リノベーションを中心にと、新築よりも大変なことも多いリフォームを数多く手掛けるのは何故なのか。独立してまだ2年にならないというのに、精力的な活躍を見せる西さんの事務所を尋ねました。
「生まれたのは串本です。その後、十津川や五條と、父親が銀行勤めで転勤が多く転々としましたね。高校は智弁高校で進路を決める時に、僕は理系だったんですが、化学や電気よりも、建築は物作りだから面白そうだと思ったんです。父の趣味がDIYで、僕の勉強部屋まで自分で増築する人なので影響を受けたのかもしれません」
「受けた大学は全部建築科。関西大学の建築科に入って、勉強とあとはバイクで一人旅をしてました。夏休みは北海道でバイトしたり、オーストラリアでバイクを買って1万キロ走ってまたバイクを売ったり」
「1回生は下働きで芸をしたり役目があって怒られっぱなし。2回生になって楽になるのかと思ったら1回生の教育係になって、上から怒られ下に怒りで大変。3回生になったらグループのことをしないといけない」
そんな寮生活で社会に出る前に社会勉強をたっぷりとした西さんでした。
「会社も同じなんだろうなと思いました。それと住むということ、暮らすということを寮で知ることが出来たのは大きかったと思いますね」
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▲日本全国に広がった先輩後輩のつながりは今もある。 |
■挫折と再挑戦から、独立へ
「卒業して堺東の設計事務所に勤めました。2年いたんですが、結局建築士になる夢は諦めて串本に帰りハウスメーカーに再就職しました。家をどんどん作りながら、定年までここに勤めるんだと思っていたんです」
ところが、ここで運命を変える人と出会います。
「大阪の設計事務所で働いていた嫁さんに出会ったんです。嫁さんは堺の人で、これはもういっぺん挑戦しろって事じゃないかと思って、HPを見て堺のコアー建築工房に電話したんです。それが10年前のことですね」
西さんの再挑戦がはじまりました。
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▲「人との出会いは偶然でなく必然だと思う。それを活かすのにターニングポイントに気づく力がいる」と西さん。デザイナーの樋口恵介さん(写真右)との偶然の出会いも大きな出会いでした。 |
コアー建築工房では新築を手掛ける傍ら、リフォームの経験も多く積みました。
「既存のものを有効に使って、息を吹き込む、魂を込める。古いどうでもいいものが、自分の手が入って蘇る。そんなリフォームが面白くなってきたんですね」
個人的な興味に加えて、社会情勢に目を向けると「少子化」そして「空き家増」という問題が広がりを見せていました。今後いっそう人口は減り、空き家は増えていく。そんな中で新築ばかり建てる今の風潮への疑問がつのります。
「コアーの建築者としてやっていくことも出来たんですが、1人の建築技術者として、小さいけれど自分の考えを世に問いたかったんです。他の人からの反対、賛同。それが生きるって事に直結すると思ったんです」
自分の力で何かをしたいと決意した西さんは退職し、「西紋一級建築士事務所」を立ち上げます。
「名声が欲しいわけではない。作品を作りたいわけでもない。自分の力でやっていく生きた証。業務ではなく仕事をしたいんです」
■建築で社会に問う
少子高齢化の現在、空き家は資産だと西さんは言います。
「人口が減っている南区でも、大型の商業施設や集合住宅をどんどん建てるけれど既存の資産は堺市には沢山あるんです」
住宅の資産としての価値は、新築から中古になると下がりますが、ということは中古だとその純粋な価値だけを安く手に入れることが出来るということです。
「今、日本での住宅の寿命は30年といいますが、建築の進め方によっては、毎月8万も10万もローンを払う生活を変えることが出来ます。人生がもっと軽くなる。1人の家庭の生き方や人生を変えてしまい、全体的な経済も楽になるはずです」
だからリフォームだと西さんは言うのです。
では、リフォームするならば、どこに重点を置くべきなでしょうか。
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▲リフォームの耐震工事はどこまでもとの建築を活かすかに頭を悩ませる。 |
「耐震性と断熱性。この2点が大きいんです」
確信をもって西さんは言い切ります。
「この2点にプラスして暮らし方とデザインだと思うんです」
独立後、耐震設計の技術を学び直した西さんは、技術的にとても大きかったと言います。もちろん、近年も震災の被害は記憶に新しく、耐震設計の大切さは誰もがうなずくところでしょう。では、断熱性の重要さとは?
