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「”西陣美術織”寄贈式」レポート~「西陣美術織展・堺と西陣織の縁」に先駆けて(後編)

 

伝統と最新技術の融合によって写真を超えるようなアート作品を織り上げる西陣美術織による「千利休」「三好長慶」「南宗寺住職・田島碩應老師」の肖像画が、南宗寺に寄贈されました。これは堺で長年着物に携わっているなごみ企画の増谷保さんらによる企画で、西陣織国際美術館館長の蔦田丈二さんの手から、田島老師に西陣美術織が手渡されました(前編)。これらの作品は、さかい利晶の杜での一般公開を経て南宗寺に飾られ続けることになるのだとか。
後編では、三好長慶と千利休と堺の関わりについて、田島老師の言葉をお届けします。

 

■三好長慶のイメージを見直す時

「お二人とも堺とは縁の深い方で、盛んなりし堺を大成した人だと思います」
と、田島老師は語り始めました。
「特に三好長慶公は、現在、三好一族全体といってもいいでしょうが見直しが行われていますが、徳川家康以前に堺に幕府を開いた大変な業績を残した方です。たとえばこの西陣美術織(田島老師の肖像画)で私が着ている衣の藍染めは、三好一族が日本に広めたものです」
藍は、飛鳥時代に日本に伝わり、三好家の本拠地である阿波(現在の徳島)の特産品です。江戸時代以降多くの日本人が藍染めに親しんでいるのは、三好家が堺の職人を呼び寄せて藍染めの技法を発展させ全国に広めたという歴史があったからなのです。

 

▲三好一族が日本に広めた藍染めの衣を着た田島老師の肖像画。「三好長慶を大河ドラマへ」が実現すれば、「黄金の日々」以来の堺が主舞台の大河ドラマになる?

 

「戦国武将はチャンチャンバラバラばかりで、領土拡張、荒っぽくて領土欲が強いというイメージがありますが、それは徳川幕府が広めたものなんです。三好長慶公のお葬式が終わって三回忌の時に、南宗寺の和尚が法事をしてます。その時の長慶公をたたえた文章があるんです。その中には長慶公は右手に兵法・孫子をもってる。左手には万葉集と古今和歌集を持ってる。インテリなんです、ものすごく。高槻市の三好氏のお城があった所では、今は三好家の子孫は誰もいませんが、三好家の御廟があってそれが守られています。子孫でもないのになぜなのか。土地に住んでいる方は、今自分たちが幸せに住んでいるのは、三好家のおかげだからだというんです。その土地にライフラインを築き、田んぼを開拓し、学問を広めた。全部三好家のおかげ。このような三好家の実際の業績に比べると、今までの戦国武将のイメージというのは、非常に偏ったものです。これを見直さなければいけないのです」

 

▲西陣美術織による三好長慶の肖像画。文武両道、教養人にして優れた武将でもある最初の天下人に相応しい器量の持ち主だった。

 

■仏教先進都市堺の価値を見直そう

 

三好一族による貢献。堺ではどうでしょうか?  南宗寺こそが、まさに最大の証の一つといえます。
「南宗寺と妙國寺という堺にある大きなお寺も、三好家が建てたものです。その土地を確保しただけでも大変なことです。他のお寺をどかせて建てたのですから、いかに三好家の徳が優れていたかということの証なのです」

 

▲堺の名刹南宗寺は、長慶が父元長を弔うために建立したものです。

 

「千利休さんについては、もうご存じのことだと思います。利休さんが30才のころに、出来たての南宗寺に修行に来られました。その修行の中から、お茶の作法を編み上げていった。利休宗易の名も南宗寺の和尚(大林宗套)が名付けたものとされています。この頃の堺の仏教レベルは、京、奈良、鎌倉よりも上、日本を代表する世界文化である茶道を作り上げたのは堺なのです。このようなものは他からはでていない。堺は仏教先進都市でもあったのです」

現在、堺市にある寺院の数は、京都市に次ぐ日本第二位だとされています。中世堺でその礎を築くのに大きな役割をはたしたのが三好家だったのです。
「戦国武将たちも、ただ政策的に領土を広げていたわけではない。自分が理想とする文化圏を広げようとしていた。堺の商人たちも、金儲けばかりしていたわけじゃない。貿易でもうけ武器を売り、世の中を収めようとするために身を削ってでもする。そんな信仰心を持っていた。堺は、国際貿易都市としての側面は注目されていますが、宗教都市としての側面があるということも、見直すべきでしょう」
そんな宗教都市堺だからこそ、仏教の教え、禅の教えから千利休はお茶を体系化し、佗茶を大成させることができた。仏教からでた文化で、今これだけ世界で親しまれているものはあるでしょうか?
「お茶会は、対立している人も1回全てを捨てて仏さんとなって会う場所です。欲望うずまく世界で、民族も人種も捨てたところで人が出会う。茶室では俗世間とは違う雰囲気で、自慢しない。批難しない。欲の絡んだ話はしない。それが利休さんのもとめていた世界なんです。今、千家の家元が世界に進出していますが、家元もなかなかそんな事は言えない。堺市が積極的に言うべきことじゃないでしょうか」

 

▲西陣美術織による千利休の肖像画。

 

最後に、生誕500年にあたって、三好長慶と千利休に関するイベントは何かしないのかと、記者から田島老師に質問がありました。三好長慶に関しては、2月12日、13日にさかい利晶の杜で朗読劇や西陣美術織展が開催されたり、南宗寺でも連歌会が催される予定です。では千利休に関連するものは?
「南宗寺は利休さんのためにしてあげたことは沢山あります。堺に生まれて倉庫屋さんをしていた利休さんを京都に出したのも南宗寺の力があったからでしょう。南宗寺が利休さんのために何かしなきゃいけないことはないですよ。でも、利休さんのために、何かしないといけない人はいっぱいいるんじゃないですか」
と、老師は呵々大笑し、少し茶目っ気のある笑みを浮かべたのでした。

 

南宗寺
堺市堺区南旅篭町東3丁1-2

 

西陣織国際美術館
web https://nishijinoriart.com/

 

さかい利晶の杜

 

 

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