西林豊
profile
1971年 8月22日生まれ
情報系の大学卒業後、営業の仕事をする。
退社してお茶屋手伝う。パソコンにも少々詳しいです。
2012年 柴屋三代目となる
お茶の香りに包まれたのは、エスカレータを降りてすぐのお茶屋に足を踏み入れた瞬間でした。開放的な店内には、作務衣を着た男性が一人。柴屋の三代目のご主人・西林豊さんです。
堺東駅前のジョルノ専門店街地下一階にある『柴屋』さんといえば、「あの店か」と思い当たる人も少なくないでしょう。しかし、お茶屋さんがどんな仕事をしているのかを知る人は少ないのではないでしょうか?
■誰もが知っていて、誰もが知らない
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▲さっそくお茶を勧めていただきました。「お茶は一人で飲むものというより、誰かが来た時に一緒に飲むもの」。 |
「お茶を嫌いな人はまずいませんよね。日本人が一番良く知る飲み物がお茶です。でも、一番良く知られていないのもお茶なんです」
ランチや居酒屋だとお茶はタダで出されるのが当たり前。でも自分でお茶を買うとなるとどうでしょう。
「単純には比較できませんが、コーヒー豆だと200gで1000円すれば結構いい豆です。でも日本茶で200g1000円は普通の値段。良いお茶なら100gで1000円はします。では、なぜ日本茶は高いのでしょうか?」
その答えは『無農薬・有機栽培』です。
「品種改良で虫に強いお茶の木が出来たお陰で、一部の虫のための農薬を、茶葉を蒸すときに吹き飛ぶ程度少量使う以外は必要ありません」
そして、化学肥料を使用すると土地が痩せ、お茶の木は2年しか持たないのに対して、有機肥料だと木が5年以上は持つため、必然的にお茶の栽培は『無農薬・有機栽培』になるのです。
「自然農法の野菜が、普通の野菜よりもずっと高いように、手間のかかる無農薬・有機栽培のお茶はやはり高くなってしまうんです」
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▲「不作法でも美味しくお茶をいれられれば」 西林さんは茶道の先生から「美味しく頂くのが一番の作法です」と教えられました。 |
▲店頭で焙煎された茶葉の匂いが漂います。ペットボトルなどで薫るお茶の匂いは、茶葉本来の匂いではなく、こうした焙煎の香りです。 |
私たちが店頭で手に取る袋詰めのお茶にも秘密があります。
「お茶の木の種類は数百種類。一種類の茶葉だけで売ることはほぼありません。必ず数種類の葉がブレンドされています」
お茶には旨味が強い物・香りが良い物と特性があり、旨味が強いがえぐみがある茶葉には、あっさりした茶葉を合わせるなど、足りない部分を補うようブレンドされます。
「メーカーからパッケージされてくるもの以外は、実は各お茶屋さんで独自のブレンドをしているんです」
柴屋さんで販売している『太閤』も、『太閤』というのは茶葉の名ではなく商品名で、昔からよく使われているものです。
「同じ『太閤』という商品名であっても、店によって内容は違うものなんですよ」
どんなブレンドの味を作るかはお茶屋さんの腕の見せ所といえそうです。
■対決 玉露VS朝宮!
お茶には緑茶や玄米茶、ウーロン茶、玉露と色々ありますが、この違いは何なのでしょう?
「実はお茶屋で打っているお茶は基本全部『緑茶』なんですよ」
『緑茶』というのは、茶の発酵度合いによる分類によるもので、すべてのお茶は大体三種類に分類されます。
まったく無発酵のものが『緑茶』。
完全に発酵させたものが『紅茶』。
その間の半分発酵した状態のものが『ウーロン茶』
TVで「無発酵の緑茶は健康にいい」と取り上げられてからは、『柴屋』にも緑茶をもとめに来られる方が増えたそうです。
「お茶屋さんに来て『緑茶をください』と言うのは、丁度魚屋さんに行って『魚をください』と言うのにあたります。魚屋さんでもタコや貝など魚じゃないものも扱ってますが、基本は魚ですよね。お茶屋さんのお茶は基本『緑茶』なんです」
どんな緑茶が欲しいのか、おすすめの緑茶はどれか、などを聞くとお茶屋さんにも一目置かれるかも!?
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▲緑茶は高温に茶葉をさらして発酵を止めます。中国茶は釜煎りなので、茶葉が丸まるのが特徴です。 |
▲日本茶は蒸すので茶葉はまっすぐなまま。なお、麦茶やドクダミ茶などお茶以外の植物から煮出す飲料は『非茶』に分類されます。 |
高級なお茶というイメージがある『玉露』や『抹茶』はまったく別物なのでしょうか?
