どもたちは「くさびら歩き」で元気いっぱいです。
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▲しゃがんで歩くくさびら歩きのキノコたち。最初は山伏の祈祷で追い払われる。
山伏が祈祷でキノコを橋掛かりへと追い払い、舞台へ帰ってくると、そこには舞台奥の入り口からこっそり入ってきた別のキノコが待っていたのです。驚く家主と山伏ですが、ここからキノコの逆襲が始まります。キノコたちが舞台にぞくぞくと登場すると、クサビラ歩きで山伏たちを追いかけます。キノコがえいっと手で何かをぶつけるしぐさ……胞子攻撃でしょうね……をすると、「まいった、まいった」と山伏が頭を抱えます。その滑稽な様子に客席からは笑いが起きます。
「えいっえいっ」と胞子で攻撃するキノコに追いかけられ山伏は逃げ出し、橋掛かりから全員が退場すると終演です。こうして子どもたちは立派に「菌(くさびら)」を演じきったのでした。
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▲くさびらは仲間を呼んだ!! たくさんのキノコの逆襲に山伏の祈祷も聞かず、逆に追い払われる羽目に。
可愛らしい舞台でしたが、この舞台を見て感じたのは、ヨーロッパの道化芝居にも通じる権威を笑い飛ばす反骨の精神をもったコメディということでした。特に道化芝居と狂言に共通するのは、この世ならざる存在が登場し、権威を馬鹿にする役割を背負うところでしょう。こうしたお芝居では、大人のキャラクターが権威に対抗するセリフを吐くと暴言と受け取って観客は反発を感じることもあるけれど、道化(愚者)、妖精、きのこ、子どもが言うことによって、許され笑いになるという構造を持っているのです。
滑稽な笑いに隠れての骨太の風刺劇。第三部では、プロの狂言師によるお芝居で、そんな狂言の楽しさを教えてもらうことになります。
(→後篇へ)
堺能楽会館
住所 大阪府堺市堺区大浜北町3-4-7-100
最寄り駅 南海本線:堺駅
電話 0722-35-0305

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