インタビュー

竹工芸作家 田辺光子さん

女だからこそ、産まれ、育っていくもの。
国も時代も飛び越えて、強く、優しく、普遍的な、ある想い。
田辺光子さんは、ひとりの女性として、当たり前の感性のかた。
だからこそ、目の前にそっと差し出される価値観は、きっと目を逸らしてはいけないもの。

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田辺光子さん。背後にある、作られたばかりの作品は、CAPPADOCIA(左側)とFuture(右側)。

竹工芸作家 田辺竹雲斎氏の妻であり、日本には5人しかいない、女性竹工芸作家のひとり、田辺光子さん。
男子二人を育て上げ、現在は次男、田辺小竹さんご夫妻と共に暮らしています。

自身の心が、急激に変化した瞬間に出遇えた出来事を、取材の冒頭から、静かに語ってくださいました。
「それは一本の千年杉との出遇いでした。その杉は、天に昇っていくように、ただひたすら、真っ直ぐに上へ、上へと伸びているんです。根は大地へ深く絡み、何とも言いようのない力強さを感じて。そんな大樹を目の当たりにして、涙が止まらなくなってしまって。…気がつけば、その千年杉に、たくさん語りかけていました。」
田辺家に嫁いで30年余り。当時、あらゆることで悩んでいた時期でもあり、自分自身を見失っていた自覚があったそうです。

ふと思い立って旅に出た光子さん。
旅先で出逢ったその千年杉が、今でも根底にあるといいます。
「木というのは、いくら枝や葉が育っていても、根がぐらぐらしているといつかは倒れてしまう。そうならないために、自分自身が田辺家の根っこになるんだ、強くなるんだと、その千年杉を見た瞬間、決意が沸いてきたんです。」
杉の樹のてっぺんから一直線に降りてきたその思いは、まるで天啓のよう。
母として、妻として、人間として、おおらかな気持ちに生まれ変わることができた光子さん。
その作品は、包み込むような愛に満ち溢れ、見る者を安らかな気持ちにさせてくれます。

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Future 2010

竹の子をモチーフにしたこの作品には、深く、様々な意味が込められています。
「竹という植物は、地中に細長く根を張っています。その根から竹の子…竹の赤ちゃんが生えてくる訳ですが、赤ちゃんは何枚もの皮で包まれています。それはまるで子宮のように。大事な命を守るため、とでもいうようで。」
更に、成長するにつれ、古くなった皮はどんどん剥がれ落ち、その役目を終えます。光子さんはそんな皮にも深い愛情を感じるのだそう。
「先に生まれたものは、次へ産まれる生命のため枯れていく…。そこに、母の愛情というか、無償の愛を感じてしまうんです。」
土の上に横たわる竹の皮をも作品の中に取り入れ、新しい命と、去ってゆく命を見事に表現。
それは、まさにFuture、未来への希望。

この作品に対する解説は、取材させて頂いたこのときまで、何も聞かされていなかったのだけれど、光子さんの言葉に、ああ、やはり、と確認する自分がいました。

おそらく、この作品の持つ視点、解釈は、女性なら誰もが納得のいくものなのではないでしょうか。この「Future 2010」は、海外でも高い評価を得、ニューメキシコで開催された女性ばかりのバンブーアート展では、来場された女性たちの心をひと際大きく揺さぶりました。「印象的だったのは、訪れた方のなかに、”私は女性アーティストを応援しているんです”という女性がいらっしゃったんです。ああ、海外でも女性の社会進出は難しいのだと、その言葉で悟りました。」

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A TREE WHERE A SPRIT LIVES ―精霊の宿る樹― (2003)