「玉露は、特別な育て方をした緑茶のことです。お茶を栽培する時に、黒い布をかぶせて2週間から20日間日光を遮って育てます」
日光から栄養を貰えないので、お茶は自分で栄養作りを頑張るしかなくなります。すると旨味成分であるアミノ酸が増加します。
「玉露は香りや渋味など他の一切を犠牲にして、ただ旨味だけを究極に追い求めたお茶なんです」
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▲玉露をいれるためにお湯をさます。玉露のように味を楽しむお茶は低い温度でいれ、香りを楽しむお茶は高い温度で入れます。 |
▲最高級の玉露『白鳳』。舌の上に染みこむような甘い旨味、とろっとした粘性の高いのどこし。身体に染みこむようでした。 |
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▲二番煎じをした後に、さらに茶葉を少しつまんでいただきました。葉の匂いは海草類の海苔のような匂いがします。これを『覆香(おおいか)』と呼びます。 |
▲葉脈を取らずに粉末にしたものを柴屋さんでは「粉末緑茶」(写真上)として「抹茶」(写真下)と区別しています。粉末の方が少し色が白っぽくなっています。 |
「この玉露を扇風機のような乾燥機にかけ、葉脈と葉肉に分離します。この葉肉だけを石臼でひいて粉末にしたものが抹茶なんです」
ただでさえ手間のかかる玉露に更に手間をかけて作られるのが抹茶です。
西林さんが個人的に好みのお茶は玉露とは反対に甘味は少なく香りの高いお茶です。
「朝宮茶といいます。『香り朝宮』と呼ばれる滋賀県のお茶で、流行りの甘いお茶とは真逆ですが、他の人にも自信を持ってお勧めできますよ」
西林さん自慢の朝宮茶は、堺で扱っているのはおそらく柴屋だけで関西でも扱っている店舗は少ないのだとか。
幻のお茶に出会えるのも、お茶屋さんに行けばこそ、でしょうか。
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▲色合いが黄色い朝宮茶。うっすらと産毛が浮かんでいるのは良いお茶の証拠。飲む前に鼻を近づけると、お茶の薫る店内にいたのに、豊かな香りに驚かされます。 |
▲朝宮茶は、五大銘茶にも数えられなかなかのお値段。良いお茶の更に倍の値段ですが、それだけの価値があるお味でした。 |
■3代目の挑戦
柴屋は西林さんで三代目になります。そのルーツをたどれば、今の山之口商店街の近くにあった『柴谷太郎兵衛本店』、『しばたろうさん』の愛称で親しまれた老舗にいきつきます。
「70才から80才ぐらいの人なら、『しばたろうさん』の名はよくご存じではないでしょうか」
西林さんの祖父は『しばたろうさん』の筆頭番頭でした。
その祖父は戦後に今の場所で『柴屋』を開業します。
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▲堺東駅前のジョルノ専門店街の地下一階にある現在の『柴屋』。堺ではいち早く昭和31年に株式会社化しました。 |
西区の福田に、製茶工場兼の自宅があり、西林さんは朝から晩までお茶に囲まれて過ごしました。
「子どもの頃からお茶が大好きで、二代目の父親に憧れて、漠然とお茶屋をやろうと思っていました。お茶がタダで飲み放題だと思ったんです」
しかし、大人になった西林さんが稼業を手伝うことに両親は反対します。丁度バブルが崩壊し「並べていれば売れた時代」は終わりを告げていました。
「それでもやりたいなら何年かは余所でメシを食え」と言う父親に従い、西林さんは就職し営業職につきます。
「就職難の中の就職でしたが、結局2年弱で身体を壊して退職しました」
療養生活の後、西林さんは『柴屋』を手伝うようになります。
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▲「いつもの烏龍茶ね」。来店するお客様の顔を見た瞬間、普段購入されているお茶の銘柄が出てきます。 |
「手伝いはじめて『こらあかん』と思いましたね」
憧れのお茶屋の仕事をはじめてすぐに西林さんは予想を上回る厳しさに気づきました。
「ダイエーが撤退するなんて誰も考えていなかったんじゃないでしょうか。ダイエーと協調して何かをするということもありませんでしたし」
創業以来ジョルノにはダイエーが入っていました。しかし「未来永劫いる」かのようだったダイエーは抜け、その後入ったスーパーなども定着せず、お客様の激減は避けられなくなってしまいます。
そんな厳しい状況の中、2012年になって父が引退し、西林さんは3代目として『柴屋』を引き継ぐことになります。
■なんでも出来るんじゃないか?
