『晶子からあなたへ』レビュー(2)
与謝野晶子が今現在の日本社会を見たら、どう思うだろうか?
そんな想像が形になったお芝居『晶子からあなたへ』が、2022年10月2日、堺市立東文化会館で上演されました。
前回の記事では、物語の前半部分を紹介しました。
お話の基本設定はこうです。コロナ禍で大学に行きたくても満足に行けない大学生を、『上』の世界から見下ろしていた与謝野晶子とその仲間『カルテット』が訪れる。この『カルテット』は、大正時代に日本を揺るがした「母性保護論争」の論者である与謝野晶子、平塚らいてう、山田わか、山川菊栄の4人のこと。かつては火花を散らした4人も『上』では仲の良い友人となり、晶子を追って残る3人も『下』の世界へとやってきたのでした。『カルテット』は大学生の前で「母性保護論争」を公開討論という形で再現し激論を交わしていたのですが、そこにこのお芝居の最後の登場人物が姿を現します。
■現代社会に欠如しているもの
最後の登場人物は体調を崩して職場に通えなくなってしまった看護師の女性でした。彼女は、逼迫する医療現場のストレスから退職や休職を余儀なくされた医療関係者の1人だったのです。
現実でも、コロナ禍の最前線で闘う医療関係者に誹謗中傷が浴びせられたことから、離職した人は少なくありません。社会のために命をかけて働いているのに、社会から心ない言葉で追い詰められ、孤立してしまう。これはコロナウィルスと遜色ないほど危険な社会を蝕む病理といえるのではないでしょうか。
この現代社会の病理に対して、物語はある処方箋を示します。それは、かつて激論を交わした『カルテット』の4人を友情で結びつけた、人間の持ってる力=『想像力』であると、看護師は気づくのです。
命がけで働く医療従事者への誹謗中傷を生んでいるのも想像力の欠如故です。一方、「母性保護論争」でも4人の意見は対立し互いに受け入れる余地なんて無いように思えるけれど、「より良き女性の生き方を求めた」という点では4人は一致している。違う道を歩んでいるだけで、目指す所は一緒である。この違いは、想像力によって乗り越えられるのではないか……。閉ざされていた看護師の進路に、一筋の光が差したのです。
終演後。舞台挨拶では、作者の阿笠清子さんが登壇され、現代社会での「想像力」の欠如への危機感と、「想像力」の大切さを語りました。
その話の中で象徴的だと感じたのエピソードは、この芝居に対して観客から「なぜ与謝野鉄幹はでないのか」という感想をもらったという話です。阿笠さんの答えは「女性だけで演じることに意味がある」と明快なものでした。もちろん、与謝野晶子の人生にとって、夫与謝野鉄幹は最重要の人物といってもいいでしょう。しかし、この「母性保護論争」を軸として、与謝野晶子の生きた時代のパンデミックと現代のコロナ禍のパンデミックを重ね合せて社会の断絶や非合理を問う、この作品に鉄幹の居場所はありません。
晶子だから鉄幹もというのは、それこそ想像力の欠如ではないでしょうか。
お芝居の最後には、バレエダンサー向本香さんによる無言のダンスシークエンスが挿入されました。このシーンは、お芝居と関係ないようにも思えますが、冒頭の与謝野晶子の能面をつけた舞と対になっているだけでなく、ダンスで表現されたものが何なのか、お芝居とダンスを結びつけるものが何なのか、それを想像する機会を与えてくれるものだったのではないかという気がします。
そして、この『晶子からあなたへ』という作品にはもう一つ個性があります。それは、この公演が市民有志による実行委員会形式で開催されたということです。
実は、このお芝居は前作があり、2006年に与謝野晶子倶楽部の依頼により『晶子、愛をうたう』が公演され、その続編として2012年に『山の動く日来たれ』が松原市など12カ所で公演されました。堺市のお隣の松原市で公演されたのだから、晶子の出身地である堺市でもやるべきではないか。作者の阿笠さんのみならず、作品を観た人たちの中でもそんな思いが生まれたのだそうです。
そして10年後、コロナ禍に直面した阿笠さんは突き動かされ、新作として『晶子からあなたへ』に取りかかります。その想いを受けて動き出したのが、堺市民を中心とした市民有志による実行委員会だったのです。
その活動の成果は当日の満員の客席として現れました。晶子から阿笠さんへ、阿笠さんから実行委員会、そして観客へ。しっかりと伝わった想いがあり、ここに結実したのでした。