600年を飛び越えるタイムマシン 堺能楽会館(1)
■一つの演目を二つのスタイルで
年季が入ったビルのエントランスをくぐりぬけると、そこには総檜造りの能舞台が待っていました。これまで何度かご紹介してきた堺能楽会館の能楽堂です。舞台の上には、和装の男性が1人。後は多少の世代のばらつきはありますが、若い洋装の男女が車座になって彼を囲んでいます。
和装の男性は大和座狂言事務所(以下大和座)の安東元さん。舞台上で歌うのは「雪山」で、その声に続く男女は「劇団GUMBO」のメンバーを中心とした人々です。歌い終えた安東さんは、解説を始めました。
「これが何百年も前のJpopです(笑) 当時の人たちがみんな知っていた、今でいえば『世界で一つだけの花』みたいな歌です」
舞台の上に和やかな空気が流れています。
▲狂言師の安東元さん(右)を車座に囲む。 |
「劇団GUMBO」は関西在住の劇団ですが、活動はもっぱら海外で、多くのフェスティバルで賞を受賞してきた国際的な評価の高い劇団です。2016年に堺で開催された「堺アルテポルト黄金芸術祭」では、堺の歴史や文化を題材にした「魅惑のザビエルナイト」を公演して好評を博しました。この数少ない日本での公演が縁で、京都府木津川市の市をあげてのアートプロジェクトに招へいされるなど国内での活躍の場も増えました。
そして、一年ぶりの堺公演は、「堺アルテポルト黄金芸術祭」を企画した「堺アートプロジェクト実行委員会」主催、堺能楽会館で大和座とのコラボレーションとなったのです。
これは、現代演劇の劇団GUMBOと伝統芸能の大和座が、600年の歴史を持つ狂言「萩大名」という同じ演目を、現代と古典、それぞれの演劇スタイルで上演するという刺激的な企画です。
▲安東さんの解説。橋掛かりの欄干に足をかけて、舞台に飛び移るようなアクションも能楽にはある。 |
この日は、劇団GUMBOと大和座の二度目の顔合わせで、上演する能舞台に実際にあがって、大和座の安東さんから能舞台の解説が行われていました。
劇団GUMBO側には団員の他、客演の役者と衣装スタッフ、それに香港の俳優アスカ(Leung ka Wai Aska)さんも加わった大所帯です。
「橋掛かりの前にある三本の松は、大中小になっていて遠近感を出しています。舞台の下を見てもらうと、白い石が敷き詰められています。これは昔は屋外で演じていたので、日光を反射させて舞台を明るくするための工夫です」
と、シンプルな能舞台に隠された機能的な設備についての安東さんの解説が続きます。
「よく見てください。舞台は傷だらけでしょう。長刀を床に突くシーンなどでは、結構激しく突いたりするんですよ。橋掛かりから、柱の外を飛び越えるアクションシーンなんかもあります」
緩やかな古典芸能というのはイメージに過ぎず、能楽には殺陣もあるとのこと。
「能楽の上演時間はどれぐらいなのですか?」
「一演目は2時間か1時間ぐらいですが、昔は一日がかりで能5曲と狂言4曲で演じたので、昔の動きはもっと早かったといわれています。陽の出ているうちしか出来ませんから」
時代を経て練磨され、よりシンプルになった能舞台でどんな現代劇を上演することになるのか、参加者のイメージも深まっているようです。
■シンプルで強い自由な空間
劇団GUMBOの俳優たちが、実際に舞台の上で動いたり、発声したり、照明の当たり方を確認して、感覚を確かめはじめました。
「すごい(舞台が)弾むから変な感覚」
「照明は暗くするものなのですか?」
「それは演者さんの好みや解釈にもよります。暗くするのを好まれる方もいますが、あまり暗くしすぎると囃子方(楽器演奏)の方が手元が見えなくて困ると言われたりしますね」
「暗くしすぎるとほとんど客席が見えませんね。お芝居が内に向かってしまうから、喜劇には向かない気がします。私はね」
そんな会話が舞台上で飛び交います。すでに皆さん実戦モードに入り、この舞台でどう演じるか、自らの役割をどうこなすか、作品作りが始まっているようです。
▲劇団GUMBOの西原亮さん(右)と、代表の田村佳代さん(左)。 |
劇団GUMBOの2人の役者さんに、能舞台を実際に体験した印象を尋ねてみました。まずは脚本も担当することが多い西原亮さん。
「思ったほど今まで立った舞台と違いはなかったです。自分は多分どの劇場でも舞台立つとテンションが上がるのだと思います」
――安東さんの解説で何か気づいたり、驚かれたことはありましたか?
「能の面が角度で表情が変わるのは、実際に観て、なるほどなぁと思いました。当たり前の感想で申し訳ないけど、舞台の構造もよく考えられてると思いました。研ぎ澄まされている空間ですね。丸出しというか裸の劇場。さて、ここでどんな風にGUMBOの芝居をしようかな、ということを今は考えています。そんな感じです」
▲香港から来た俳優のアスカさん(右)に通訳する劇団GUMBOの宮坂野々さん(左)。 |
もうひと方、音響や演出助手も担当する宮坂野々さん。舞台に立った印象は?
