アート×ホテル 新しい芸術活動・文化交流の形(2)
アートのマネジメントをされている富田洋子さんの発案で、インバウンドのお客様をターゲットに、日本のアーティストの作品を宿泊施設で展示販売をしようという取り組み。この取り組みに協力したのが、「専業画家」であるふすま絵プロジェクト主宰の福井安紀さんと、河内長野の天見にある老舗温泉旅館南天苑の女将・山﨑友起子さんでした。
前回に引き続き、三人にお話しを伺います。
■日本文化を伝えることが出来る作品を展示
山﨑「今本当に大阪に海外の方がいっぱい来てくださってますけど、うちもやっぱり沢山来てくださってて、今年の集計とかは出してないですけど、コロナ前だったらお泊りの方が1年間で1万何千人、2万人をちょっと超えるぐらい中の、5千何百人っていうのがインバウンドの方が来てくださっているんですね。コロナ前はちょっと偏ってて、半分ぐらいが韓国の若い方だったんですけど、それ以外が欧米の方って感じだったのが、今年に入って欧米の方が半数を超えるような感じになってきているんです。そういう方々は、やっぱりあくせくと旅をするんじゃなくて、ゆったりのんびりここで過ごしてくださったりしています。たとえばここのロビーでくつろいでいる時に、ふと目に留めていただいてっていうこと、そういう可能性っていうのはあるんじゃないかなって思いながら(展示された作品を)見ていて思いました。今もね、こうやってかけていただいてて見て、しっくりきてあまりにも前からあったようになりましたね。すごく溶け込んでいて本当にぴったりな作品をくださってありがたいです」
――すごく自然ですよね。
福井「溶け込みすぎたことが問題ですよね」
富田「(笑) それはあるかもしれない」
――開館当初からあるようで、展示販売されていると気が付かないかも!
富田「こういう(作品を紹介した)案内を作ったんですけれど、こちらをお渡ししていただくことになったんですね。より興味を持っていただけるように」
福井「ここにはプライスカードを貼らないんですよ。そうしてしまうとロビーの寛ぎ感をどんどん損ねてしまうと思うんです。この形が成功するかどうかわからないけど、紙を一枚挟んでくださることで、もしも販売につながるんであれば、これはもうどこでも通用する展開の方式になるのは確かです」
富田「本当にこちらの南天苑さんで成功すると、もっとアーティストがインバウンドのお客様が来られる場所でやることで、販路になればいいなと思っています」
――この案内の紙はいいですね。その絵の背後にある、どういう方が、どういう思いで描かれているのかとか分かってきたりしたら、絵が魅力的に感じられるフックになりますね。
福井「だからこの一枚の紙の中にもっと入れたい情報はいっぱいあるんだけど、なるべく興味を持ってひっかかるところまでの情報量にしたつもりなんです。それが多すぎると、見る前にアップアップになっちゃうし、少ないとフックに引っかからないから、ちょうど引っかかる所を自分の経験上で、これぐらいの情報量があると引っかかる人は引っかかるだろうなという、釣り竿でいえば餌を設定しました」
――では、今回展示される作品がどのような作品なのか教えていただけますか? 動物や草花をテーマにした作品のように見受けられますが。
福井「今回持ってきたのは、日本の自然や価値観みたいなものを伝えられやすいものを、自分の持っている過去に作ったものからセレクトしてきました。たとえば鹿って何なの? って言った時に、日本人は鹿が持つ神様的なニュアンスとかをわかると思いますけれど、外国人だとよくわからないと思うんですよ。蓮の花も仏教的感覚なんだけど、「なんでロータス(蓮)なのか?」って一言聞いてくれれば、日本人なら色々返す言葉もあるんですよ。だから、そんな風なものをセレクトしました」
――なるほど、日本文化や日本人の世界観への入り口になる作品ですね。
福井「あともう一つは、(カンバスにしている)木の板が丈夫なので、トランクの中で割れない」
――(笑)
福井「万が一割れると思い出が割れるでしょう」
――なんともご丁寧に配慮が行き届いていますね(笑)
富田「そうなんですよ(笑)」
