インタビュー

心象風景の子どもたち~木の抱き人形~

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展示されている人形と写真を見比べたお客様が言いました。写真では人形の子どもが野原で遊んでいます。
『この写ってる子が人形のモデルなんやろ?』
『違います。この人形を写真に撮ったんですよ』
『え? それはわかったけど、こっちの写真の子は生きてるんやろ?』
『これも人形です。一緒に写っているつくしを見たってくださいよ。ほら、こんな大きなつくしはないでしょう?』
時にはお客様とそんなやりとりもあるという、木造抱き人形作家・三浦孝裕さん。
お客様が本物と見間違えたのは、精巧だからというだけではありません。その人形制作の秘密を伺いに、工房のある自宅を訪ねました。
■どこにもない、どこかの現代ファンタジー
「特定の風景を再現するジオラマにならないよう、(木や建造物などの)ミニチュアは置いてません」
工房には、人形の子どもたちの遊ぶ姿。灰色の布の台に敷物などがあるだけのシンプルな展示です。
三浦さんが人形展示をする際に気をつけているのは、見る人が自分の心象風景の中に戻りやすくすること。
「僕のイメージの押しつけにならないよう、邪魔なものを引いて引いて展示を作るんです」
子どもたちが遊ぶ灰色の空間は、お寺の境内や路地、夕暮れ時や夏の日中……見る人のイメージによって変わるよう意図されています。
「人形にも展示にも名前はつけてないんです」
展示には必ず複数の人形を使いますが、どの人形を主役にして見るのかは見る人しだい。見る人が主役なのです。

 

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▲着物制作の先生に教えを請うている三浦さん。普通の人形では、着物の裾の部分は手を抜きがちなのですが、「ちゃんと作ってないと嫌なんです」と、作り込んでいます。 ▲本当だったらすることはない男の子の帯を蝶々結びにしたりして、遊び心を出すことも。
「『いつの時代のイメージで作られているの?』とよく訊かれるんですが、いつでもないんです。今はいない着物を着た子どもたちが消えずに残っていたら……あえて言うなら現代のファンタジーです」
今と比べて町中に遊ぶ場所のあった自身の子ども時代のことを思いながら、三浦さんは展示を作るとか。
「若いお客様から『私もこの時代を知らないけど、懐かしく感じました』と言ってもらえたりするんです」
そんな三浦さんが、人形制作の道に入ったのは七年前。それまでは人形と無縁の人生を送っていました。
■病魔、父の事故、そして木に導かれて

 

芸術系の高校受験を教師から勧められるほど才能の片鱗を持っていた三浦さんでしたが、その道には進まず、大学も経済学部へと進学しました。
「考古学に興味があり、文学部の講義ばかり受けて、出土品を記録するスケッチを学ぼうと絵画教室に通いました。そこで基礎を学んだのが今に生きているといえば生きています」

 

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▲三浦孝裕さん。現在は一児のパパです。息子さんをモデルにした人形が一体あるそうです。

 

大学卒業後、ハウスメーカーに勤め、島根へと赴任します。ところが島根は日本でも屈指のハウスメーカー不毛の地。伝統的な古い家が沢山残っており、地場の業者が強い地域でした。
その島根で出会った伝統的建築の素晴らしさを肌で感じた三浦さん。
「ハウスメーカー勤めなのに、ハウスメーカーの家が嫌いでしょうがなかったんですよ」
「建て替えの相談をされても、『こんな欄間やこんな土間を壊したら二度と作れませんよ』とお客様を説得して、壊さずに直せる工務店をこっそり紹介したりしてました」
人柄にほれ込んだお客様が一層仕事を頼むようになり、矛盾に悩み始めました。
そんな三浦さんを、病魔が襲います。
住宅に使用された化学物質が健康被害をもたらす、化学物質過敏症を発症したのです。
「3年間表に出ることも出来ませんでした。外に出られるようになっても、地下鉄の駅やビルに入れない事もありました」
サラリーマン生活が困難になった三浦さんは、友人のグラフィック会社に誘われwebプログラマーへと転身しますが、予想外にもこの仕事にはアレルギーの大敵である「ほこり」がつきものでした。
「お客様の会社に行って配線作業をすると、コンピュータを設置している裏側はほこりだらけなんですよね」
更に決定的だったのは、父親が事故で頸椎を損傷する大きな怪我を負ったことでした。身体が不自由になった父のため、三浦さんは住む家と生活を変えることを余儀なくされます。webプログラマーの仕事は勤務時間は不安定だし、古い家には車椅子がまともに入りませんでした。
ところが、父のために新築した家に入った時、三浦さんは自分の身体が楽なことに気づきます。化学物質を極力廃して作られた木造の家は優しい空間だったのです。
(昔からあるものなら大丈夫かもしれない)
思えば、島根にいた頃に木への執着が生まれていました。
こうして自宅でできる木の仕事、人形制作の道へと三浦さんは導かれます。
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▲自己流で木彫りをはじめた三浦さん。その後多くの職人さんに教わり技術を身につけましたが、肩で彫刻刀を押すスタイルは独特のもの。 ▲肌に負担をかけないよう、水に極力触れずに道具の刃を研げるように作ったお手製の研ぎ機。