「舞台に対する緊張感(演じるということではなく舞台そのものが持つ空気感)は、例えばサンディエゴと比べても大きく変わりはありません。どちらも私にとっては凛としたものです。今日見るまでは舞台の形(アクティングエリア)にはっきりとした約束事があり、それを破ってはいけないかと思っていましたが、やはり空間は自由で何にでもなれる自由な空間でした。どんなことができるからワクワクしました」
――同じく、解説を聞いての感想は?
「だいたい能舞台については知っていたので解説については特にありませんでした。ただ安東さんのお人柄は大変オープンな方で新しいことに向かう姿勢が大変素敵だなと思いました。それと個人所有という堺能楽会館が本当に素敵でしたぁ」
さらに、香港から来たアスカさんにも感想をもとめました。
「ストロング! 能舞台はシンプルですね。シンプルであるということはストロングということです」
ところ変われど舞台は舞台。芸術は普遍的なものなのでしょう。このシンプルにそぎ落とした舞台の上で果たしてどんなお芝居が生まれるのか期待が高まります。
■時間軸を自覚した縦のコラボレーション
能舞台での検討を終えたあとは、楽屋でテーブルを囲んでの交流会となり、そこで皆さんにお話を聞くことができました。
まずはイベントの主催である堺アートプロジェクトの代表の西村佳子さんに、趣旨についてお聞きしました。
「今回は、ここの舞台が素晴らしいし、何かできないかなというのがありました。そんな時、アーツサポート関西で八千代電設工業さんからの伝統芸能支援寄金があって、助成いただけることになりました。それで、そもそも狂言の良さとは何だろうと考えました。時空を超えて600年前の演劇の舞台を今も見ることが可能で、それを現代劇と比較することで、能楽会館をタイムマシーンと見立てての今回の企画を思い立ったのです」
このコンセプトは助成の審査でも高く評価されました。
「面白いと言ってくれたのは、平面的に今あるものを合わせるコラボレーションではなくて、時間軸での捉え方が面白い。興味深いと」
大和座の安東元さんは、古典のコラボレーションの難しさをこう語ります。
「日本の古典は、コラボレーションは色々やっているようでうまくいっていないのです。それは時代がバラバラだから。狂言(室町時代)と文楽(江戸時代)も時代が違う。今回の企画は横じゃなくて、縦の時間軸を最初から自覚している」
現代劇の劇団GUMBOの西原亮さんは言います。
「現代劇をやっているものからすると(日本の演劇は)時代ごとに分断されていると感じます。明治以降の西洋から影響を受けた現代劇と、江戸時代の歌舞伎と、それまでの古典劇(能楽)はつながっていないという印象が強いかな。ただいつの時代も人の感じてきたものは同じ、人が繋いできたものですから」
そんな難しさの中、時間軸を超えて縦に繋がるコラボレーションを劇団GUMBOの代表・田村佳代さんは進めています。
「この前、堺アートプロジェクトさんと西原と私とで大和座さんを訪問して狂言を見させてもらって、すごく面白かったんです。(狂言を現代劇にするにあたって)ここを変えてはいけなところ、ここは変えていいところというのがわかって、置き換えるべきか、置き換えないかで悩んでいたところです。今日は舞台を見させていただいて、音楽をどのようにしていくか考えています」
「音楽はどうされるんですか?」
と、大和座の安東さん。
「今回は生演奏で。パーカッションをする音楽家の方が入ります」
なるほどと、安東さんはうなずきます。
「堺能楽会館館主の大澤さんとのご縁もあって、今回の企画に参加することになりましたが、狂言を全力でやるだけで、あとは僕も一観客としてどんな風になるのかただただ楽しみです」
こうして交流会は和やかなムードではじまりましたが、アーティスト同士の対話はしだいに熱を帯びてきます。
後篇では、伝統と現代の二つの演劇界が抱える構造的な問題や、演劇論にも話は発展していきます。
(後篇へ)
堺能楽会館
住所 大阪府堺市堺区大浜北町3-4-7-100
最寄り駅 南海本線:堺駅
電話 0722-35-0305
堺アートプロジェクト
E-mail:sakaiartproject@gmail.com
FAX:072-334-5456
FAX:072-334-5456
大和座狂言事務所
住所 吹田市千里山東2丁目3-3
Tel:06-6384-5016,Fax:06-6384-0870,090-3990-1122(事務局)
Theatre Group GUMBO
◆チケット/お問い合わせ
入場料 大人 2,000円 小人 1,000円
①氏名②住所③枚数④連絡先電話番号⑤ご希望の公演時間(13:00~/17:00~)を下記Email、またはFAXにてお伝え下さい。(先着順)
堺アートプロジェクト実行委員会
Email sakaiartproject@gmail.com
FAX 072-334-5458
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