真夜中の研ぎ師

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南海本線堺駅からほど近い「魚市場」は、夕方から翌朝まで新鮮な魚介のてんぷらなどを楽しめる飲み屋さんが営業することで知られるちょっとした観光スポットです。中には深夜からオープンする行列店があることでもお馴染みですが、そんな中にあって同じく深夜だけ営業する刃物屋さんがあるのもご存じでしょうか? その名は「鈴木刃物製作所」。店頭で接客されている元研ぎ師の鈴木さんにお話を伺いました。
■研ぎ師45年のキャリア
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▲引退して10年になる鈴木さん。「在庫が無くなるまで販売を続けます」

 

「鈴木刃物製作所」の刃物のほとんどは研ぎ師だった鈴木さんが刃つけをしたもの。80才になる鈴木さんは、10年前まで現役でしたが大病を患い、3度も手術を繰り返して手もきかなくなりやむなく引退しました。今は土日の深夜だけお店を開いています。
「出身は名古屋です。中学を出て丁稚奉公で堺に来ました。最初は売る方、問屋です。25才の時に親方が死んで、独立することになったんやけど、売るんやったら刃物の事を知らなあかんと思って作る方にまわったんや」
その頃、仲人さんの紹介でもらった奥さんの父が研ぎ師でした。
「研ぎ師でも三本の指に入る人やったんや。でも口ではゆうてくれたけど直接教えてくれたわけではない。『三ヶ月はめし食わしたるから』ゆうてくれてお父さんの弟子さんの所に通ったんや。下駄ばきやのうて草履履きで。お弟子さんもいちいち教えてくれるんやのうて『よう教えんから自分で見て覚えてくれ』ゆわれて、自分の目で盗んだんや」
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▲「源重清」は研ぎ師としての鈴木さんの銘。

 

こうして「研ぎ師」=「刃つけ屋さん」になった鈴木さんですが、後には多くの料理研究家にまで認められるような存在になります。
「(料理研究家の)土井勝さんの包丁の研ぎ直しを任されるようになってな。僕も料理が好きなもんやさかい、(土井さんが)『ほんなら10日間だけ教えたるわ』ゆうて、あの人は優しい人やったな。包丁のことも色々ゆうてくれて。やっぱり研ぐだけではわからないことがあって、使う人からも色々知らないと。あの先生にはお世話になった」
しかし中には折り合いの悪い「先生」もいました。
「京都のテレビで一緒にやることになった先生なんやけど、ワシが砥石の使い方から教えようとしたんが気に入らんかったみたいでな。『そんなんいらん』ゆうてな。家庭用やゆうても砥石の使い方を知らんかったら怪我をするのに」
せっかくなので鈴木さんに刃物の研ぎ方を教えてもらいました。
「研ぐのは刃の付いてる表側だけです。そやないと裏側から地金が巻いて切れなくなってしまう。裏側は反ってきたら軽く研いであげるだけでいいんや」
間違った研ぎ方をしたせいでかえって切れ味が悪くなって結果怪我をすることになるのは、そういう理由だったのです。
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▲横浜から来堺中だった写真家今井紀彰さん(左)はすっかり鈴木さんのファンになって包丁を購入。鈴木さんは研ぎ方を丁寧に説明します。
■研ぎ師の仕事
そもそも研ぎ師というのはどういう仕事なのでしょうか。
一般的な刃物職人のイメージというと、炎の中に鉄の塊を突っ込んでは槌で叩いているイメージでしょうが、それは刃物職人の中でも「鍛冶屋」さんの仕事になります。刃になる鋼を地金で包み、何度も叩いて包丁の形に成形していくのです。
この一見包丁型の鉄片を削り磨いて刃物にしていくのが、鈴木さんら「研ぎ師」の仕事になります。
鈴木さんは鍛冶屋さんの中でも名人と呼ばれた鍛冶屋さんの叩いたものを扱っていました。
「これが一番いい鉄を使ってる奴や。青2といいます。青1やと硬すぎて研ぐのが大変なんや。青2が一番いい」
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▲名人の遺した包丁を手に説明してくださいました。

 

一本の包丁を研ぐのにどれほどの時間がかかるのでしょうか。
「1本どれだけかかるというのは言われへんね。1本ずつ研ぐんやのうて、大体3本ずつ研ぐんです。というのは研磨する研ぎ石の目の粗さがあるでしょう。それを粗い砥石から順々にやっていくんです」
同じぐらいの目の粗さの砥石で3本ずつ研いでいき、次第に砥石の目の粗さを細くしていくということのようです。
「今は研磨機でやりますやろ。でも(師匠の)お父さんの時代は、ウグイスの糞を使って磨きましたんや。人の顔が映るくらいに綺麗に磨けましてんで」
もはや誰も使わなくなった技術なのでしょう。鈴木さんは往時を振り返ってそんなことも教えてくれたのでした。
引退して10年になる鈴木さんは、実は余命2年と宣告されてからもう3年になります。その元気は、こうして市場でお店を開けていることで、たくさんの人とおしゃべりをしていることだそうです。
「水商売の女の子とかがな、『おっちゃん、おっちゃん。お腹すいたやろ』とかいうて天ぷら持ってきてくれたり、寒い時は甘酒持ってきてくれたりな、それが楽しいんや」
オフタイムのリラックスした空気が流れる深夜の市場は、人間関係ものどかで濃密な印象です。鈴木さんには、女の子たちやお客さんと楽しくおしゃべりしながら、いつまでも元気でお店を開けていて欲しいものです。

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