 

■固定されたポーズが、魂を吹き込む
「『もう俺、これ作る!』って」
こう叫んだのは、神戸大丸の木製玩具展の木彫人形に心を奪われた時でした。気がつけば2時間も人形の前で過ごしていました。
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▲シナの木を磨きます。木彫ではここまで磨くことはなく、伝統工芸だと胡粉を塗ります。どちらでもない三浦さんの人形は、「趣味の人形作りの究極型です(笑)」 ▲「手にとって遊んでみてください」。人形の右手と左手はほぼ同じ形になっています。
「粘土での制作も試みましたが、手の水分が取られてしまって肌がボロボロになり諦めました」
そして出会った木材がシナ。別名・西洋菩提樹でした。
「シナはそのままでも木目が目立たないんです」
極力身体に優しい人形作りを目指すため、顔の絵付け以外は塗料は使いません。
「自然な肌の感じを出したいので、ペーパーで徹底的に磨いてから少し毛羽立たせています」
こだわりは、人形の手や足の形にも及びます。
「昔は右手と左手を別の形で作っていたんですが、今は90%ぐらいは同じ形状になっています。ポーズを取らせた時にその方が自然になることに気づきました」
両手が同じ形の方が、肩の関節を動かすだけで、寂しそうにしている時、友達の様子を窺っている時、何かに向かって走ろうとしている時が自然に表現できます。
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▲手の位置を動かすことによって、人形の雰囲気が変化します。寂しそうにしている女の子。 ▲「あそこに行きたいな……」。お友達の輪に加わろうとしているところでしょうか。
「もっと他の関節も動くように作ることも出来るんですが、そうするとポーズが決まらずだらんとして、ヘタをすると死体みたいに見えてしまうんです」
足の形も、「立っている足」「座っている足」「走っている足」とある程度のポーズを固定させます。
「並んで座っている時に、一人だけちょっとつま先を伸ばしている子がいたりする方が自然でしょ」
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▲三浦さんの修行は、ヨーロッパアルプスから来た職人の制作展示を、朝から晩まで眺めに行くことから始めました。 ▲地元堺で木彫の道具を探しても、古いものが1本しかみつからず、兵庫県の三木市まで探しに行ったそうです。
「どこに魂が入るのか、子どもを子どもたらしめているのは、この辺なんですよ」
人形のお腹を中心に、ゆるく折れ曲がった膝と肘の間あたりを指でくるりと円を描きました。
■年に一度の個展
「今、手元にいる人形は11体。それと作りかけの2体は、里子に出す予定なんです」
2体の人形は、あるお婆さんの喜寿のお祝いに注文されたものでした。当初は男女2体の注文でしたが、詳しく事情を聞くと、お婆さんが大切に思うお孫さん姉妹の面影を手元に置きたいからだとわかり、女の子2体の人形を作ることになりました。三浦さんは、お婆さんのもとを訪れ、姉妹の幼い頃の写真や思い出の品などを見せてもらいました。
「全くそっくりになるわけじゃないですよ、とは言ってます。あくまで見せて頂いた写真などから印象を受け取って、僕の中で培われたイメージから人形を作りますからね、って……」
三浦さんの人形作りは、形をなぞるわけではないのです。
「写真にとらわれて似させることはしないと言っています。人形を作らせていただく方に、思い出話を沢山効いて、僕の中でイメージを浮かび上がらせるんです。最初に人形の性格や仕草が固まっていきます。写真は一瞬を切り取っただけのものなので、補助的に使う感じです。人形の持つ雰囲気を似せたいんです。それはどれだけお話しの中で引き出せるかにかかってますね」
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▲お客様からお借りした子どもの頃のお孫さん姉妹の写真。 ▲姉妹をモデルにした製作中の人形。姉と妹のどちらでしょうか?
様々な手間をかけて作るため、人形作りは一年に5体が限界だそうです。
「年に一回は作品展をやりたいんです」
という三浦さん。人形制作以上に、作品展示で世界観を作ることが好きでしょうがないのだとか。
人形が増えれば増えた分、三浦さんの心象風景の世界は一層の広がりを見せることでしょう。
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▲40体人形が出来たら美術館で個展を開きましょうと声をかけられているとか。

三浦孝裕
■web : http://www16.plala.or.jp/kdn/

《個展開催のお知らせ》

■「三浦孝裕 木の抱き人形作品展」
~木のぬくもりあふれる童子が奏でる日本の心象風景~
堺市の人形作家 三浦孝裕さんの個展が一年ぶりに開催されます。本物と見まがう木の抱き人形に会いに行きませんか?
■日時:10月29日~11月4日
■場所:鳳翔館
■住所:堺市堺区綾ノ町西1-2-17
■アクセス:阪堺線「綾ノ町」電停前西側
《問い合わせ》
TEL    072-205-5909

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