『堺事件 時代に翻弄された若者たち』レビュー(1)

 

堺事件。それは幕末に堺で起きた、堺守護を任じられていた土佐藩士によるフランス水兵殺傷事件であり、新政府にとって初めての外交事件でした。
殺害されたフランス水兵は11名。その責を負って死罪を言い渡され、切腹した土佐藩士11名。
この事件から150年を経て、土佐藩士たちが切腹した妙國寺では、土佐藩士とフランス水兵を追悼する法要と、堺事件を語り継ぐ歴史講座が毎年2月23日に開催されています。つーる・ど・堺では昨年の歴史講座を取材し3回にわたってレポートしました(第一回第二回第三回)。12月に入って、この時パイロット版が発表されていた動画作品『堺事件 時代に翻弄された若者たち』がついに完成したと主催者の方より連絡が入りました。
2022年12月26日、フェニーチェ堺にて開催された上映会にお誘いいただきましたので、その様子をレポートします。一体どんな作品になったのでしょうか。

■注目の上映会

▲フェニーチェ堺の小ホール。舞台上、左から、司会の玉田玉秀斎さん、監督の山本万寿美さん、紙芝居のイラストや題字を担当された柿澤和代さん、テーマ曲を作曲されたかとうかなこさん、音響の岡崎泰正さん、挿入歌『目を閉じて』のシェイリー・マリーさん。

 

上映会は平日の夜だったのにも関わらず、ホールには沢山のお客様がつめかけていました。堺事件に対する堺市民の関心の高さがうかがえます。
司会は、講談師の玉田玉秀斎さん。さすがに声のお商売する方で、「ええ声」で進行を務めてくれますが、実は動画作品中にもナレーション的な役割の妙国寺の蘇鉄の精霊・宇賀徳正龍神の声を演じられてもいます。
まずは玉田さんの紹介で、「堺事件を語り継ぐ会」の代表井渓明さんがご挨拶。「両者になんらかのコミュニケーションがとれていれば回避できた事件ではないか。残念ながら11名ずつの若者が犠牲になった」と、思いを述べられました。そして堺事件を風化させずに後世に伝えていくために「記録映像の制作」「関連資料の展覧会」「出版」の三つの事業を行うと発表がなされました。三つの事業のうちの「記録映像の制作」が、今回の上映会というわけです。

ついでテーマ曲を作曲し、作品でもナビゲーターの一人として登場されるアコーディオン奏者かとうかなこさんが登場。テーマ曲の『その先にあるもの』を、音響とギターを担当された岡崎泰正さんと共に演奏されました。さらに岡崎さんは気持ちのこもった『よさこい節』を披露し会場を盛り上げます。
そして、いよいよ『堺事件 時代に翻弄された若者たち』の上映がスタートします。

 

▲堺区にある妙國寺の蘇鉄。樹齢1000年以上と言われ、龍神が宿る伝説がある。織田信長の狼藉、堺事件の生き証人だ。

 

ドキュメンタリー作品『堺事件 時代に翻弄された若者たち』は、土佐の海岸からはじまります。太平洋に正対するどこまでも続く土佐の砂浜。江戸時代末期、この沖合に遠くヨーロッパ列強の船が姿を現すようになります。開国を求める列強に対して、外国人排斥運動である攘夷熱が高まる日本。この時代背景を抑えながら、場面は現代の堺の港、そして妙國寺へと移ります。妙國寺は、堺事件の舞台となったことともうひとつ、織田信長と蘇鉄のエピソードでも知られています。妙國寺の蘇鉄を気に入り、無理矢理持ち帰ったものの、夜な夜な蘇鉄が堺へ帰りたいと泣き、気味悪がった信長がこれを手放した「夜泣きの蘇鉄」として知られる話です。信長に切られた蘇鉄には、宇賀徳正龍神が宿っており、この龍神がナレーションを務めることとなります。

 

 

■堺事件前奏曲

 

▲妙國寺での、かとうかなこさんと白神典之さん。二人をナビゲーターにドキュメンタリーは進む。

そして堺事件の解説役として登場されるのが堺市博物館の学芸員白神典之さん。白神さんとかとうかなこさんの対話に、過去の回想として紙芝居による講談……もちろん語るのは龍神・玉田さんです……をさしはさむ形で、堺事件のあらましが語られていきます。
堺事件前夜に起こっていたのは、江戸時代を終焉させる巨大な歴史の荒波でした。大政奉還から鳥羽伏見の戦い。最後の将軍徳川慶喜は、大坂から江戸へ逃亡し、空白地帯を新政府となる諸侯連合軍が抑えるものの、状況は混とんとしています。そんな中、神戸事件が発生。三宮神社前で備前藩の行列をフランス水兵が横切り、無礼であると備前藩士たちといさかいが起き、発砲事件が発生したのです。この神戸事件では、死傷者が出なかったにも関わらず、隊の責任者であった滝善三郎が切腹したのでした。堺事件の前奏曲のような事件だといえるでしょう。
白神さんは、神戸事件は攘夷事件であるとし、外交問題に対して弱い立場の新しい政府が、攘夷から開国和親へと方向転換したことを浸透させるのに時間がかかったことが原因と解説します。
そして「新しい組織ができたが古い組織をひきずっている。混乱し鳥羽伏見の戦いの後堺も混乱していた」ことから、より大規模な堺事件が発生します。

 

▲殿馬場中学校にある堺奉行所の解説板の前での二人。

 

白神さん、かとうさんは、当時土佐藩士たちが拠点としていた堺奉行所、現在の殿馬場中学校付近へと足を運びます。江戸時代を通じて、堺は大坂から独立した地域であり、大坂の奉行所と堺の奉行所は別組織だったのですが、新政府においては堺奉行所は大坂奉行所の下部組織として組み込まれることになりました。しかし、混乱期であったためか、堺奉行所の土佐藩士たちはその変更を知らず、大坂奉行所から独立した権限を持っていると解釈していました。それが堺事件の悲劇へとつながります。

(第二回へ続く)

 

 

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