福井「というのも自分が京都で個展をすると、外国人のカップルなんかが、作品を選ぶ時に喧々諤々考えるんですよ。トランクの中に入るかどうか、別にEMSで送ってもらうのか送ってもらわないのか、送ってもらう時に無事に届くのか届かないのか? 色んな事を言われる中で、トランクの中で壊れるんじゃないの? ってのを結構言われたりするんです。なので今回は一番安全パイのものなんです」
富田「最初から、スーツケースの中に入るサイズでお願いしているんです」
――だから少し小さい感じの作品なんですね。
福井「外国人のお家でこの絵を飾るとなった時に、本当に「ちっちゃっ!」てなります。アートフェア的なワールドワイドなアートシーンでは大きいサイズ、150号ぐらいのサイズが標準値なんだけど、それって日本の文化を置いてけぼりにしたアートの作り方だと私は思ってるんですよ。日本の文化はこういうサイズ感なんだよっていうのを、そのまま楽しんでもらう。やったらこのサイズ感で持って帰ってもらうのが一番意味がある。わざわざ外国人仕様にする必要はない。そういう意味もあって、色んな意味でこの作品を選んできた」
――なるほど。それも日本文化を知ってもらうことに通じますね。
福井「自分は11年前に高砂神社の能舞台の松を描かせてもらったことがあって、絵描きからするとすごく恵まれすぎた経験をもっていて、外国人で能というものを理解している人からすると、めっちゃめっけもんなんですよ。本当の方式の能舞台って、250年とか200年に一個しかできないので、それが高砂っていう場所になってくると、もっと本当にすごい確率なんですよ。まさかの250年に一人しか生まれないスペシャリストの絵が、この値段で買えるぞ。わかっている人からすると「安っ」ってなると思います」
――それはすごい。能舞台の松を描くなんて、日本文化のある種の極致でのお仕事をされたわけですもの。それだけ力のあるアーティストの作品が、こんな価格で! って驚きですね。
福井「自分の絵は最低250年持つように描いているので、長持ちさせるその丈夫さっていうのを外国の人がどんな風に味わうのかっていうのは、ちょっと興味深いですね」
――長持ちするよう材質にもこだわってられるんですか?
福井「接着剤になる膠(にかわ)と、その練り方ですね。最強の強度が出るように、年々改良を繰り返してきたやり方なので、250年を最低ラインで」
――福井さんご自身が検証できないのが、ちょっと辛いですね(笑)
福井「検証できないんですよ、残念ながら(笑)」
――そういった事をお聞きすると、なおさら初回が福井さんというのも、趣旨とすごく合致してましたね。
富田「初回は福井さんしかいなかったです」
――日本文化で、それを外国の方に伝えるっていうことまで考えると福井さん。
福井「ナイスセレクション(笑)」
■取り組みは改良していく
福井「この取り組みは細かな所は色んな不備があると思うので、それはその都度改良していくのがいいと思うし、改良していく経験自体に意味があると思います」
富田「そう言っていただけるのがありがたいんです。一緒に改良していただけるという風に言っていただいているんで」
――少し違うジャンルのプロフェッショナルが集まってこうだろうって言い合う形になりますね。
福井「何か楽しそうですね。不確定すぎるけど」
富田「そうなんです。不確定なんですけれど、色んな意味、段階が変わっていく部分があるだろうし」
――例えばどういう所が不確定なのでしょうか?
富田「たとえば、お客様に来ていただいて、この案内一つでも持ち帰っていただきたいんですけれども、作品が入れ替わるので案内をどうしようか? といったことも先ほどお話していたんですけど、そういう本当に細部から1から構築し直さないといけないかもしれない」
――今日が本当に初日ですからね。
福井「シンプルに、絵を持って帰ってくれるお客様が半年の間にどれぐらい現れるのかが最大のミソで、簡単な話、どんどん現れてきたらどんどん盛り上がってきますし、現れない場合にどうしようかってだんだん行き詰ってきますし」
富田「そうですね」
福井「理念上はすごく正解だと私も思うからいいんですけど、やっぱりこれはやってみないとわからんね」
――富田さんの方で、何か手を打とうとかありますか?
