いわき・さかいバレーボールカーニバル2016 (1)
体育館では、女子中学生たちがバレーボールの練習をしています。どこの中学校にもある日常的な風景ですが、眼前の風景には普通ではない要素が二つあります。
ひとつはここが新日鐵住金堺体育館で、生徒たちを指導しているのがプロバレーボールチームの堺ブレイザーズの選手たちであること。そしてもうひとつが指導を受ける45名の生徒たちが、東日本大震災で被害を受けた福島県いわき市にある四つの中学校の生徒たちだということです。
これは堺市の被災地支援交流事業「いわき・さかいバレーボールカーニバル2016」の一コマです。このバレーボール教室での出会いに、いわき市と堺市の人々はどんな思いを抱いたのでしょうか。
■プロと同じ練習を体験
アリーナの左右に二つのコートがある体育館では、朝の9時半からバレー教室がはじまっていました。ストレッチやランニングから始まり、基礎的な練習に続いてポジション別の練習がはじまります。指導するのは、そのポジションでプロになった選手です。まだポジションが定まっていないような初心者には別メニューが用意されていたのですが、そこで待ち受けていたのは元全日本選手でエースの”ゴッツ”こと石島雄介選手です。選手の中でも大柄でスター選手のオーラをまとう石島選手の存在感は一際です。
「俺は厳しく教えるからな」
と、石島選手は強面ですが、生徒一人一人がアクションするたびに声掛けをして丁寧にアドバイスを送ります。ポジションごとのグループでも、選手たちが身振り手振りをまじえて実演をしながら教えているようです。プロの真剣な態度に、生徒たちも引き締まった表情で挑んでいます。
▲口では「厳しく!!」と言う石島選手ですが、こちらの表情をご覧ください。 |
「そろそろ止めて。休憩です。しっかり水分をとってください。休憩を終えたら、次は最後の練習です」
マイクを握って指示を送るのはリベロの今富稜介選手。2015年にトライアウトで福岡大学から加入した選手です。今富選手の指示する最後の練習とは、試合形式の練習でした。6人でチームになって、ミスをしたチームはコートを去り、勝ったチームがコートに残り続けるというゲーム性のある練習です。
「こちらのコートはキングコートといって、勝ったチームはこちらのコートに残り続けます。堺ブレイザーズの選手は強いから残り続けると思うけど、勝てるよう挑んでください」
生徒たちは数チームずつ2つのコートにわかれて、堺ブレイザーズチームに挑戦します。
▲キングコートに残れるか!? 試合形式の練習ですが、生徒たちは自信なさげな様子。堺ブレイザーズチームは、伊藤選手、内藤選手、佐川選手……手ごわいメンツとのゲームの結果は? |
左コートで対戦する堺ブレイザーズチームはハンディとして3人編成でしたが、なかなかポイントを奪えません。1回の失点でコートを去るので、頻繁にチームは入れ替わるのですが、キングコートに君臨し続けるのは堺ブレイザーズチームでした。しかし、当初はおっかなびっくりで縮こまって見えた生徒たちも、ボールを追ううちに心も体もほぐれ、ついにポイントを奪って堺ブレイザーズチームを追い出すことに成功します。
▲はるかに身長差のある千々木選手にも臆することなくプレイ。 |
一方、右コートでは、生徒たちのチームに堺ブレイザーズの選手が混ざったチーム編成でゲームが行われていました。1人生徒チームにまじる千々木駿介選手は勝ち残るとハイタッチでチームを鼓舞するなどし、すっかりゲームは白熱しています。
敗北を宣言されたチームが、
「今ラインを踏んでましたよ」
と審判に抗議して判定が覆るシーンもありました。プロを相手にしても勝ちにこだわる姿勢は、中学生ながらもスポーツ選手らしくて頼もしくすらあります。いいプレイが出て勝ちにつながってきた時の笑顔、ミスした時の悔し気な表情が上気した顔に浮かびます。
▲審判にアピール。この後、判定が覆りました。 |
キングコートの練習を終え、バレーボール教室の2時間は過ぎました。
集合して整列した生徒たちに、今富選手が最後に強調していたのは「声掛け」の大切さでした。自分からの積極的なコミュニケーションを大切にするのは、チームプレイで成り立つバレーボールだからこそ。生徒たちには貴重なアドバイスになったことでしょう。
▲プレイを繰り返すうちに皆笑顔に。 |
今回のバレーボール教室のメニューを中心になって考えた今富選手に、どういう意図やテーマをもってメニューを作ったのかを尋ねてみました。
「バレーボールを教えることはもちろんなのですが、せっかく福島から来てくれたのだから、堺ブレイザーズの選手も入って触れ合いながらやれる部分を増やしたかった。技術指導だけでなく、こういう経験はなかなか出来ないので楽しんでくれたらと思いました」
中学生たちが体験した練習は、実は基礎練習からプロのやる練習と同じ練習でした。
「ウォーミングアップの仕方ひとつとっても新鮮だったんじゃないかと思います」
