茫々たる海のある景色や原生林の中を小さなバイクで走り、あるいは自らの足で歩いていると、いつのまにか気持ちの中で、科学文明が無くなり古代と同化していく……
堺の画家柾木高さんは、自らの心象風景をそう語りました。その言葉で紡ぎ出された光景も一幅の絵のようです。
つーる・ど・堺が柾木さんにお話を伺ったのは、2012年のこと。この年、個展『火・森・水』を開催され、それから3年たった2015年、個展『古代賛』を開催されます。
『火・森・水』から『古代賛』へ。柾木さんがこの個展で表現しようとされているものが何なのか、お話を伺いにアトリエにおじゃましました。
■不変だった3年間
『火・森・水』から『古代賛』へと、この3年間で作家としての変化が柾木さんの中であったのでしょうか?
「気持ちの上での変化はなにもありませんね。不変です。もちろん体力が落ちてきたりはしましたが、3年間不変です。あえて言えば、もともと持っていたものがはっきりして来たということがあったかもしれないね」
『古代賛』の出発点をたどると、それは柾木さんが、バイクに乗り始めた10年ほど前にさかのぼるのかもしれません。
「吉野の桜を描きたいと思って、新聞の開花予想と天気予報をにらみながら、混雑を避けようと朝の3時頃にバイクで吉野に向かった。310号線を河内長野、千早赤阪から五条へと越える時、満月に照らされた山のシルエットに山桜が浮かび上がって、古代人もこれを見たのかと思った」
明け方早く吉野についた柾木さんは、下千本、中千本、上千本と巡ります。
「尾根にも谷にも桜があって、陽の当たりが違う。その違いが綺麗だった。きっと南北朝の頃と変わらない景色なんじゃないかと思った」
そんな取材旅行をいくつも重ねた柾木さんですが、名所・旧跡の取材に気乗りがしなくなった時期もあったそうです。
「そんな時に湯布院のユースホステルに泊まっていて、同宿者と火祭りを見に行った。すると火を見ているうちに、古代とつながる気がして頭の中に絵が出来た。帰ってから急いで作品を描き上げたよ」
この時に生まれた作品が『火・森・水』の作品群につながります。
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▲『黒蝶』 2008-2012年 174×411 |
「『火・森・水』の個展の中で、ふつふつと次回がひらめいてきて自然に構想が浮かんでくる。それを何ヶ月も何年もかけて色や形に表してくる」
今も続く祭りの火や、原生林の森、水を描いた柾木さんが、さらに突き詰めていったのは、自然に対して古代日本人がもった信仰心でした。
■森から古代の葬送へ
原始的な日本の信仰では、人工的な建築物を宗教施設とはせず、岩や木、あるいは森そのものが信仰対象としてあがめられていました。
取材で原生林をまわるうちに、柾木さんはより古代の信仰へ思いをはせるようになります。
「堺に住んで40年になるけど、『火・森・水』の頃は古墳にはまったく興味がなかった。古代人の信仰心に興味をもつようになって明日香に気持ちがいって、箸墓や高松塚古墳にいったり、近つ飛鳥博物館には本物もレプリカも含めて石棺を沢山見たりした。そんな時に、はたと堺に古墳があることに気づいてお膝元の博物館にいったんだ。灯台もと暗しだね」
森や海、古墳を巡るだけでなく、原始信仰や古代の葬送に関する書物を数多く読みました。
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▲アトリエでは制作中の作品を見せていただきました。キトラ古墳天文図と白虎の棺を描いた作品。 |
「私は学者じゃないから、時代の整合性など考えずに、イマジネーションで描いている。キトラ古墳天文図と白虎を描いた作品や、石棺の中に眠る死体も自分だと思って描いたり。でもこういう表現は事実とは違います。都合良く拾い集めて描いているんです」
棺も柾木さんにとっては、重要なモチーフです。
「1970年代に三菱重工爆破事件を起こし死刑判決を受けた大道寺将司という死刑囚の句集の中に、『棺一基四顧茫々と霞みけり』という一句がある」
その句にインスピレーションを得て2013年に布棺を描いた作品を制作。これは2014年『ビエンナーレうしく』で入選を果たします。
こうした題材の作品が評価されたことに、柾木さんは驚き、勇気づけられたといいます。
同様の構図で小品も制作し、『西脇市サムホール大賞展』にも入選しました。
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▲布棺を描いた作品と、明日香の石舞台を描いた作品。 |
■「悠久」を描く
古代の森から、古代の葬送へ。柾木さんは、この先何を描いていくのでしょうか。
「絵描きは表現しないと絵描きではない。ピカソは『石ころ一つ描いても革命的であれ』と言ったけど、題材はいっぱいある中、何を選ぶか、日常生活の中で何を描くのか、何をどう描くのか、意識の問題ですね」
2011年の東日本大震災直後には、鎮魂の意味をこめて柾木さんは蝋燭の炎を描きました。
「あれは直後だったし、魂鎮めぐらいのことは描けるかと思った。地震や津波など自然の現象の一つ。古代では自然の脅威は神の仕業と考えられていた。たまたま私たちはこの時代に生きているだけで、天災はつきもの。起こった後は人災の部分もあるけれど、天災で多くの先人を失ってきた。私は悠久とかそういったものに、もう少し思いを巡らしたいと思う」
柾木さんは、絵を描くことを煩悩だともいいます。
「絵を描いて恐れ多くも発表しようとする。こういう絵を描いて残すのは煩悩。自己顕示欲のかたまりだと思うよ」
不変という柾木さんですが、不変でありながらも、より研ぎ澄まされている、そんな印象も受けたのでした。個展『古代賛』では、柾木さんの「悠久」の世界に触れることが出来るはずです。
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▲古代人には神のしわざとしか思えなかった天災。しかし現代に生きる私たちも、様々な災害に苦しみます。
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柾木 高 個展『古代賛』
■開催期間:2015年10月13日(火)〜18日(日) 12:00~19:00 (最終日は17:00まで)
■場所:楓ギャラリー
■住所:大阪市中央区上本町西1-4-20
■アクセス:地下鉄谷町線・長堀鶴見緑地線 「谷町6丁目駅」①③号出口徒歩3分
TEL06-6761-0388
画家 柾木高
個展「古代賛」を開催するにあたって
「火・森・水」展より3年を経て、その後も森を取材するうちに原始神道としての森に引きつけられ、古代人が抱いた自然への畏怖に少しでも近づきたいと模索した結果の個展である。
また堺に住むようになって40年、このような制作を進めていくいちに身近に見慣れた巨大古墳群が突如としてイメージの中にあらわれてきて、合わせて「古代賛」として発表することにした。
私はどちらかというと陽気な性格だと思うが、「美」としては「陽」より「陰」を。「明」より「暗」を好む。40年近い制作を振り返ってみるに、改めてこのようなことが言えるのではないかと思う。従って徐々にいきつくところへ行っているのではないだろか。
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柾木高先生の絵画教室も開かれています。
興味のある方は
マサキ絵画教室 072-245-6750 まで