雨の匂い。怪しい空模様を避けアーケードに入ると、息を潜めたような商店街がありました。
――『綾之町商店街』。チンチン電車の踏切が両断する小さな商店街。幼い頃の思い出が蘇りますが、ひとけは随分と減ったように思います。
灰色のシャッターが続く通りを歩けば、踏切を越えてすぐの町屋から何やら賑やかな音楽が聞こえてきます。鄙びた町に流れるのは洋楽でしょうか。
改装中の立て看板を表に出している家屋を覗くと、塗り立ての漆喰の壁と、濡れたような木を貼った床。そして作業真っ最中の若者が一人。
年を経た商店街の中で、その空間だけが若くまっさらで異彩を放っています。
一体ココは何で、彼は何者なのでしょうか? 通りから声をかけてみることにしました。
■雄飛に備えた一年
「立ち話になりますけど、いいですか?」
若者の名は、辻大樹さん。現在改装中の町屋は辻さんがひっぱるクリエイターズ集団『FLAT』の拠点なのだそうです。
「ここはもともと呉服店だったんです。僕が学生の頃に、当時廃線がとりざたされていたチンチン電車の展示会を手伝った時に、大家さんと知り合いました。その縁で空き家になっていた店舗を使わせていただくことになったんです」
辻さんは、共に創作を学ぶ仲間たちと一緒に『FLAT』の運営を始めました。
小さな商店街に突然現れた若者たちは話題を呼びました。活動は順調でしたが、時がたち辻さんは施工などの現場に出て本格的に物作りを学ぼうと思い立ちます。飛躍に備え力をつけるために。
「一年間だけ働かせてくれませんか? って頼んで什器工事、施工工事を学ばせてもらいました」
その間、『FLAT』の活動はお休みしていたのでしょうか?
「休んでたつもりはないんです。仲間にまかせていて、時々店を開けて維持してもらっていました。活動を進めてくれるかな? と思っていたんですけど、皆卒業後で徐々に忙しくなってきましたし、やっぱり僕がいないとなかなか動けなかったようです」
しかし、辻さんは一年間の勉強期間を経て帰って来ました。本格的な『FLAT』の活動が再開します。
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▲『FLAT』の辻大樹さん。通りがかった商店街の人たちから、親しげに声をかけられていました。 |
■ジャンルを超えて人々が集まる場に
「僕はここをあらゆるジャンルの人が集まる拠点にしたい。そして、今ある伝統の技をつなげてゆきたいんです」
家具や陶芸、料理、音楽、映像でもいい。全てのジャンルの人が集まる拠点にしたいのだと、辻さんは語ります。
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▲商店街のアーケードをかかる暖簾は『FLAT』が製作したもの。各店舗の名前を注染で染めた凝ったものです。 |
「言い方はなんでもいいんですけど、作り手の拠点となるアトリエをオープンします。ここに人が集まることで、この商店街が元気になって欲しいんです。だから商品を紹介すること以上に、『こういう人がいるんだよ』というのを知って欲しいですね」
いつのまにか改装中の『FLAT』の隣の更地を、静かに雨が濡らし始めていました。
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▲味のある格子戸も現在は取っ手がない状態。さてどんな風に生まれ変わるのでしょうか? |
■新しい名と共に
すっかりくたびれていた町屋は、辻さんと仲間達の手によって蘇ろうとしています。
「雨漏りも直しました。引き戸もまだガタガタいうんですが、これも直します」
いただき物だというファサードの格子戸が綺麗に直れば、白い漆喰の壁と板敷きの床の素敵な町屋カフェだって出来そうな風情です。
辻さん自身もやはりノージャンルのアーティスト。学校では影絵を学んでいたそうです。光を右からあてると『ダ・ヴィンチ』、左からあてると『モナ・リザ』が浮かび上がる学生時代の作品を見せてもらいました。
「まだ2階のスペースが空いてるんです。もう一度工事をして、呉服店だったころの物を展示したり、昭和レトロなギャラリーにしようと思っています」
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▲改装後の1階と改装前の2階。
フリースペースや作家の先輩にあたる鳳翔館さんや、シャルロットさんらから材料を分けてもらったり、知恵を借りたりと有形無形の助力があったとか。 |
『FLAT』という名前はリニューアルし、アトリエのオープンに合わせて新しい名前を発表するそうです。
はたしてどんな名前のお店になったのか、気になる方はぜひ綾之町商店街を訪ねてくださいね。
オープンに向かって、そしてその先に続く夢に向かって着実に進もうとする辻さん。小さな商店街の手作りの店から、あらゆる垣根を越えた人々の輪が芽吹こうとしています。
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▲辻さんのバックショット! この背中でみんなをひっぱります。 |