今富選手ら堺ブレイザーズは、しっかりと準備をしてこの日に臨んでいたことが伺えます。堺ブレイザーズは、これまでもチャリティマッチや募金事業などで、東北に心を寄せていたのです。
▲プログラムを考え、当日も仕切りで活躍した今富選手。 |
■長く続く支援を行いたい
バレーボール教室を終えた生徒たちは、堺ブレイザーズの選手と一緒に昼食をとった後、体育館に戻って堺ブレイザーズによるエキシビジョンマッチの観戦となります。選手は生徒との交流を楽しめたのでしょうか? 今シーズン、主将を務める伊藤康貴選手に尋ねました。
「生徒たちは最初は緊張していたけれど、コミュニケーションはとれましたよ。お昼ごはんを一緒に食べましたけれど、バレーボールの話は全然しなかったですね。年をきかれたり、結婚はしているの? とか」
バレーボール選手というより、「年上の男子」として興味をもたれたのでしょうか。
では、バレーボール教室ではどんな交流があったのでしょう。生徒の経験に応じて別メニューが用意されていたのが印象的でしたが。
「普段僕たちがやっている練習を基本的なところから体験してやってもらいました。オーバーハンドとアンダーパスさえ出来れば出来る練習です。しかし、バレーボールは難しいスポーツでもありますから、オーバーハンドもアンダーパスも出来ないと無理なメニューもあります。3年生、2年生と1年生では違って当然ですしね」
普段から堺市内でバレーボール教室を開催している堺ブレイザーズの選手には、バレーボールのコーチはお手の物でした。では、被災地の支援交流事業としてのバレーボール教室に対する手ごたえは?
「僕たちもバレーボールを通じて被災地と交流していきたいと考えています。バレーボールを楽しくやりながら、僕らの技術を少しでも伝えられたら、交流して元気になってもらえたらと思います。震災直後に比べたら、すでに前を向いていると思うのですが、心の奥には震災のことがあるのではないでしょうか。それが癒えたのなら、僕らにとっても意味がある、やってよかったことです。僕らも震災のことを忘れずにやっていかなくてはと思いましたし、お互い大好きなバレーボールに前を向いて取り組んでいけたらと思います」
▲今年は主将に抜擢され、一層の活躍が望まれる伊藤選手。プレイでチームをひっぱります。 |
堺出身で堺ブレイザーズ育ちの佐川翔選手はどのように感じたのでしょうか。
「せっかくバレーボールを通じてかかわることが出来ているので、そのルーツであるバレーボルを楽しんでもらって、志をもってもらって、この先に繋がるようになればと思います。僕も バレーボールを通じて人間が作られています。個人としても、他人ともつながることも、バレーボールを通じてだったので」
今回は先生役だった佐川選手ですが、その手ごたえはどうだったのでしょうか。
「子供たちはピュアで教えればやろうとする子が多かったです。もっと教えてあげたかったし、2時間は短かったですね。でも2時間の間に出来るようになった子もいたのがよかったです。 僕らにしても、普段は数名の選手だけで教えるバレーボール教室と違って、ほぼ選手全員がいるのでぜいたくに練習ができたのが、いつもと違う感覚で良かったです」
佐川選手からも被災地に向けての想いをメッセージにしてもらいました。
「だいそれたことは言えないけれど、しっかり現状を理解して前を向いて頑張って欲しいです」
▲すっかりチームの要になった佐川選手。セッターとして生徒たちにアドバイスを送ります。 |
さて、堺ブレイザーズの選手にとっては、秋からは新シーズンがはじまります。その意気込みを地元堺へのメッセージとしてもらうことができました。
伊藤選手は飄然としたコメントです。
「フロントもチームスタッフも変わり、いい意味で会社やチームも一体となり取り組めています。 選手もいいコミュニケーションをとれている。去年悔しい思いをしたことを胸に、今年勝つために個人で何ができるのかを考えてやっています。ファンに見てもらえるリーグ以外の時も、今日のようにがんばっています。 主将として何やることもないですし、チームをまとめてやろうとは思っていません。僕は年齢的にもチームでは中堅になるので、普段の努力を下からも上からも見てもらえたら、自然にまとまると思っています」
佐川選手からはしっかりとした言葉。
「地元あってのチームなので、地域の人たちに還元するには、僕たちはバレーを通じて活気のある姿を見せることです。Vリーグに向けてより多くの堺の人に応援してもらって、堺の人にも元気になってもらいたいです」
そろそろコートではエキシビジョンマッチに備えて選手たちがアップをはじめました。アップの手伝いには、生徒たちからも何人かが選ばれています。これもいい経験となることでしょう。
後篇では、この事業がどうして生まれたのか、そして生徒たちの声をお届けします。
(後篇へ)
新日鐵住金堺体育館