女性作家は確かに進出が難しい。特に日本はそんな風潮が顕著ですが、「竹工芸作家 田辺光子」の誕生は、田辺家には受け入れ難かった出来事なのでしょうか…。
「いえいえ、そんなことはありません。夫はかなり協力的で、様々な技法についてアドバイスをしてくれました。」
では、家庭内のことも協力的?
「それはないです(笑)。竹工芸作家は、というより、何らかの作家活動をしておられるご家庭はみんな、家族の協力がないと活動は不可能に近いんです。夫は自分自身の仕事を理解してくれることが、何より嬉しかったのではないでしょうか。」
では、家事や子育ての合間に作品作りを?
「私自身の作家経歴はまだ浅く、それまでは義父、2代目竹雲斎から、作品作りのための準備を教わってきたまでで。竹工芸と言うのは作品を製作するまでに、いくつもの工程が必要。それらすべてを、家族が手伝うんです。」
そういった意味で、家族の協力がないと不可能、ということなんですね…。
「竹を触っていくうちに、竹のことを手や体が覚えていきます。千年杉との出逢いで、自分自身の作品を作りたい、という考えが自然と沸いてきたんです。」

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PRAYAR ―祈り― (2001)

家を守りつつ、作家活動を続けていた光子さんはある日、大病を患い、まさに自らの命の儚さを目の当たりにします。
残された命を燃焼するかの如く、まるで憑り付かれた様に作品づくりに没頭する光子さん。作品に、自分の想いの全てを、叩き込むように…。
ところがその数ヶ月後。
「悪い細胞がすべて、消えてなくなっていたんです。」
食べることも、寝ることすら惜しんで、「あんなに不健康な生活はなかった」というのに、体内にある毒が全て消えていた、その不思議。
大いなる使命を負ったひとびとだけに訪れる、目に見えない力、というものを信じずにはいられないエピソードです。

その後は、母であり、祖母である自分が、未来へ向けてどんなメッセージを残せるのか。自身が生き続けることの意味を、作品と、そして毎日の生活のなかに刻み込んでいこう…。そんな決意を胸に、日々を送られています。

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LIFE OF JOMON ERA ―縄文の生命―  (2003)

これらの作品達はきっと、毎日の普通の生活のなかに、ふつふつと湧き上がるごく自然な想いを、ほんのひとかけら切り取ったもの。

生い茂る竹林の地中が如く、中にある意識は、全てがひとつに繋がっています。
そして根底にあるものは全て、千年杉からもらったインスピレーション。
それをかたちにするとこんな風になるのかと、またどこか、心の深い場所で、納得。

作品を創り続けるということは、常に自分自身と向き合い、葛藤を共に、連れて歩いていかなければなりません。だからこそ作家自身の内面が、こんなにも現れる。
田辺光子作品は、女にしか分からない、直感の塊のよう。慈愛に満ち、おおらかな優しさと柔らかさ。そしてほんの少しの、産みの痛み。

きっとこれからも、その大きく温かい想いを作品へと昇華し、見る者のこころの煤を払い落としていって下さいね。

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LIFE ―いのち― (2002)
押し寄せる死への恐怖と戦いながら、一心不乱に作り上げた作品。命と真正面から向き合った、当時の光子さんのこころそのもの。

『大地にしっかりと根を張り、天に向かって真直ぐに伸びている千年杉に出会った時、生きる勇気をもらいました。その時から、私は大地や、根っこをテーマに制作しています。
「いのち」 このかけがえのないものを大切に、一つ一つ思いを込めて。』
~田辺光子作品集より~

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4月6日(水)から開催される、堺美術協会展2011(前期)では、作品「Future(地のいのち 未来)」を展示。
日本で光子作品に出会えるチャンスは、今のところ堺美術協会展のみ。
更に田辺竹雲斎田辺小竹両氏の作品も身近でご覧いただけます。
是非足を運んでみてくださいね。

第50回記念 堺美術協会展2011
◆ 前期 ―日本画 工芸 写真 書道 てん刻―
4月6日(水)~10日(日)
◆ 後期 ―洋画 彫刻―
4月13日(水)~17日(日)
堺市立文化館ギャラリー 入場無料
TEL:072-222-5533
JR阪和線「堺市」駅前
ベルマージュ堺弐番館2~3F

主催・お問い合わせ:堺美術協会
TEL・FAX:072-259-3413
後援:堺市・(財)堺市文化振興財団


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