富田「やはりここだけでなく発信していきたいと思うんです。さっきいいよと言っていただいたので、SNS上でこういう作品を南天苑さんで展示させていいただきたいと思ってます」
福井「でも宿に泊まらなくて絵だけ見に来られる人の場合はちょっと困っちゃいますね」
富田「でもお食事だけ取られることも出来ますよね」
山﨑「はい」
――南天苑さんに日帰りプランございますよね。お部屋でのお食事と温泉も楽しめる。
福井「宿の機能は何か使ってもらわないと困るもんね」
山﨑「そうしていただくと一番ありがたいですね(笑)」
――天見まで来て絵だけ見て帰るというのはもったいなさすぎますよね。さて、それにしても、この展示、試みに対するお客様の反応が楽しみですね。
福井「もし本当にうまくいったら、すごく広がりを持つことですし、その時にはずっと南天苑さんスタートの企画だってことになりますね」
山﨑「ありがとうございます(笑)」
福井「南天苑というこの場所のことを、絶対忘れないように。ざっくり「日本」という思い出にしてもらうよりも、この建物、この場所っていうのをちゃんと記憶してもらえるようになって欲しい。でもそれって実はかなりハードルが高くて、自分たちが海外旅行に行った時も、どこの町に行ったぐらいはギリギリ憶えているんですけど、どの建物か何やったかは覚えてないことも多いと思います。なので建物レベルの単位で圧倒的に濃い記憶を入れられれば」
――さらにそこの作品を買って帰り、お家に飾れば、あの時の僕が行ったあそこじゃないか、という思い出をずっとその人は思い続けるんですよね。特に、今回は違うということでしたが、その土地と関係のあるものから作られた作品となったら、なおさら意味があるものになりますよね。
富田「そうです。そうです」
福井「僕としては、この四作品は半年間これでいくつもりは全くなくって、一応お正月前ぐらいには必ず南天の絵を持ってきたいと思っています」
――ばっちりですよね!
福井「南天苑がこの植物のことから来てるんやなと理解している人がそんなに……」
山﨑「いらっしゃらない」
――そうなんだ!
福井「南天というのが、ちょっとしたハッピーアイテムやっていうことを、海外の人は知らないですから、それが分かるぐらいのレベルに南天の事が絵になっているといいな」
富田「楽しみですね」
――面白い試みですね。アートが今の社会の中でどうやって生き延びていくんでしょうか。いわゆる地域アートでも、アーティストが地域で過ごして、その土地のものからインスプレーションを得て作品を作って、フェスティバルで発表するという所まではありますけど、じゃあそれをどうやってお金に変えていくのか? っていう部分は欠けていたかなという気がします。
福井「(フェスティバルは)助成金ありきだから、助成金がなかったらできないことばかりなんですよ。自分は助成金が嫌いなタイプなので、そういうトップダウンじゃなくて、ボトムアップ方式で、本当に日本人らしくどこまで泥臭くできるかっていうのをね、やっぱり構築したいと思っています。富田さんが発案されたこの方式も泥臭い方式なので興味を持ったんです。もし助成金をもらって云々だったらいいですって断ってました」
――富田さんの方式だと、アーティストへの還元というのが目に見える形であるし、南天苑さんにとってもリピーターという形で貢献できそうですね。
福井「南天苑さんには、天見を文化的な拠点、隠れ里みたいなものにしたいということをおっしゃってましたね」
山﨑「そうなんです。うちの主人がね、天見文化村構想というのを言ってまして」
富田「そうですね。おっしゃってましたね」
――えー。それはなんだか、また面白そうな話じゃないですか!
話は思わぬ方向へと広がっていきました。天見文化村構想とは何か? 3人の楽しいトークを引き続き追うことにしましょう。
(→第三回へ続く)
話し手:
ケイラブジェイ マネジメント 富田洋子
あまみ温泉南天苑 女将 山﨑友起子
ふすま絵プロジェクト 主宰 福井安紀
天見温泉 南天苑
大阪府河内長野市天見158