「お酒やワインなら、バーでお店の人からお酒やワインの話を聞くことが出来ますよね。そんな風にお茶についても語ることが出来る場を作りたいんです」
しかし、障害となっているのは「お茶屋さんは敷居が高い」というイメージでした。
「そんな風に思われる要因がお店側にもあったのです」
西林さんは、まず店のレイアウトを変更しました。入り口にあった棚の位置を移動させ、通路を広く取って入りやすさを心がけました。
「他の店舗に買い物に来た人が、『ちょっと座らせて』といって喫茶スペースに座ってもらってかまわないんです」
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▲来店された『まいぷれ』の大西さんも、『柴屋』ではついつい長居しがちだとか。 |
▲1階の山吹電気さんのイベントに来られた歌手の方のサイン。『柴屋』で喫茶され、お茶談義になることも。
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喫茶を楽しんでもらう『茶店』をはじめたのも、今年(2012年)に入ってから。
「1階でも月何回かのペースで、お店では常時やってます」
茶店では、手ごろな価格で色んなお茶を楽しんで貰えます。
「お酒やコーヒーに比べると、お茶の味わいは非常に微妙なものです。普通のお茶と良いお茶の差もわずかな味わいの差なので、お口に合うお茶をさがすなら、ぜひリラックスした状態で色々ティスティングしてほしいです」
これまで「売れないから」と店に置かなかった高いお茶を仕入れたのも、『茶店』で味わって貰うため。
「飲んだことのない良いお茶を味わって『美味しいお茶は違うね』と思っていただけるのが第一歩ですから」
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▲洋菓子店『マリーロココ』さんのお菓子。和菓子店、洋菓子店とのコラボなども積極的にやっています。 |
家庭でも美味しいお茶を楽しんで欲しいと、お茶の入れ方教室の開催もはじめました。
『堺東オトナの女性のまちあるき』ツアーでは、西林さんは『お茶の達人』としてお茶の入れ方をレクチャーしています。
「まだ実現はしてないんですが、ご家庭に行く出張教室を計画しています。普段使っているお茶葉と急須で美味しいお茶を入れる方法をレクチャーします」
たとえば、中に金網があるタイプなら急須から網を取り外して、注ぐときに金網で受けてあげれば美味しくなります。
「食器洗いが面倒になりますが、ティーパックでも中身を出して入れると、美味しく飲めるんですよ」
■お茶を愛する全ての人に
「実は堺はお茶所でもないのに問屋が驚くほどお茶屋が異常に多い地域なんです。大阪なら町にお茶屋は一軒あるかないか。でも、堺は堺東近辺だけでも7軒のお茶屋があります」
戦国時代から続く茶道の町、千利休の町の伝統は生きています。
「それだけ数が多いわけですから、堺のお茶屋は競争原理が働きます。うちだと同じ商品でも1割から1割5分は安く売っているんじゃないでしょうか」
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▲右はメーカーが専門店向けにしか卸さない昆布茶。良いものがお得な価格で入手できます。 |
「お茶屋は敷居が高いと敬遠している人は、ぜひ柴屋に来てください」
柴屋さんはほぼ年中無休で、西林さんもお休みらしいお休みも取りません。
「お茶屋の仕事が自分はよっぽど好きなんですね」
『柴屋』に行けば、いつでもお茶の達人が好みのお茶やお茶の入れ方を教えてくれます。
「正直、お客様が多い頃に色々やりたかったなという気持ちもあります」
一方でこれがチャンスだと思う気持ちも。
「父親の下で働いていた時は、失敗したら父親に責任を取らせることになりました。これからは全て自分の責任ですから、思い切ってやろうと思ったんです。これで成功したら、俺はなんだって出来るぞ、と思えるでしょ」
逆境の中、『柴屋』を盛り上げようとする西林さんに、黒い布で覆われ日光で遮られた玉露の存在が重なります。日光が遮られるからこそ、極上の旨味が凝縮する存在。
そんなお茶のように『柴屋』の味も、極上のものになるのではないでしょうか。
お茶屋の仕事に全力を尽くしている西林さんですが、プライベートな時間はどう過ごしているのでしょうか?
「無駄な時間を過ごしてしまうのは嫌なものですが、わざと時間を無駄に過ごすのは究極の贅沢だと思います。買い物に行くのも自転車を使わずにわざと歩いてゆっくり行ったり。健康のためとかいうのでは無くね」
ファーストフードに対して、スローフード、スローライフなどと言われます。
「蓋を開けてすぐに飲めるペットボトルのお茶も手軽でいいけど、美味しくいれるのに時間がかかるお茶もいいと思うんですよ」
スローに時間を過ごす時も、西林さんはやっぱりお茶の事を考えているようです。
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▲町づくりの会にも参加し、堺東バル(ガシバル)にも出店。お隣の銀座商店街の人達との交流もはじまりました。「人との出会いが、財産であり糧なんです」 |
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