「ヒートショックはご存じですか? ヒートショックによる死は交通事故よりも多いんです」
ここでいうヒートショックとは、急激な温度変化によって体調が変化し、脳卒中や心筋梗塞などにつながる現象のことです。日本の従来の家屋では断熱性は軽視されがちで、ヒートショックを引き起こしやすいようです。
「断熱性を高めることで、住人の健康を守ることにもつながりますし、健康な人が増えれば医療費の増大に苦しむ日本の健康保険制度維持の助けにもつながるでしょう。もちろん省エネにもなりますよね」
耐震性断熱性を重視する理由が見えてきました。
「堺の補助金制度は素晴らしいんですよ。耐震だと設計に26万円、工事に100万円の補助が出るんです。新築でもたとえば2000万円かかる所にこの補助金は大きいですけど、リフォームなら300万円のうちのこれだけとか、場合によってはほとんどが補助金で賄えてしまいます」
一方で、リフォームでちゃんとした耐震や断熱をするためには、現状を活かしながら分析して行うので、新築よりも大変な部分もあります。
「手間と時間がかかるんです。なんとなく大丈夫じゃなくて、ちゃんと地震に強く断熱された家を僕は作りたいんです」
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▲西さんの手掛けたお宅。リフォーム前。 |
▲リフォーム後。暖かく子供が薄着ですごせる部屋に。 |
■建築家は物語る
串本から堺に居を移し、現在は泉北に西さんは住んでいます。
「泉北はポテンシャルが高いと思いますよ。一歩外に出たら公共のガーデニングがあるようなもの。30年前のものですが、ちゃんと作ってあるなと思います」
もちろん泉北の公団は30年前の設計ということもあり、リフォームの必要もあります。公団のコンペに応募して、西さんの案は惜しくも落選したのですが、西さんの案は西さんらしく住む人のことを将来まで考えたものでした。
「公団はよくある田の字設計。玄関を入って田の字状に4つの部屋があるのですが、これだと使い方が固定されてしまいます。僕は間仕切りを住人が自由に動かせるようにして、一人暮らしの人向け、子供が出来た時、子供が大きくなった時と、家族の形態が変わるにつれ、住む家が変わるように考えたんです」
可変する家というのが西さんのアイディアです。
「3LDKでは、暮らしは動かせません。でも昔の日本の家屋って、小さいけれどちゃぶ台を出したら食事の部屋に、布団をしいたら寝室にと自在に可変した。ハードに暮らしを合わせるのではなく、暮らしにハードを合わせるようにしたかったんです」
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▲泉北の古い集合住宅をリフォームした西さんの自宅。 |
新築の設計でも、西さんの手掛けた小さな家ではその思想が体現されています。
「大きい家というのは、案外使ってないスペースが多かったりするんです。使っているのは一部で、他は物置とか。小さな家は合理的ですよ。小さい分だけ費用も抑えられますし、大きい器にしてしまうと無駄に使ってしまうけれど、器に合わせて工夫することもできます」
小さくとも可変性があることで、暮らしに合わせて家も変わっていく住みやすい住宅です。
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▲西さんが手がけた串本にある「小さな家」。 |
「住む人々が培ってきたストーリー(物語)があります。僕はそのストーリーを大切にして、今までどんな暮らしがあって、そこに僕が入っていって僕もストーリーになって、引き継いでいくのが仕事だと思っています」
先祖代々受け継いできた古民家をお孫さんが暮らしたいと引き継ぐリフォーム。リタイアした老夫婦が老後を豊かに暮らすための新築住宅。
西さんが「作品づくりを目指していない」という思いで手掛けるのはリフォームでも新築でも同じなのです。
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▲自在に可変する「小さな家」はコンパクトで暮らしやすい。 |
「独立して1年半、2年になろうとしています。あと20年ぐらいはやっていく時間があるでしょう。その中で少しでも出来ることを出来たらいいですね。あせらずにぼちぼちとやっていきます」
西さんの事務所には、社名のもとになった西家の家紋の風呂敷が掲げてあります。これは串本で醤油醸造をやっていた頃の風呂敷で、100年前のものだそうです。
「孫がこうやって使っていると、先祖も喜ぶかなと思って」
西さん自身もまた家族のストーリーを引き継いで将来へと橋渡しをしているのでした。
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▲西家の家紋を染め抜いた風呂敷は額装され、オフィスに飾られています。 |
西恭利
西紋一級建築士事務所
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